水と言霊と

みぃうめ

文字の大きさ
308 / 346

第308話    ハンスの休日④ 娼婦達

しおりを挟む



 アンナさんの隣に並んで座った娼婦達は、顔が強張りど緊張している様子。

「初めまして。私は紫愛と言います。貴方達の話を聞きたくて来ました。アンナさんの許可はもらいましたが、皆さんの気が進まなければ無理に話を聞こうとは思っていません。失礼なことも聞いてしまうかもしれません。ですから、話したくなければ退室していただいて構いませんよ。」

 話は聞きたい。
 でも無理強いはしたくない。
 アンナさんからは話が聞けたし、ハンスからは簡単に娼婦の話の説明は受けたことがある。もし聞けなかったとしても潔く引こう。


 やがてアンナさんの隣に座った娼婦が口を開いた。

「エリーと申します。私は何を聞かれても構いません。全てお答えいたします。私の隣に居る者がギーゼラ。端に座る者がハイケです。私は主に貴族の相手をしておりますので言葉遣いはあまり失礼がないかと思いますが、ギーゼラとハイケは違います。2人が失礼な物言いをするかもしれないことをご容赦ください。」

 エリーさんは左肘から下の欠損が見られる。

「此方が話を聞きたくて訪れているのですからどんな言葉遣いも気にしないとお約束します。私からの質問にも、答えられる範囲で構いません。緊張されているのであれば私も砕けた言葉遣いに改めますし、貴族の2人が気になると言うのであれば退室させます。ギーゼラさんとハイケさんはどうですか?」
「私は何も気にしないよ。何でも聞いとくれ。」

 ギーゼラさんは右腕が根本から無い。

「ハイケさんはどうですか?」
「はっ!はいっ!私は……女将さんが、いて、くれるんなら…」

 ハイケさんは右足が根本から、左足は膝下から、左手の指も1本少なかった。
 ハイケさんは緊張が解けず青褪めたまま。
 要望は聞いてあげたい。

「アンナさんはこのまま同席していただいても構いませんか?」
「お邪魔でないなら同席しますわ。」
「では、このままで話を進めます。話せるならばなるべく詳しく、できれば気持ちも含めて質問に答えてください。3人の身体の欠損は生まれつきですか?」

 3人共に頷く。

「どうして娼婦という職を選びましたか?」
「私達が罪科者と呼ばれていることはご存知ですか?」

 エリーさんが口を開いてくれた。

「はい。」
「では、どのように扱われるかもご存知ですよね?蔑みの対象です。実の親からも何故家に罪科者が産まれたんだと冷遇されます。冷遇だけならばまだマシですが、生活にギリギリな家では寮やスラムに捨てることもあります。私のように片腕が不自由なだけならばなんとか生きていけるかもしれませんが、それでもスラムに捨てられてしまえば……女子の身では無事ではいられません。」

 悲痛な表情のまま、エリーさんの話は続く。

「学びは皆に平等の機会があるとされていますが、罪科者を外に出したがらない親が多く、実際にはほぼ無知な状態の者も少なくありません。その状態で成人を迎えた場合、選択できる職は娼婦か孕み腹しかありません。」

 そして、アンナさんは俯きがちだった視線を私に合わせてから

「ですが、どちらも待遇は悪くありません。孕み腹を選んだ場合、娼婦のように問題があるような男子があてがわれることはまずありません。ですが産んで数ヶ月も経てばまた子を授かるために子からは引き離されます。また、妊娠には体調不良を伴い、出産には命の危険もあります。娼婦を選んだ場合、学べる機会も多くあり、それを仕事でかすこともできます。何より、罪科者同士協力して生きていけます。自らの力で立てるのです。」

 想像以上に酷い環境だった。
 選択の余地なんてないじゃないか!
 エリーさんは娼婦をしながら学んでここまで話せるということは、相当な努力をしたに違いない。

「ギーゼラさんとハイケさんもエリーさんと同じ意見でしょうか?」
「私はちょっと違うね。」
「ギーゼラ!もう少し言葉に「エリーは気にしすぎなんだよ!さっき言質まで取ったじゃないか。今更言葉遣い1つでごちゃごちゃ言われるとは思えないね。そんなに丁重に扱われたいってんなら私らなんかに話聞きに来るはずないだろ?」

 少しも此方に臆す事がない、エリーさんとは全く違う話し方に態度。

「ギーゼラさんの仰る通りです。罵倒されるのも覚悟して此方に来てますから、どうかお気持ちのままにお話してほしいです。」
「ほらな?」

 エリーさんは渋い顔をしながらもそれ以上ギーゼラさんに何か言うことはなかった。

「ギーゼラさん、先程の続きですが、エリーさんとどう違いますか?」
「私は親に捨てられた孤児だよ。赤ん坊の頃から寮で育てられた。寮の生活は悪くなかったし、学ぶこともできたよ。ここに来てから親元で暮らしてた娼婦の話聞いて、捨てられて良かったと思ったくらいだ。」

 親に捨てられた事を良かったとあっけらかんと言い放つギーゼラさん。

「では、どうして娼婦を仕事に選びましたか?」
「そんなん決まってるよ。金がいいからだ。人気があるんならともかく、娼婦ってのは大体30くらいでお払い箱だ。それまでに金貯めとかないと私等みたいのはその後暮らしていけないだろ?孕み腹なんてごめんだったからね、娼婦1択ってのはエリーと同じだけど、私は娼婦は楽な仕事だと思ってるよ。なんせ股開くだけで必死に働いてるやつらより高級取りなんだ。屑みたいな客も多いけどね、少し話聞いてりゃその屑も理由があっての可哀想なやつらも多いんだよ。ま、屑は屑だけどね。」

 娼婦が楽な仕事だなんて、なかなか言える台詞じゃない。包み隠さないその物言いも、本音だと感じられる。
 ギーゼラさんは仕事と割り切ってるんだな。

「ハイケさんは何かありますか?」
「わわわたしは、エリーさんとおんっ、おんなじ、感じです。」

 ハイケさんは俯いて吃りながらも精一杯話してくれている。
 あまり突っ込んで聞くのはやめよう。

「わかりました。ギーゼラさんの話を聞いて少し疑問に思ったんですが、娼婦を辞めなければならなくなった後の暮らしはどうしていくんでしょうか?」
「私等みたいのが集まって暮らしてるとこがあるんだよ。みんなそこに行くさ。あとはまぁ、寮で働くやつもいるね。」
「寮では何をして働きますか?」
「そりゃ教師としてだよ。寮にいるのも程度によって部屋が別れてるからね。同じくらいの罪科者んとこ行って、自分が成人してからどうやって暮らしたか、その扱いはどうか、自分等はどんな風に見られてどんな風に扱われるか、経験者側から教えんだよ。前情報があるとないとじゃ大違いだろ?」

 自分の置かれる立場や選択肢の提示は、ギーゼラさんの言う通りあればあるだけ助かる。

「寮では様々な職の方のお話が聞けるようになっているんでしょうか?」
「そうだよ。私は学びはからっきしだったけど金は欲しかったから娼婦になったけどね、計算が得意で商人のお抱えになるやつもいたね。娼婦が辛いっつって娼婦やりながら学んで他の職に就くやつもいるよ。」

 努力が報われる道があるなんて凄いことだ!

「それは可能なのですか?」
「相当努力して他より抜きん出なきゃ雇ってなんてもらえないからね。でもそういうやつが居ないかってーと、居るんだなぁー。私みたいな馬鹿には無理な話だけどね。」
「ギーゼラさんは娼婦以外に就きたい職があるんですか?」
「ないない!未だに字すら読めないんだ!娼婦が性に合ってんだよ!」

 字が読めない?
 寮で育ってきたのに?
 それって………………

「とても失礼なことをお聞きしますが、寮で学びに触れる機会はあったんですよね?本当に字が読めないのですか?」
「あーー、うん……そう…………ははっ!」

 どう聞いても強がってるだけの空笑い。

「ギーゼラさんには字がどうやって見えていますか?」
「あんた何言ってんだ?私は自分で馬鹿だって言ってんだろ!?他人からどうこう言われる筋合いねーだろーが!!!」

 馬鹿にされたと激高するギーゼラさんに負けじと両手の平を机にバンッと叩きつけながら立ち上がり身を乗り出す。

「馬鹿にしてません大事なことです!!!字は1文字ならば理解できますか?単語になると理解できなくなりますか?それとも流暢に読めないだけですか?字はボヤけて見えますか?ぐにゃぐにゃして見えますか?反転して見えていませんか?途切れたり点にしか見えなかったりしていませんか!?」

 早口で捲し立てるように詰問する。

「なんっ!!……なんで……………」

 それきりギーゼラさんは俯いて黙ってしまった。
 シーンと静まり返る室内。

 大丈夫、私はギーゼラさんが答えてくれるまでいつまでだって待てる!!

 そう思っていると、ゆったりとしたアンナさんの声が優しく響いた。













しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

生贄公爵と蛇の王

荒瀬ヤヒロ
ファンタジー
 妹に婚約者を奪われ、歳の離れた女好きに嫁がされそうになったことに反発し家を捨てたレイチェル。彼女が向かったのは「蛇に呪われた公爵」が住む離宮だった。 「お願いします、私と結婚してください!」 「はあ?」  幼い頃に蛇に呪われたと言われ「生贄公爵」と呼ばれて人目に触れないように離宮で暮らしていた青年ヴェンディグ。  そこへ飛び込んできた侯爵令嬢にいきなり求婚され、成り行きで婚約することに。  しかし、「蛇に呪われた生贄公爵」には、誰も知らない秘密があった。

処理中です...