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新たな始まりと複雑な真実

最後の決断

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「ヒロがいなくなっちゃた」
既に大泣きの状態だ。

「伝言預かっているよ」
俺は凄く気が重かったが、多部が可哀そうで何とかしてやりたいという気持ちが勝っている。

「何で?私が何かしたの?」
嗚咽が出るくらい泣いているので良く聞き取れないほどだ。

「落ち着きなよ」
こんなパニックに成っている多部は初めてだ。
それ程までにヒロを愛していたのだろう。

「とにかく聞いて」
俺は受話器越しで必死になだめようとした。

「聞きたくない!」
更に泣きじゃくる。
埒が明かなそうだ。

「今からそっち行くから待ってて」
話しにならないので多部の家に行く事にした。
預かりものも返さなきゃならないしな。

家の前に着くと、多部の部屋の窓に小石を投げる。
スッと窓が開いて多部は顔を見せた。
しばらくすると多部が外へ出てきた。
目がパンパンに腫れている。

「大丈夫か?」
俺は優しくなだめる様に語り掛けた。

「大丈夫じゃない」
多部は大きく首を振る。

「なんで、なんで!」
彼女は泣きじゃくりながら俺の胸で泣いた。

俺は何も言わず子供をあやす様に頭を撫でながら好きなだけ泣かした。

どの位が立っただろう、多部が顔を上げて俺を見つめてきた。

目がパンパンに腫れて化粧もせず鼻水もすすって決して可愛い状態じゃないのに心臓が張り裂けようにドキドキする。

「ヒロは何て言っていなくなったの? 私の事が嫌になったの?」
凄く悲しそうな顔で聞いてくる。

「そうじゃないよ、ヒロは多部が好きだよ」
俺は力強く伝えた。

「じゃぁなんで」
理解できないと今度は怒ったように聞いてくる。

「大義は高校卒業して就職もせずに自由に生きるという考えに不安を感じて何かを変えなければならないという葛藤で飛び出したんだろうね。」
実際にヒロが言わんとしていたことだ。

「なんで私に相談してくれなかったの?」
今度は戸惑いの顔だ。

「大義の他にもう一つ大きな理由があるからだと思う」
これはあまり言いたくない理由だ。

「もう一つの理由って?」
不思議そうに問いかけてくる多部。
それはそうだろう。

「俺のせいだよ」
「俺が多部に未練タラタラでヤケな生活を送っているのが見るに堪えないって」
これもヒロが言っていた事実だから仕方なく伝えた。

「そうなの?」
多部は怪訝そうな顔になる。

「そんな訳ないだろ!俺は今の生活が楽しくて仕方ないんだよ、色んな女抱けるし」
また余計な一言を付けてしまった。

「アキオ変わったね、カッコ悪く成ったよ。」
「アキオが好きでも無い子を抱ける性格で無いのはヒロも私も分かり切っているし、それなのにそんな自分を誤魔化す事を私達に言うなんて、情けなくなった。」
多部はそんな俺のせいでヒロが居なくなったのかと怒りが湧いてきているのだろう。

「多部に言われるのはキツイな。。」
つい本音が漏れた。

「私ね、夢だったの」
「アキオにピッタリで私が納得の行く彼女が出来て、ヒロと4人でずっと一緒に色々な所に行くの!一番好きな人と二番目に好きな人と一生一緒に居るの」
突拍子もない事を言っている。

「勝手な夢だな」
「それに二番目に好きとか、良く本人の前で言えるね。」
俺も何か腹が立ってきた。

「でも世の中では結婚するのは二番目に好きな人が最適だというよ」
「だから私は二番目に好きな人までしっかり大切にしようと決めているの、三番目以降は無いよ、それはただのお友達」
泣き収まったのか、冷静に話し始めている。

「やっといつもの多部節が出てきたねぇ」
俺は呆れていった。

「うん、ありがと、少し落ち着けた。」
「でも明日から生きて行くのが辛いかも」
自殺でもしないかと不安がよぎった。

「変な事考えるなよ。。」
俺は焦って言った。

「あーぁ、月末にヒロとディズニーランドに行くのを楽しみに毎日色々頑張ってきたのになぁ」
心配を他所にかなり落ち着きを戻している表情だ。

「あっチケット預かっているよ、友達誘ってパーっと楽しんできなよ」

「無理、今は友達とかと会いたい気分じゃない。」

「でも一人でふさぎ込んでたらよけい辛いよ」

「じゃぁアキオ連れていって」

「えー、俺も色々と予定有るし」

「私がどうなってもいいんだ」

「ズルいなぁ」

「月末の日曜だったら都合着くけど」

「うん、お願い」

突然の流れで、二人でディズニーランドに行く事になった。

日曜日は愛車をピカピカに洗車して朝早く多部を迎えにいった。

多部の家の近くで待っていると窓をコンコンと多部が叩いてやってきた。

ん!めちゃめちゃ可愛い。

別れてから2年近くこんなデートの様なお出かけはなかったから名一杯お洒落をした大人の多部を初めて感じた。

「おはよう、天気よくて良かったね」

「お、おう」

「何ジロジロ見てるのよ」

「いや、別に、、すっかり元気になったなと思って」

「そうでも無いよ、傷は大きいから」
「しっかり治してねアキオ」
俺の方が恋の病に掛かりそうだ。。

千葉までの道のりは高速を使って2時間、久々に多部と二人きりの車内、いつも通りの多部にすっかり話題は盛り上がり二人とも笑いが絶え無い。

見るもの全て新鮮に見える。

踏切に差し掛かると外人の少年たちが線路で遊んでいる。

「HY、YOU、ベリーベリーデンジャラスだよー」

「What?」

俺は頭に手をぶつけ首が吹っ飛ぶポーズでアピールをした。

外人の少年たちは怪訝な顔をして去って行った。

横でゲラゲラ多部が笑っている。
「ほんとアキオのそういところ大好き」

「それ誉め言葉?」

「勿論!」

前に二人で歩いた線路を思い出した。
やっぱ多部が好きだ。

ディズニーランドに着くと思いの他空いていて夜までたっぷりと乗り物を堪能し、あっと言う間に時間が過ぎていった。

「もう閉館だね」

「早かったな」

お土産を買ってパークから出ると駐車場に向かう間二人に沈黙が走った。

「明日から大丈夫そうだな」
俺は沈黙に耐えられず言葉を掛けた。

「分からない、凄く不安」
再び沈黙になる。

「なぁ多部」

「何?」

「探しに行こうか、ヒロを」

「え?どこへ?」

「沖縄にミノルの車で向かうと言っていたからそっち方面、ミノルの車目立つから見つけられるかもよ」

「いつ?」

「追うなら早い方が良いでしょ」
「今から行くか」

「え?アキオ仕事は?」

「まぁどうにかなるでしょ」

そう言って2人はヒロを追って旅に出た。

仕事は風邪を理由に休み続け、4日目に逆鱗に触れそれ以降は無断欠勤に。

翌週会社に電話を入れて退職の意向を伝えた。
最近売上ノルマに追われた多くの営業が悪徳商法まがいの訪問販売を繰り返し、今まで以上に新聞でも叩かれていた事もある。

佐良部長には追ってお詫びに行こう。

そうして計画も無しに旅に出てお金も限られる事から高速は乗らずに下道を走り寝床は車の中だ。

顔は公衆トイレで洗い、服は着替えず、下着は買った一式と着ていた物をコインランドリーで洗いながら交互に着ていた。

銭湯も3日に一度。
なので多部も毎日すっぴん。
勿論それでも可愛いが、何よりも飾り気の無い二人の生活がまるで夫婦の様で凄く幸せに感じていた。

会社を辞めた夜、九州の鹿児島からいよいよ沖縄本土にへフェリーで渡った。

那覇の港に着くとコンビニで夕食を買い、少し郊外に移動して寝場所にも良さそうな人目の少ない海の見える駐車場を選び、夕飯に有りついた

夕飯を食べ終わり沖縄の夜の海の光を眺めながら多部と人生観を語り合い、やはり感性が合うんだなぁと実感しつつ、ヒロへの積み重ねた思いを聞くと、俺達は恋人には成れない運命にも有るのではと悲しい気持ちも芽生えていた

そんな時間を過ごしていると、疲れた二人はいつの間にか寝てしまっていた。

夜も更けている頃に俺はバイクの低音に響くマフラーの音で目を覚ました。

音のする方向をバックミラー越しに覗くと、なんと暴走族の溜まり場になってしまっていた。

2台、3台と続々と族車が集まり、とうとう10台以上と成り、ヤンキーは20人以上。

多部は未だに寝ているが、俺はこちらに奴等が来て因縁をつけて来ないか気がきじゃ無く全く寝むれない。

エンジンを止めてひっそりと身を潜め、その場が過ぎるのを待った。

あれだけの人数に襲われたら命を賭けても多部を守れる自信が無い。

いざとなっならエンジンをかけて兎に角全速で振り切るしか手が無いと考えていた。

時が過ぎるのがやけに遅く感じる間、ふと地元の仲間達とヤクザ達から逃げ回っている時を思い出した。

あの時も命の危険は有ったが何故かワクワクしていた。

しかし今はワクワクどころか恐怖しか無い。

もし目の前で多部が襲われて守れなかったら…

想像するだけでも苦しく恐ろしい。

そう感じるからこそ、仲間達が居たことの心強さを改めて実感した。

そして朝日が昇り始める頃、彼等は何もしてくる事は無く去っていった。

助かった。

安堵の気持ちと共に何も知らずスヤスヤと寝ている多部の横顔を見て堪らなく愛おしく感じた。

すると多部がモニョモニョと寝言を言い始めた。
良くは聞き取れないが確実に聞き取れた一言。
それは「ヒロ」
そして閉じた目の隙間からは薄らと涙が浮かんでいた。

一気に愛おしさを切なさが覆い被さった。

俺は彼女の為に何でもしてあげたい。
例えそれが結ばれる事では無くとも。
凄く苦しく、ただ同時に胸が熱くなる思いも感じた。

そんな放浪旅を一週間以上続けていたがとうとうガソリンとお金が底をつきそうになった。

仕方ないので東京にUターン。
泣け無しのお金で九州へ渡るフェリーにどうにか乗り込み、1日何も食べられず、ガス欠寸前で福岡の親戚の家に立ち寄った。

福岡の叔母さんは独身で自由奔放に生きている人なので、珍道中の旅の経緯を話すと気前よく10万円を無期限でいいよと貸してくれた。

その日は叔母の家に多部と共に泊まらせて貰い3人で飲み明かした。

翌日風呂も入り久々に化粧をした多部に叔母はお古ながら洒落た服までくれた。

「アキオを宜しくね」とウィンクをしながら。

俺達は身も心もスッキリとして東京への帰路へ向かった。

懐も温かかく成り、帰りはラブホに泊まって風呂に入りながら洗濯もして充実した旅を堪能した。

多部と二人、腕枕をしながら寝たがセックスは勿論、キスもしなかった。

ドキドキのときめきはあったが何故かそれ程したいとは思わず、それ以上に幸せの充実感に満足していた。

そして凄く安心して爆睡が出来た。

きっと夫婦になるのってこういう感じなのかなと考えていた。

帰りは食事もコンビニ、ファミレスとしっかりと食べる事が出来た。

そして2週間に渡る二人の旅は敢え無く終わった。

ヒロは見つからなかったが多部は取り敢えず吹っ切れた様だ。

これで俺の使命は終わり。

そしてもう俺から告白するのはやめようと決めていた。

もし多部が本当に気持ちの整理が出来た時に俺を選んで告白してくれたら良いと淡い気持ちを持ちながら。

それに仕事も辞めてしまったので早く仕事を見つけて叔母に借りた10万円を返して家も出て一人で暮らそうと考えていた。

ケジメをつける為に佐良部長へ詫びを入れに行くと意外にも怒られず、佐良部長も会社のやり方に嫌気をさして辞めるとの事だった。

そして俺の仕事の相談にものってくれ、友人の土建屋で住み込みのダンプの運ちゃんを募集していると紹介をしてくれた。

多部も帰ってきて就活を行い、すぐに知人の紹介で青山のアパレル店の店長を任された。
彼女のテキパキとした手際の良さと要領を買っての事だろう。

結果、俺は地元を離れ多部も都心に通う毎日なので自然と距離を保つ関係となった。

多部も俺と同じく、慌てずに時に任せて色々と整理したいのだと思う。

住み込みでダンプの運ちゃんを始めて半年が経つ頃、人生今のままで良いか悩み留学する決意をした。

その頃、斉藤ヒロは一緒に旅に出たミノルと沖縄で仕事を見つけて暮らしていると連絡がきた。

俺は多部と探しに行った事、その後はお互い距離を置いてる事、多部は落ち着いているもののきっとヒロを待ち続けていると思う事を話し、俺は新たな20代の自分を築く為にロスに留学する決意を伝えた。

その他の仲間も皆、将来を見据えてしっかりと働き始めてた。

須田おさむは地元の看板・サインメーカーの老舗に就職。
野球場のバックスクリーンの整備やテレビの大道具なども制作しているメーカーだ。

二宮光輝は解体屋の元締めに成り、若い衆を纏めている。
景気もいいらしく最近ハマっているバス釣り用にバスボートを購入して毎週の様に出掛けているらしい。

岡本文也は左官屋を独立して1人ながらも社長の肩書で仕事を始めた。
その経理は佐伯優香が務める。
お似合いの二人は結婚も秒読みだろう


吉沢成也は大手生コン屋の運転手に就職。
看護婦の彼女と同棲を始めている。

石野和人は地元を出て都心で不動産屋に就職した。
羽振りが良く六本木で飲み歩いているらしい。

後輩の早瀬瑛太、橋田タケル、菊池豊もそれぞれ地元の会社に就職して真面目に働いている。
皆、可愛らしい彼女が居るらしい。
羨ましい限りだ。
 
そして俺は好き勝手に生きてきた手前、親の世話に成りたくないと思い、留学先でバイトをしながら学費と生活費を稼ぐ事を考えていた。

ここで相談に乗ってくれたのも佐良さんだ。
ロスに居る知り合いが住まいとバイト先を提供してくれる所まで段取りをしてくれた。

佐良さんは既に企業して立ち上げたばかりの会社を忙しく回している最中なのに、一時期同じ会社に居ただけの俺の為にかなりの労力を割いてくれたのが不思議に思えた。

なので正直に聞いてみた。
何でここまで良くしてくれるのかと。

すると、ここでも驚きの事実が。

実は佐良さんと麻里恵が同棲していたのだ。

俺がヒロと多部の事で翻弄されて飲み歩いている頃、佐良さんには度々麻里恵から相談があったらしい。

麻里恵は真剣に俺の事を好いてくれていたのだ。

佐良さんは俺と多部の事を知っていたので、隠さずに麻里恵に伝えて時を待つ事になったらしいが、佐良さんが前の会社を辞める時に役員達から暴行を受けて入院した時に親身に看病してくれた麻里恵を好きに成り、麻里恵もそれに応えてくれたとの事だった。

惜しい事をしたなと正直思いもしたが、間違いなく今の俺では麻里恵を幸せにする事は出来ないので佐良さんと結ばれて良かったと心底感じた。

その事もあり、恋愛からは少し離れようと思う気持ちも強く成り、アメリカに旅立つ事を決めた。

そして多部に逢いに行った。

多部も任された店が繁盛し、店舗を増やすプロジェクトリーダーにも抜擢されていたのでかなり忙しい中時間を割いてくれた。

俺の決意を話すと彼女はそうなると思っていたと言った。

今の私達では結ばれないだろうと。

悲しい言葉だか、今の俺には凄く納得出来る言葉だった。

そして二十歳に成った今、そこに未練は無く、次の未来に向けた励みの10代をくれた多部に心底感謝を感じ、硬い握手を交わした。

「ありがとう」
色々な思いを乗せた俺の言葉に

「うん、こちらこそ」
と同じく未来を見据えた瞳の多部が応えてくれた。

そして握手を解く時に、出会った頃に見つけた赤い糸は多部の小指には見当たらなかった。

「社長!」
吉崎の声で我に返った。

そうだった、結婚を考えている吉崎に何故俺が結婚をしないのかを真剣に答え様としていたのだ。

そして俺は答えた。
「結ばれた赤い糸を探していたら見失ってね」

吉崎はポカンとしている。

「兎に角、一人ではこれからの苦難は乗り切れないぞ、大切な人が見つかったなら絶対に離すなよ!」

俺は吉崎と肩を組み社員達と酒を交わし、人生に後悔は無し、と天を見上げた。

二人の赤い糸は太い絆に変わったのだから。
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