水と言霊と

みぃうめ

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第320話    南の本殿とは?

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 長い長い会食を終え、部屋を出たら気が抜けた。
 ふぅーーーっと息を吐く。
 前を歩くハンスから
「お疲れ様でした。」
 と声をかけられた。
「あはは、流石にちょっと疲れた。
 あんなに気疲れしたの初めてかも…
 言葉遣いも変だったよね?」
「ご謙遜を。
 あれだけの振る舞いをなされれば不足などありません。」
「今更なんだけどさ、ハンスも次期当主なのにこんな態度で接したら無礼になるんじゃない?」
「お会いした当初から問題などございません。
 急に畏まられてしまうと護衛としての立場もありません。
 どうか何もお気になさらず、今までと変わりなく気楽に接してください。」
「分かった。
 それはそうと、少しも手助けしてくれなかったよね?」
「どこに助けが必要な場面が?
 僅かな隙も有りはしませんでしたよ。」
「いくらでもあったと思うけど!」
「いいえ、ございませんでした。
 下手に口を挟めばギトー家との会食ではなくプロイセン家との会食になってしまいます。
 それに有益なお話ばかりで、紫愛様のお話を聞いているだけで非常に参考になりました。
 お2人の次回のプロイセンへの遠征を今から楽しみにしております。」
「できることはするつもり。」
「お願いいたします。
 これからどうなさいますか?
 もうそろそろ夕食のお時間になりますが。」
「もうそんな時間!?
 全然お腹空いてないんだけど!
 あっくんはどう?」
「……俺は、食うよ。」
「では川端様の分だけ手配をいたします。
 紫愛様には会食での話に2、3確認したいことがございます。
 お時間よろしいでしょうか?」
「いいよ。忘れないうちに話しちゃいたい。」
「では、川端さまへお食事を運んだ後お伺いいたします。」

 私達が泊まっている部屋のフロアへ到着したけど、ここまであっくんはずっと暗い表情。殆ど口も開かない。何か言いたそうに私に視線を投げてくるけど、気付かない振りを決め込む。
 会食の話を聞いて何かを感じたあっくんなら確認に動き出すはず。
 自分の目で確認してもらうしかない。
 私の声は届かなかったんだから。

「じゃあ、ちょっと早いけどお休みね!
 また明日!」
 夕飯食べないんだから今日はこれ以降あっくんとは会わない。
「あ、うん…お休み………」
 目で訴えられたって反応しません!
「ハンス、話の前にお風呂入ってきていい?」
 話していたら長くなるに決まっている。
 それに私も聞きたいことがある。
「構いません。
 待機しております。」


 お風呂から出るとフロアにはハンスのみ。
「お待たせ。ラルフとニルスは?」
「ラルフは未だ騎士達の元から戻りません。
 ニルスは川端様の部屋に入室中です。」
「ねぇ、また休めてないんじゃないの?」
「いえ、休めております。
 ラルフも明日には戻るでしょう。」
「ラルフは何やってんの?」
 半日以上戻らない理由がない。
 またハンスとニルスに負担がかかりすぎている。
「さあ?
 邪魔者がいなくなったことですし、余程騎士達と過ごすのが気楽なのでしょう。
 本日中に戻らないことは始めから想定内ですからご心配には及びません。」
 邪魔者ってヴェルナーのことだよね?
「ハンスもニルスも同じ意見なの?」
「はい。夜間の護衛に必ずついてくれるのであれば私とニルスは交代で休めます。
 それで十分です。」
「護衛として来てるのに今の状況は許されるの?」
「紫愛様、行動の読み易い者が愚か者共の相手をしてくれているのです。
 そのお陰で愚か者共がお2人の寝込みを襲いに此処へ来たことは1度としてありません。
 ラルフがここで護衛についている間、お2人はほぼ就寝中。
 ラルフに情報は殆ど入らず、そのおかげで機密情報がどこかへ漏れる心配もありません。」
「使い勝手が良い、そう言いたいの?」
「有り体に申せばそうなります。」

 二人がラルフの護衛としての在り方に納得してるならこれ以上口を挟むべきじゃないな。

「分かった。
 もう何も言わない。
 私達も部屋に行って話そう。」
 ハンスを部屋へと招き入れ、対面で座り話の体制を整える。
「それで、ハンスは何が確認したかったの?」
「はい。会食の場では紫愛様と並んで座っておりましたので当主へ渡していた図が何も見えなかったのです。
 是非描いた物を見せていただきたいと思いまして。」
「それなら何枚か描いたのがあるから渡すよ。」
「ありがとうございます。」
「それだけ?」
「はい。他の辺境でも導入されるでしょうから把握しておきたかったのです。」
「それじゃあ私から聞きたいことがあるんだけど良い?」
「何でもお答えします。」
「マックスさんが言ってた南の辺境のことが気になったの。
 本殿から税収が得られるって言ってたけど、実際南の辺境の人達が暮らせるくらいに取れるものなの?その名目は?」
「紫愛様がどのような規模を想像しているかは分かりませんが、本殿はとても巨大です。
 増改築を繰り返しながらだんだんとその規模を大きくしていったのです。
 辺境へ向かう街道沿いに道を挟む形で左右に別れての巨大建造物となっております。
 南の辺境伯領寄りではありますが畑の中心地です。」
「僅かな野菜を作るより神殿を置いた方が収入になるってこと?」
「はい。名目としては地税です。」
「地税?それだけで賄えるの?」
「名目上はそうなっておりますが、その名目には到底不釣り合いな莫大な資金が地税と称して南へ納められています。
 それとは別に以前トビアスが皆様に説明した通り、平民達へのお披露目のための行列の護衛としても南の者達が護衛として付き従い、その護衛料も発生しております。
 また、神殿への貢ぎ物の下賜もされております。」
「……南って優遇されすぎなんじゃない?」
「話だけ聞けばそうかもしれませんが、食糧に困窮しているのは今もあまり変化がありません。
 手に入る種類が日持ちする物に限られているからです。
 現在では飢えに苦しむことはありませんが、食事の種類は極端に少なくあります。
 また、仕事があまりないので平民達が増えることもありません。」
「住民が少ないの?」
「他領の半分以下です。」
「仕事がないっていうのは?」
「何処の辺境でも平民の仕事の大半は農業か畜産業です。
 その農業面が充実していないので仕事が増えないのです。」
「じゃあ他の領地に移住したくなるんじゃ……
 移住って簡単にできるものなの?」
「望めば可能です。
 しかしながら南の平民達は自領に本殿があることを誇りに思う者が多く、他領に移住を望む者は余程の事情がなければ出てきません。」

 食べられなければ生きていけないのに?

「平民達の信仰心はそんなに強いの?」
「強いです。
 スラムの子が祈るのを紫愛様もご覧になったでしょう?
 スラム内の子ですら祈る対象が存在することを知っているのです。」
「神殿への寄付金は多い?」
「莫大です。
 1年に1度、数ヶ月かけ東、北、西と一周するように巡り、その間に金銭だけでなく酒に食糧に衣類にと、あらゆる物が貢ぎ物として寄付されます。」
「そこまで信仰心は高いってことだね。
 今のところ神殿と皇帝の関係はうまく成り立ってるの?」
「はい。現在は絶妙な均衡を保っております。
 ですが中央の貴族の信仰心がかなり高まっておりますので、不穏な動きをする者がいないわけではありません。」
「皇帝が甘いせいで付け上がらせた?」
「そうですねぇ、間違ってはおりません。
 ですが陛下も今までとは変わりつつありますから。」
「そうだね。そこは皇帝に頑張ってもらうしかない。
 気になってたんだけどさ、皇帝は辺境の人間が実力を隠してるってこと知ってるの?」
「存じておりますよ。
 最もそれは皇帝という立場についてから、知るなり確証を得るなりをしたと思います。」
「歴代の皇帝もそうだってこと?」
「はい。まず前提として、辺境の人間は中央で活動する際実力を隠し隠密に動きます。
 中央の人間に評価されたとて辺境では何の役にも立ちませんから。
 私のように幼き頃より次期当主と目される者は広く顔が知れ渡ってしまいますが、それはそれ相応の行動も可能ですから問題ございません。
 第一の団長ともなれば人を見る目に長けた者が多いです。時折りヴェルナーの様な阿保も出てしまいますが、あれはあくまでも例外です。
 そんな次期皇帝に就く立場である団長が、よもや自身よりも実力者なのかと疑念に思う者がいたとして、それを簡単に口にできましょうか?
 私の様に実力者であろうと思われる者がいたとしても、何れ辺境へと帰る人間だと予め分かっていれば言及などできよう筈もありません。
 そうして皇帝の座に座り、引き継ぎを受ける段階で漸く真実を理解するのです。」

 いやいや!!!
 皇帝の引き継ぎ内容何でハンスが知ってんの!?

「私はそれを知ってるハンスが怖いんですけど…」
「お褒めに預かり光栄です。」
「褒めてないってーの!!」
















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