水と言霊と

みぃうめ

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第280話    辺境でのこれから

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「私のせいで怒られたんでしょ?手は出されなかった?」

 あっくんがハンスを廊下に投げ捨ててるの見てるし、ひょっとしたら殴られたりしてるんじゃないかと心配になった。

「お叱りを受けただけです。川端様と約束もいたしました。」
「約束?どんな?」
「紫愛様の御命令であっても、今後は姿を確認できない建物内への侵入は阻止すると約束いたしました。私も同感です。実際紫愛様は怪我を負われましたから。今後は距離は離しても、個室などへの侵入の許可は出せません。相手が誰であろうとも、です。御了承ください。」
「ハンスがそばにいてくれれば良いんだよね?」
「はい。」
「だったら大丈夫。もうスラムに行く予定はないよ。ハンスが隣にいたらマズいような所ってスラムくらいなんじゃない?辺境では騎士様って呼ばれて慕われてると思ってるんだけど。違う?」
「そうですね。平民達とは良い関係性だと思います。では、今日はどうしますか?」

 とりあえず気になることをすべて言って見ようと口を開く。

「今日は辺境の中を見たいんだよね。あのとっても滲みる薬を、何をどうやって作るのか、その効果や他にも薬があるのか知りたい。娼館や奴隷として働く人たちの話も聞きたい。小さい神殿はあるんだよね?そこでの学びも見てみたい。あとは、辺境でお酒作ってるって言ってなかった?どんな風に作ってるのか興味ある。それも見学させてもらえるならお願い。あとは畑。どんな野菜があるのか、土はどうか、帰る時には種があれば持ち帰りたい。」
「どれも可能です。ですが、昨日の今日です。歩き回るのは足に負担が大きくはありませんか?」
「痛くなったら無理しないよ。」
「……本当ですか?」

 いぶかし気に見られた。

「あれ?私、信用ない?」
「紫愛様はご自身にあまり頓着がないのではないかと感じてはいますね。」
「……そうかも。」
「でしたら今日は休まれてはどうです?」
「それはできない。時間が足りないくらいなのにベッドで1日何もせず過ごすなんて勿体無い。」
「でしたら痛みが出てきたら私への申告を約束してください。」
「うん。約束する。無理して動けなくなるのも困るからね。」

 これ以上迷惑もかけられない。

「今日も子達と朝食を摂りますか?」
「今日戻るんだよね?迷惑じゃないなら一緒に食べたいけど…」
「それは大丈夫でしょう。日常のことですので。」
「じゃあそうする!もう行こう!夜何も食べてないからお腹空いた。」

 そう言って歩き出す。

「話しながらゆっくり参りましょう。本日ですが、製薬と酒造の見学にしましょう。割と近い距離にありますので大して歩かずに済みますし、娼館は殆どの店の営業が夕食時から始まりますので、今は皆休んでいて会えません。事前に約束を取り付ける必要があります。辺境の小規模の神殿ですが、ここからはかなり距離があります。畑に関しましては、辺境付近にはあまりございません。あるのは薬草畑くらいです。私達が此処へ来る道中に畑が広がっていましたよね。あの畑がほぼ全てなのです。」

 あれで全部!?

「確かに広大だったけど、あれで足りてるの?」
「なんとか足りております。地球の皆様はあまり肉を好まず、どちらかというと野菜を召し上がりますが、この国の主食は肉になります。畑で収穫する物も、その半分は飼料目的なのです。」
「それこそ初耳だよ!あれ?でも子供達と食べた朝食はパンと野菜スープみたいな雰囲気だったけど…」

 お肉、入ってなかったよね?

「朝は大体そんなものです。これから動き出すので身体を重くしないよう、素早く食べ終えられる軽めの食事なのです。」
「じゃあ昼と夜はお肉が中心なの?」
「普通はそうですね。」
「普通?」
「此処に避難してくる外の者達の食事は、大人数の量を一気にまとめて作らねばなりません。肉は火の通りが悪いので、焼くとなると調理に手間と時間が取られてしまいます。ですので、此処で摂る昼夕の食事は、あのスープに肉を足した物になります。スープは煮込めば良いだけですから。勿論、外に戻ればそうではありません。」

 なるほど。時短メニューなわけね。

「私達が普段食べてるのは牛なんでしょ?じゃあ平民が食べる肉は何になるの?」
「大体は猪肉です。」
「ししにく?しし……しし……あぁ!猪!え?猪?猪って飼えるの?……ねぇ、ブタはいないの?」
「ぶた?なんですそれは?」
「えーっと……品種改良されて食べる肉が多くなった猪、だよ。確かね…」

 品種改良の知識なんてないんだって!
 でも猪……猪かぁ!
 多分私食べれない。
 ここの牛があれだけ臭いってことは、猪はもっとだろう。
 実家で弟子達が作った猪鍋を出された時があったけど、味噌の味をこれでもかと濃くしても臭くて食べられなかった。
 というより、味噌の味もあんまり感じてなかったんだけど。

「品種改良でそんなことがっ!?それは此方でも可能でしょうか!?」

 やっぱり豚はいないね。

「ごめん、私に品種改良の詳しい知識はないです。」
「そう、ですか。肉の量が増えるなんてとても素晴らしい提案でしたが…」

 期待だけさせてしまった!
 確か肉付きが良い猪を掛け合わせていけば段々肉付きが良くなる……んだった、と思うけど……昨日のこともあるし、不確かなことは言えない。
 話題変えよう!

「ハンスは普段何のお肉を食べてるの?」
「牛も猪も鳥も食べます。私は食べられればそれで良いので。」

 そんな身も蓋もないこと言われたらどうしたらいいのよ!

「地球では猪肉って硬くて臭いで通ってたんだけど、ここではどうなの?」

 この世界で猪肉は一般的な食べ物。食べてもいないのに否定的意見は出せない。
 地球では。ってことにしよう。
 嘘でもないし。

「それなりに硬くはありますね。価格も安価なので平民がよく食べます。」
「じゃあ鳥は?」
「鳥も比較的高級な部類です。量が取れませんから。」
「鳥ってどの種類の鳥かわからないけど、1度に沢山産まなくても年間通せば卵の数はそれなりにあるんじゃないの?1羽からの量は取れなくても数は増やせるんじゃない?」
「大体3日に1つといったところでしょうか。」

 それなら鳥も増やせるけど…

「じゃあ卵って高級品なの?」
「卵は口にすることはありません。」
「え!?でも私達の食事には1日1回は卵が出てたよ?皇帝と同じメニューじゃないの?」
「地球の皆様が召し上がると文献に残されていたのでお出ししていたにすぎません。私達は肉を増やすために卵の段階で食べることはありません。」

 日本で卵は安価で庶民的な食べ物。
 何も気にせず食べてたけど…
 これだけ食べ物の種類も味もそんなに拘ってなくて、なんなら量を気にしてるんなら気がつくべきだった。

「ごめん。」
「何の謝罪ですか?」
「お肉もそうだけど、卵のことも……今まで高級品だって言われてもそこまで高級品だって実感がなかった。卵に至っては大切な鳥だったのに…」
「紫愛様のお国では違ったのですか?」

 日本での感覚が抜けていない。

「牛は等級っていうのがあってね、どの国でも脂が乗って柔らかい飼料まで拘って飼われてる牛はとても高級だったけど、一般的に販売されてる牛は他のお肉とそこまで価格も違うってことはなくて、庶民が普段の生活で買えるくらい手頃な値段だったの。卵なんて安価の代表みたいな位置にあって…」
「肉のとうきゅう?に関してはまだ理解できますが、卵が安価の代表ですか?それは俄かには信じられませんね。」

 ですよね。

「あー……えーーっと……これもとっても言い辛いんだけど、品種改良で毎日卵を産むような鳥を何万羽も飼ってたんだよね。」
「毎日!?何万羽!?」
「それくらい飼わないと卵で儲けが出ない。それくらい安かったってこと。」
「品種改良の知識を持つ地球の御方はいらっしゃいませんか!?」

 当然そうなるよね。

「ごめん、私と一緒でざっくりした知識しかないと思う。みんなそれぞれの分野に特化してるから、医療や畜産に関しての知識は誰も持ってない。」
「ですがっ!!!……その、品種改良というのはそれほどに一般的なものだったということですか?」
「その方法を知らないのに知識だけあることを不思議に思う、ってこと?」
「はい。紫愛様はそこに従事していた訳ではないのでしょう?」

 これは口にしていいのかなぁ…
 でも、学びの基準が違うって説明は今後どこかで必ずする話ではあるよね。

「幼い頃、学校……えーと……ここでは神殿?つまり学び舎があってね、普段口にする食べ物はどういうふうに作られているのかっていうことを学ぶ機会があるの。だから誰でも知ってることで、一般教養の範囲内なの。」
「それが一般教養??何故です?」

 頑張って歩いていたけど、ハンスに合わせて歩くのが辛くなってきた。

「ごめん、もう少しゆっくり歩いてくれる?」
「すみません!足が痛みますか!?戻りますか!?」
「痛くない!痛くないよ!でも、早く歩くと傷に響くかな。どんどん早足になってるから!」
「紫愛様のお話に夢中になってしまいました!ゆっくり歩きます。」

 速度を緩めてくれてほっとする。

「ありがとう。私が思うに、広く色んな知識をつけさせることが目的だと思う。その子がどういうことに興味を示して、どんな分野の勉強をして、将来どんな仕事につくのかの指針になるんだよ。知らなければ選ぶことなんてできないでしょう?選択肢の幅を広げるためなんだよ。」
「仰っていることは理に適っています。」

 納得した様に頷くハンス。

「ここには魔物がいるからね……私の世界には魔法がない代わりにそんなのいなかったから。」
「平和だったのだということはお話を聞いて察しております。」
「うん。平和だった。でもさ、平和なら平和な中での争いがあるんだよ。中央の貴族達見てればわかるでしょ?安全だと欲が出てくる。欲が出てくると争いが生まれる。争いはやがて殺し合いに発展する。規模が大きくなれば国同士での対立に。人間は満足を知らない。賢い分、弊害はあるよ。」

 平和ボケしていると言われる日本だって争いがなくなったのは60年ほど。

「そういった話を聞くと、人間同士で殺し合うのは些か馬鹿らしく思います。」
「でしょう?でも、敵がいることで一丸となれるのも人間なんだよ。魔物がいるのが良いのか、平和な中で人同士で争うのが良いのか……難しいよね。平和だからこそ何の心配もせず知識を身につけ発展し続けたのが私達の国だよ。」
「皆さんに知識がある理由わけですね。」
「そういうこと。着いたね!私達も並ぼう!」
「はい。」














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