龍の王国

蒼井龍

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戦後

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 次の日、ゼウスは足音で目を覚ます。
 すぐに木の上から降りて武器を取る。
 太陽はまだ登り切ってはおらず、辺りが暗く、相手の姿もよく見えない。
 ゼウスは音だけを頼りに相手の場所を特定し、その場所に剣を向ける。

「おい、そこで止まれ」

 ゼウスの威嚇に相手が立ち止まる。
 よく見ると、背中に大きな剣を背負っている。

「なんだ、てめえかよ……紛らわしい事してんじゃねえ」

「あははっ、ごめんね。ちょっと見回りがてら散歩に行ってただけだから心配しないで」

「心配なんかしてねえよ。むしろ少し苛ついたわ」

 ゼウスは言いながら武器をしまう。
 足音の犯人はガイアだった。

「もし敵に見つかったらどうするつもりだったんだよ……」

「それならそれで別によかったけどね。言ったでしょ?見回りも兼ねてるって。敵に見つかったら戦ってただけだよ。ヘカテーの情報が本当なら、隊長クラスの実力者はいないはずだし」

「だとしても危険すぎるだろうが…そもそもあいつを信用しすぎるんじゃねえよ…」

「まあ、それもそうだね」

 深刻な表情で会話をするゼウスとは真逆に、ガイアの顔は比較的明るいものだった。

「んで、何も問題はなかったんだろうな」

「うん。周りに敵の姿はなかったよ。多分、雨で足跡が消えちゃったせいで追跡がうまく出来てないんだと思うよ」

「なるほどな…まあ、途中で雨は止んじまったから見つかるのも時間の問題だとは思うが…」

「だからこそ、早く場所を移す必要がある。違う?」

 ゼウスは黙って思案する。

「…てめえ……まさかそれだけのために見回りに行ったのか…?」

「そう、たまには私だって役に立つでしょ?」

 ガイアがたった一人で危険な見回りに行ったのは訳がある。
 もし敵が近くにいるのなら、情報収集を諦めてすぐにまた移動しなければならなくなる。
 しかし、今回はガイアの偵察のおかげでまだ余裕がある事が判明した。
 とはいえ、敵がどれほど近くにいるのかが分からない以上、全く安心は出来ないのだが、それでも何の情報もないよりは遥かにましだ。
 動くなら早い方がいいのは間違いない。

「よしっ、ノトス達を起こすぞ。それからすぐに情報を集めにいく。それでいいか?」

「勿論」

 数分後、ゼウス達五人はそれぞれ武器を背負って街へと入っていった。
 今回は五人揃って行動する。
 武器を持っていれば目立つのは避けられないが、いつ敵が来るかも分からない場所に武器を置いていく事の方が危険だと判断したのだ。
 それに、敵がまだ近くにいないのなら、バレたとしても問題はあまりないと踏んだのだ。
 街に入るとすぐに昨日の事件が大きく取り上げられた新聞が目に入った。
 ヴァルカン達は迷わずそれを購入して近くのベンチに腰掛けてじっくりと読んでいった。
 その新聞には、街が大きな火事に巻き込まれたとしか書かれておらず、ヴァルカン達の戦闘については一切触れられていなかった。

「絶対こんなのおかしいでしょ……」

「一体どういう事なんだろうね…」

 五人はその理由について話し合う。

「頭使う事はてめえの専門分野だろ。なんとか結論出せ」

 話を振られたテティスは一生懸命に頭を働かせる。
 
「そうね…考えられるとすれば、敵がまだ王家に手を出したって事を知られたくないってことくらいね……」

「向こうがそう考えてると思う理由は?」

「この国には、王家を信奉している人が多くいるでしょ?だからもし、王家を攻撃したとなれば、最悪国全体を相手しなければいけなくなる。それは敵にとっては最も避けたい事態のはずよ」

「なら、僕達の事はいつまで経っても露見しないの?」

「その可能性は高いと思う。でも、敵の狙い王政制度の廃止。それを達成するには、国民に対して『王家は役に立たない』という事をアピールする必要がある。なら、どのみちどこかのタイミングで私達の事は公表されるはずよ」

「連中は何のタイミングを待ってんだ?」

「さあ…流石にそこまでは分からないけど……」

 その後も色々五人で話し合ったが、進展はしなかった。

「ねえ、敵の事を考えるのも大切だけどそろそろこの辺で食糧調達しとかない?」

 議論が行き詰まったタイミングでガイアが提案した。
 昨日までは森に生えていた木の実などを食べていたが、そんな生活をずっと続ける事は不可能だろう。

「確かにこれ以上飲まず食わずでいるのは危険よね」

「そうだね。この際だから食料だけじゃなくて使えそうな物を色々探してみようか。もしかすると、戦闘に使える様なアイテムもあるかもしれないしね」

 ノトスが賛成すれば、断る者など誰もいない。
 五人は街を散策する事にした。
 まず最初にリュックを人数分購入した。
 そこから二手に分かれて食料と使えそうな道具を集めに行く。
 その間には特にこれといった問題は起こらず、順調に必要なものは集まっていった。
 数時間後、五人は再び合流し、物資の確認をする。

「よしっ、必要な物は全部集まったし、もう一回森に戻ろうか」

 確認を終えたノトスがそう言った。

「何でいちいち森に戻らなきゃなんねえんだ?この街の宿屋に泊まればいいだけだろ」

 ゼウスの質問に答えたのはテティスだ。

「多分、敵はもうこの近くにいるわ。下手をすれば、既にこの街に入り込んで私達の事を探している可能性もあるわ。だから、敵に見つかる前に場所を変える必要がある。でしょ?」

「テティスの言う通りだ。正直、この国の中でどこが安全かは分からないけど、ここが危険だという事は断言できる」

「なるほど…話は分かった。だが、次に行く場所の当てはあんのか?」

「………」
 
 ノトスはどうやらそこまで考えていなかったらしく、ゼウスの質問には答えられなかった。

「なら、あの島に行くのはどう?」

 テティスが指差した方向には、一本の橋でこの街と繋がっている島があった。

「私の記憶が正しければ、あの島は確か無人島よ。あの島を拠点にすれば、この街とも近いから何かあればすぐに情報も物資も手に入るわよ」

 ノトスはしばらく手を顎に当てて考える。
 やがて大きく頷くと、ノトスはこう言った。

「よしっ、それで行こう。僕達はこれからあの島で籠城する。生活するには少し厳しいかもしれないけどそれでもいい?」

 ノトスの言葉に四人は迷いなく頷いた。

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