298 / 346
第298話 ハンスの楽しみ
しおりを挟むハンスと竹馬製作後、部屋へと戻り昼食をとった。
あっくんの部屋の前には相変わらずラルフがいて、部屋から出てきていないことがわかる。
声は掛けなかった。
確約したのは夕食だけ。
それに何より、辺境のことを話し合うのは躊躇われた。
いつも辺境のことを話し合うと言い争いになってしまう。
同じ事柄での意見の違いなら辺境のためになる意見も出てくるけれど、見ている方向が違うのだ。
そのやり取りに少し、疲れてしまった。
昼食はハンスと共に食べることにした。
「そういえばラルフはまだいたね?もう騎士団はいいの?」
「私が此処に残れと指示を出しました。今後はラルフも此方におりますからご安心ください。」
「ニルスは休んでるんでしょ?ハンスはいつ休むの?」
「お気遣いをありがとうございます。ですが私は平気です。」
その言い方……休まないつもり?
「ハンスも休みなさい。」
「いえ、私は「ハンス!」
「紫愛様のおそばを離れるわけには参りません。」
「明日はニルスについてもらうから平気。」
「嫌です。」
ハンスの口から出た子供のような台詞が意外だ。
「嫌って……少しは自分以外の人間を信用しなさい!仕事をキッチリ割り振るのも上に立つ者の仕事でしょ?」
「信用はしております。ですが、私が紫愛様から離れたくないのです。」
「はあ?」
意味不明である。
「紫愛様の発言に有益なモノがあったとしても、それを正しく拾えなければ意味がありません。ニルスを信用していないわけではありませんが、紫愛様と私のようなやり取りをできるほど仲が深まっているとも思えません。」
「そりゃそうでしょ?ハンスが私から離れなかったらいつどこでどうやってニルスとの仲を深めろってのよ?明日はニルスについてもらう。」
「では夜の護衛はニルスと交代いたします。」
それじゃあいつまで経ってもニルスと話せる機会がないじゃないか!
「却下。体調崩してからじゃ復帰に時間がかかる。迷惑。寝る時間すらないなんてどんなブラック会社も真っ青だっつーの!」
「譲れません!紫愛様の発言にどれ程の有益なモノが含まれているか、紫愛様ご自身もお気づきでしょう!?取り零しなどあってはならないのです!」
「ニルスにはそれができないって?能力がないって?それは信用してないってことじゃないの?」
「ご理解ください。」
理解できるわけあるかっ!
「無理。じゃあ私がほとんど寝ずに1週間も行動してたらハンスは心配しないの?休めって口酸っぱくして言うんじゃないの?それと同じだよ。私は譲らない。任せたら案外上手くやってくれるもんだよ。明日1日ニルスについてもらって、不足がないかどうかは私が判断する。」
「承服しかねます。」
全く引かないハンスにだんだん腹が立ってきた。
「あのさぁ、こういうやり取り、あっくんとだけで十分なのよ。疲れる。私が言ってることってそんなに難しいこと?1日休めって言ってるだけでしょ?それに、下の者が育ってないのは上に立つハンスの手落ちでもあるよ?その皺寄せを私に引き受けろって?」
「……申し訳ございません。明日1日休ませていただきます。」
やっと引いてくれたよ!!!
何で1日休むだけでこんな面倒なやり取りが必要なわけ!?
休め、はい、これで終わりでしょうが!
ハンスも思った以上に頑固だな。
つい口調がキツくなっちゃったよ。
ハンスっていつも仕事過多だよね。
っていうより、それしかないって感じ?
私にはたまに砕けた口調使うときもあるけど、それでも対応は徹底して丁寧だ。
でも地球人以外には随分冷たい感じだし、周りもハンスに任せりゃなんとかしてくれるとか思ってんの?
それとも仕事任せてもらえないって不満に思ってる?
「明日1日仕事しちゃ駄目だからね。」
念には念を。
「それでは1日何をして過ごせばよろしいのでしょうか。」
「ゆっくり身体を休めてって言ったんだよ?休みの日いつも何してんの?ダラダラすりゃーいいんじゃないの?お酒でも飲む?それか、娼館にでも遊びに行く?……てかなんっっっで私がこんなこと言わなきゃいけないのよ!!!」
思わず娼館勧めちゃったじゃないか!!!
休日の過ごし方なんて好きにしてくれよ!
「申し訳ありません。休日というものを過ごしたことがありませんので何をしたら良いかわかりませんでした。」
過ごした事がないってどういうこと!?
「騎士団てまさかのブラック顔負け!?休日返上サビ残当たり前なの!?」
「そのブラックというものが何かはわかりませんが、騎士団には休日はしっかりとありますよ。」
「じゃあ何で休日過ごしたことがないって言ったの!?」
「騎士の仕事がなければ……というより、騎士の仕事と並行して辺境のために動いておりますので、休日は比重が変化するだけでやることはあまり変わりません。」
社畜だ。
社畜が此処にいる。
「はぁぁぁぁー。ねぇ、もしかして辺境の人達ってみんなそうなの?」
「いいえ?恐らく私だけかと。」
「何で休まないの?」
「やることがありませんので。」
やることがないって何よ!!!
「ハンスって楽しいと思うこととかないの?」
何よそのキョトンとした顔は!?
まさか全くないの!?
「辺境のために動いてる時はどうなの?」
「日常です。」
だぁかぁらぁー!そうじゃないって!
「つまらないってこと?」
「まぁ、はい。」
「何でつまらないか考えたことある?」
「ないです。紫愛様に指摘されるまで、自分がつまらないと思っていることすら気がついていませんでしたから。」
「重症じゃん!」
「せめて報告書の作成だけでもお許しいただけると助かります。」
いやだからそれ休日返上!!!
「わかった。ハンスには明日、重要な任務を命ずる。」
キリリと表情を引き締めハンスを射抜くように見つめると、ハンスも同じ表情を浮かべて見つめ返してきた。
「はい!何でしょうか!?」
「楽しいと思うことを見つけなさい!」
何でまたキョトンとした顔すんのよ!!
「だから!楽しいと思えることがないか探すのよ!新しく見つけてもいいし!昔を思い返してもいいし!」
それでもハンスは表情を変えない。
まさか……楽しいと思ったことがない?
「ハンスさんや、今まで生きてきて楽しいと思ったことはあるのかね?」
「紫愛様の仰ることがよくわかりません。」
「無いんじゃないか!!!」
とても信じられない。
これじゃあ何のために生きてるかわからない!
頑張る意味も意義も、本当の意味では無いってことじゃない!
……だからいつ死んでもいいくらいに思ってるってこと?
だからこんなにも生に執着がないの?
そうするのが当たり前だから?
ハンスに強要されてる雰囲気はない。
でもそれが当たり前として育てられたんだとしたら?
ハンスの能力が高いが故に周りからの期待にも容易に応えられてしまう。
そうなると、段々とそれが普通になってゆく。できて当たり前だと。
このままではいけない。
少なくとも、生に執着がない状態は生物として反する。
「ハンスは大切だと思う事や人はいる?」
「辺境です。」
「違う、そうじゃなくて、ハンスの気持ちを聞いてるの。」
「辺境以外に、と言うことでしたらありません。」
駄目か…
「えーーーと、う~~んと……ハンスがこの時間が続けば良いのに、とか、ずっと一緒にいたいな、とか、離れたくないな、とか、そう思えるような事や人を見つけてほしいの。明日1日ゆっくり考えてみて。」
「畏まりました。」
「そういえばハンスも結婚してるよね?奥さんはどうしてるの?」
「皇帝陛下に事情をご説明の上、承認を得て極秘で離縁しております。」
「は?」
貴族は離縁ってできないんじゃなかった?
「あまりにも目に余りましたので。もう生きてはいないでしょう。」
「でも……じゃあハンスの子供は?」
「3人おりますよ。ですが確実だと思えるのは恐らく1番上の娘だけでしょうね。」
「それって……下の子2人は違うかもってこと?」
「そうでしょうね。」
「そんな淡々と言うこと!?」
「中央から来た馬鹿だったのですよ。元よりあまり期待はしておりませんでしたし、せめて子くらいは成してほしかったですが致し方ないでしょう。」
他人事感が凄まじい!
「それじゃあ……ハンスの子供は1人だけ?」
「他にも作れと言われております。ですが中央で色々と動き回っていて少々時間が足りませんでしたので、辺境へ戻ってからになるでしょうね。対外的には離縁は公表することは不可能ですから側室という形にはなりますが、最低でもあと3人は儲けないとなりませんので。」
「あと3人?どうして?」
どこかへ養子にでも出す予定があるってこと?
「ご存知ありませんか?貴族の結婚には4人の子の下限人数が設けられております。」
「はあ!!??知らないよそんなこと!!政略結婚なんだから子供が必要なのはわかるよ!だからと言ってできるかどうかもわからないのに4人!?」
ここにきての新事実!
しかも知りたくもないクソみたいな事実!
「魔法が使えなければ国がなくなりますから。」
「ハンスは何とも思わないの!?」
「はい。政略結婚とはそういうものでしょう?」
あ、駄目だこれ。
ハンスに聞いた私がバカだった。
「何でハンスは離縁できたの?」
「皇帝と辺境伯家当主は対等だからですよ。あ、これは内密でお願いしますね?」
そんな秘密をサラッと言ってんじゃないよ!
「じゃあラルフがあれだけ苦労したのは?」
「決まってるじゃありませんかぁ!」
そんな風に戯けて言うなんて答えは一つしかないからだ。
「……次期当主じゃ、ない、から?」
「御名答!流石紫愛様ですね!」
ニッコリ作り笑いをするハンス。
ハンスが楽しい時って悪巧みしている時なんじゃないのかと、密かにそう思った。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
生贄公爵と蛇の王
荒瀬ヤヒロ
ファンタジー
妹に婚約者を奪われ、歳の離れた女好きに嫁がされそうになったことに反発し家を捨てたレイチェル。彼女が向かったのは「蛇に呪われた公爵」が住む離宮だった。
「お願いします、私と結婚してください!」
「はあ?」
幼い頃に蛇に呪われたと言われ「生贄公爵」と呼ばれて人目に触れないように離宮で暮らしていた青年ヴェンディグ。
そこへ飛び込んできた侯爵令嬢にいきなり求婚され、成り行きで婚約することに。
しかし、「蛇に呪われた生贄公爵」には、誰も知らない秘密があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる