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お前の夢はここで潰える(後編)
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「一つ聞かせろ」
闇に包まれた工場の中で二つの影が向かい合う。
既に一触即発の状態に陥っている二人、黒渦銀河と星川宇宙は、戦闘前に言葉を交わす。
この先の展開は誰にも分からない。
この二人は、魔法管理委員会という組織に所属する魔法使いである。
主な仕事は、魔法の隠蔽。
魔法使いと戦い、魔法を知る者を一人残らず撲滅するための組織である。
そして宇宙は、魔法使いに両親を殺されており、その復讐のために魔法管理委員会に入ったのだ。
その結果、宇宙は銀河の協力により、宇宙の父親を殺すのに関わった魔法使い、赤石炎火、死滅壊、白昼夢幻夜、そして、宇宙たちの邪魔をしようとした白零無名を殺すことに成功したのだ。
しかし先日、宇宙は自分の両親を殺したのがパートナーの銀河であるということに気づいたのである。
よって、この二人は今、敵として向かい合っている。
「いいよ。どうせ最後だから答えてあげる。何?」
宇宙の声は、今までの中で一番冷たいものになっていた。
その声は、過去に銀河の発していた声によく似ていた。
しかし、両者はそのことには気づかない。
「なぜお前はこの場所を決戦の場に選んだ?なぜわざわざ俺が戦い易い場所を戦場に選んだ?」
宇宙は一度辺りを見回してから口を開く。
「ここは、私のお父さんの元々の職場なの」
宇宙の話はこうだった。
宇宙の父は元々ここで働いていて、宇宙の家族も昔はこの都内で暮らしていたらしい。
暮らしは決して裕福ではなかったが、貧しくもない、至って普通の生活を送っていた。
しかし、そんな生活も長くは続かなかった。
五年前のある日、この工場は火事にあい、この辺りは火の海となった。
原因は不明だが、この事故、あるいは事件のせいで工場長であった宇宙の父は責任を取らされ、郊外にある小さな工場に移ったのだ。
当然、そのとき、宇宙の家族も引っ越しを余儀なくされた。
「分かったでしょ。私があのときに意識を失った理由が。私はあの日、炎の勢いのせいで倒れたわけじゃない。五年前のことを思い出したから。ここは私にとってはあの場所と同じ。ここが私の始まりの場所なの」
銀河は宇宙の話を全て聴き終えた後で大きなため息を吐いた。
「なるほど………事情は理解した。だが、それでも俺はお前を殺す。お前の過去は、俺が手加減する理由にも、お前を見逃す理由にもならないぞ」
「そんなこと分かってる。銀河が聞いてきたから話しただけ」
宇宙はそこで突然思いついたように口を開いた。
「ねえ、今度は私から質問させて。」
「何故だ?」
「そっちの質問に答えてあげたんだからいいでしょ?」
銀河は再びため息を吐いた。
宇宙はそれを許可だと解釈し、銀河に言葉を投げかける。
「銀河はなんで魔法管理委員会に入ったの?」
銀河は長い沈黙の末に答える。
「俺は魔法使いを強制されたんだ」
「強制………?どういうこと?」
銀河の両親は二人とも魔法使いで、母親は魔法管理委員会委員長、黒渦透子。
父親は魔法管理委員会の元No. 1である。
その父親は銀河が生まれる前に『委員会殺し』の異名を持つ無名に殺された。
銀河が生まれてからしばらくは、普通の家庭として、普通に育った。
しかし、銀河が小学校に入って間もない頃、銀河の身の回りに異変が起こり始めた。
ある日の下校時に、突然、銀河の手に小石が飛んできた。
銀河はそのとき、誰かに石を投げられたくらいにしか思わなかったが、事実はそうではない。
銀河に遺伝した魔法が発現したのだ。
「魔法の遺伝………?魔法は後天的な力なんでしょ?」
「強すぎる魔法は遺伝することがある。とは言っても、実例は俺の知る限り、俺を含めても五人くらいしかいないがな」
銀河はその後も、無意識に魔法を使ってしまった。
学校の机や椅子など、あらゆるものを引きつけてしまった。
それが原因で、銀河は迫害されてしまった。
銀河はそんな生活に嫌気がさし、母親に事情を打ち明けた。
その次の日だった。
銀河が交通事故で死んだと報道されたのは。
朝のニュースを見ていた銀河は、何が起こったのかは分からず、そのときの記憶もほとんどない。
その日のことで唯一覚えていることがあるとするなら、それは母親ではなくなってしまった透子の表情だけだった。
それから、銀河にとっての地獄の日々が始まった。
透子は銀河に最強の魔法使いになることを望んだ。
そのための訓練は、まだ幼かった銀河にとっては、辛く、厳しいものだった。
体力などの、戦闘に不可欠な能力は当然、魔法に関しての知識や戦い方を叩き込まれた。
「分かるか?俺は望んで魔法使いになったわけじゃない!魔法使いとして生きることを強制された!それ以外の生き方を知らないから魔法使いになった!最初から選択肢なんてなかった!」
想像を絶する銀河の過去に宇宙は何も言えなくなってしまった。
しかし、そんな話をされたとこで、宇宙の中の憎悪が消えるわけではない。
「じゃあ、銀河はなんのために戦ってきたの?何のために私と戦うの?」
「生きるためだ。俺は死にたくない。だから戦う。負ければ死ぬ。死にたくないから戦う。それ以外に理由はない」
「ただそれだけの理由で戦ってきたの?そんな理由で魔法管理委員会のNo. 1になれたの?」
「お前には分からない。俺の気持ちは。望んで魔法使いになったお前にはな!」
銀河は言い終わると同時に攻撃を開始した。
もうこれ以上話すことは何もないと言う様に宇宙に飛びかかった。
「死ねっ!」
銀河は周りに落ちていた瓦礫を自分の手に貼り付け、その巨大化した腕を振り下ろした。
しかし、それは宇宙にとっては予想済みの動き。
宇宙は自身の魔法を行使し、銀河が纏った瓦礫を分解した。
(かかった!)
銀河は内心で勝利を確信しつつ、さらに宇宙に近づいた。
銀河から繰り出されたのは、正拳突き。
宇宙はそれを避け切れずに、ダメージを負う。
(なるほど、銀河は体術を身に付けてるってわけか………接近戦になったら勝ち目はなさそう…)
銀河は昔から戦闘訓練を受けていて、近接格闘術は粗方叩き込まれている。
対して宇宙は、魔法以外に戦う術を持っていないため、この距離の戦闘では勝機はない。
ここが銀河の有利な点である。
では宇宙の有利な点は何か?
それは、宇宙の魔法が銀河に知られていないことである。
(正直、これはもっと後まで取っておきたかったけど、出し惜しみしてる余裕は無いか………仕方ない、今ここで使ってやる!)
宇宙がポケットから取り出したのはヘアゴムの巻かれた投げナイフ。
両手に三本ずつ持っており、取り出した数は計六本。
これはかつて、無名が持っていた投げナイフであり、このナイフには、魔法の影響を受けないという特性がある。
宇宙は、無名との戦いに勝利した後、
魔法の相性の良さから、組織が回収していったこのナイフが与えられた。
(あのナイフは俺の魔法では防げない……なら!)
宇宙がナイフを投げた瞬間、銀河はもう一度瓦礫を引き寄せ、物理的な防御を行った。
しかし、そこで銀河にとって、想定外の事態が起こる。
ナイフが銀河の引き寄せた瓦礫にぶつかる直前、ナイフが軌道を変えた。
銀河の背中を、六本のナイフが突き刺そうとする。
「くっ………!」
銀河は間一髪でそれを避け、宇宙から距離を取り、体勢を立て直す。
銀河は辺りを警戒しながら考える。
今のは何だ?ナイフがあんな風に軌道を変えるなんて、『反重力』の魔法を逸脱している。
そもそも『反重力』で出来ることは、物を浮かべる、物を動かす、程度のはずだ。
無名と戦ったときも、ナイフの軌道が曲がったが、あれも本来はあり得ないことだった。
『範囲魔法』『対象指定魔法』という違いがあれど、出来ることは浮遊魔法と変わらない。
そこから銀河が導き出した結論は………
「っ………お前の魔法は『テレキネシス』か!」
その言葉を聞いた宇宙は、黙って笑顔を浮かべ、攻撃を再開した。
そう、宇宙の魔法は『反重力』つまり、物体浮遊ではなく、『テレキネシス』簡単に言えば、物体操作なのであった。
宇宙はこのことを炎火との戦いの後には気付いていた。
しかし、それをずっと隠していた。
理由は、銀河達、魔法管理委員会を完全に信用してはいなかったから。
昨日、銀河のことを完全に信頼し、打ち明けようとしていたのはこれだった。
結果論にはなるが、宇宙が己の魔法を隠していたのは、正しい判断だったと言える。
とはいえ、銀河はそれを瞬時に見抜いた。
宇宙としては、銀河が宇宙の手札を知らない初撃で仕止めたいとこだったが、
流石にそこまで甘くはない。
しかし、攻撃を一度見ただけで対策をすることなど出来るわけもない。
となれば、宇宙は銀河がこの『テレキネシス』に慣れる前に殺すしかない。
宇宙は懐から、十本のナイフを取り
し、辺りに投げ捨てた。
そして、宇宙は地面に落ちたナイフをもう一度操り、銀河に向けて勢いよく放った。
(現在浮いているナイフの本数は四本。右に一本、左に一本、そして、後ろに二本。最初の攻撃をブラフとするなら、同時に操れるナイフの本数は、恐らく八本~十本、地面に投げ捨てたナイフは、恐らく、俺の意識を散らすためのものだ。)
銀河は冷静に状況を判断する。
近接戦では勝ち目のない宇宙は、遠距離戦で銀河と戦うつもりなのだ。
実力の劣る宇宙が、格上の銀河に勝つための対抗策。
しかし、一見完璧なようにも思える宇宙の作戦だが、一つだけ弱点がある。
はっきり言って、宇宙がそのことに気づかなかったのはただの油断である。
銀河は、無名と戦ったとき、どの敵と戦ったときよりも苦戦していた。
無名の強さは、このナイフ。
宇宙はそう考え、武器の力を過信した。
考えれば分かることだったのに。
宇宙が魔法でこのナイフを操れる以上、銀河も魔法でこのナイフが操れるということは。
「⁉︎」
宇宙は驚いた。
それもそのはず、宇宙の操っていたナイフが、突如コントロールを失い、地面に落ちていったのだ。
その直後、銀河がものすごいスピードで宇宙に近づいていく。
「しまった!」
宇宙は自分の失策にようやく気づいた。
銀河は己の『重力』の魔法を使い、宇宙の『テレキネシス』を打ち消した。
無名の武器の強さは、魔法を使わずに操れて、初めてその強さを発揮する。
とはいえ、銀河としてもこれは大きな賭けだった。
なぜなら、『テレキネシス』を『重力』で打ち消せる保証はなかったのだから。
もし、宇宙の魔法を打ち消すことが出来なければ、既に銀河は死んでいた。
普段、常に冷静に、常に確実な戦いをしてきた銀河にとって、こんなギャンブルのような戦いをするのは始めてだ。
僅かな可能性に賭け、失敗すれば死ぬというような戦い方。
この戦い方は、どちらかというと、宇宙の戦法だ。
宇宙の提案した作戦は、常にそんなものばかりだった。
銀河はそう考え、少しだけ感傷に浸りながら宇宙との距離を詰める。
その様子を見た宇宙は、急いで距離をとる。
(後少し………後少し時間を稼げれば……)
宇宙は必死に時間を稼ごうとする。
一方、銀河は体に違和感を感じていた。
(なんだ…?魔法が上手くコントロール出来ない?疲労か?)
いや、それはあり得ない。
これくらいの戦闘は今までにも行ってきている。
この程度で疲労を感じるようなら、今頃銀河は死んでいる。
ではこの違和感は何だ?
銀河がそこまで考えたところで、銀河の体に異変が起こる。
「ああああああああああああああああ!」
銀河はものすごい叫びを上げ、その場に倒れる。
謎の激痛が銀河を襲ったためだ。
今の銀河は、全身を引き裂かれるような痛みを感じている。
「お前……何を…した?」
弱々しい声で、銀河は宇宙に問いかける。
宇宙は銀河の質問に対し、どこか誇らしげな様子で答える。
「魔法には、『能力』の他に『条件』と『制限』が付随する。私はそれを利用しただけ」
「『条件』と……『制限』の利用…だと?」
未だに何が起こったのか理解していない銀河に対し、宇宙は黙って銀河の背後を指差す。
宇宙が指を刺した場所にあったのは、一枚のブルーシートだった。
宇宙はゆっくりとそれに近づき、勢いよくブルーシートを捲った。
「⁉︎」
銀河が驚くのも無理はない。
そこにあったのは、三人の見知らぬ人物だった。
「そういうことか………」
銀河はようやく、宇宙の作戦に気付いた。
銀河の魔法は、『条件』が『自身を中心とした半径十メートル以内に人が五人以上いないこと』で、『能力』が『自身を中心とした半径十メートル以内の重力を自由に増加させる』で、『制限』が、『自分以外の生命体の持つ重力は増加させることができない』というものだ。
そして、魔法の『条件』あるいは、『制限』を破ってしまうと、魔法が暴発し、術師が死ぬこともある。
魔法は、本人の『認識』が非常に重要である。
そして、銀河は今、魔法の『条件』が達成されていないと『認識』してしまった。
銀河がそう『認識』した以上、もう魔法は使えない。
さっきまではそのことを知らなかったおかげで、先ほどの反動はあの程度で済んだが、今、魔法を使えば恐らく死んでしまうだろう。
銀河にできることは、もうなくなってしまった。
体の痛みはもう引いたが、それでも動く気力はもう、銀河には残っていなかった。
銀河は小さな声で宇宙に問いかける。
「なぜ…………………」
「うん?何て言ったの?」
「なぜお前の魔法は暴発しなかった?お前の魔法の『条件』と『制限』は俺と同じだったはずだろ」
「私の魔法が『反重力』じゃなくて『テレキネシス』だって気付いたときに、もしかして『条件』と『制限』も違うんじゃないかって思って色々試してみたの」
「お前一人で魔法を試していたのか?魔法についての知識の浅いお前がか?」
宇宙は誇らしげに言う。
「私は昔から要領が良かったからね。銀河が魔法の使い方を教えてくれたときのことを参考にしたんだよ」
そういうことか。
銀河は納得する。
有能な仲間は歓迎だが、有能過ぎる仲間は困り物だ。
実力では遠く及ばない宇宙に負けるな んて。
しかし、それを宇宙は分かっていた。
だから実力ではなく、知力で勝負を挑んだのだろう。
言い訳の余地のないほどの敗北。
完敗だ。
銀河はしみじみとそう思った。
宇宙が銀河にナイフを向けた。
「最後に何か言い残すことはある?」
銀河は即答する。
「ない。やってくれ」
本当は死にたくないと思っていたが、そんな恥ずかしい死に方はできない。
銀河の答えを聞いた宇宙は、即座にナイフを振り下ろした。
「お前の夢はここで潰える」
その刹那、銀河の首は掻き切られた。
そして、魔法管理委員会のNo. 1と言われた最強の魔法使いは死に至った。
「はあ~あ何か味気ないなあ」
一人になった宇宙は気の抜けた様にその場に座り込んだ。
父親の復讐をする。
その夢が達成されたはずなのに、達成感や喜びがまるで感じられない。
「夢なんて、叶ったところでこんなものか」
宇宙は心の底からそう思った。
夢は追いかけてる間が一番楽しいのだ。
父親の復讐をするという志も
世界の王になるという野望も
忍者の復活という望みも
魔法使いの殲滅という目標も
幸せになるという願いも
そして、生き続けたいという夢も
そのいずれも、叶ってしまえば、目標がなくなり、何をする気にもならなくなる。
少なくとも、宇宙の精神は今、そういう状態だ。
両親を失い、親友を殺し、恩人を殺した。
こんな自分に生きる権利はあるのだろうか?
答えはノーだ。
もう、生きる希望も見出せない。
宇宙は銀河を殺すのに使ったナイフを手に取り、それをじっと見つめる。
宇宙は一瞬だけ考える。
このまま組織から逃げ続けて、生き抜く未来の可能性を。
しかし、やはりその未来はあり得ない。
組織のNo. 1を殺せたのは、半分以上が運だ。
それに、敵の情報も予め分かっていたから勝てただけに過ぎない。
組織には宇宙の知らない強い戦士がたくさんいるはずだ。
仮に勝てたとして、やりたいことも、生きる意味もない。
銀河は今度こそそのナイフで己の首筋を切って自殺した。
星川宇宙は夢を叶えた。
しかし、それが幸せなことなのかということは、また別の問題だった。
闇に包まれた工場の中で二つの影が向かい合う。
既に一触即発の状態に陥っている二人、黒渦銀河と星川宇宙は、戦闘前に言葉を交わす。
この先の展開は誰にも分からない。
この二人は、魔法管理委員会という組織に所属する魔法使いである。
主な仕事は、魔法の隠蔽。
魔法使いと戦い、魔法を知る者を一人残らず撲滅するための組織である。
そして宇宙は、魔法使いに両親を殺されており、その復讐のために魔法管理委員会に入ったのだ。
その結果、宇宙は銀河の協力により、宇宙の父親を殺すのに関わった魔法使い、赤石炎火、死滅壊、白昼夢幻夜、そして、宇宙たちの邪魔をしようとした白零無名を殺すことに成功したのだ。
しかし先日、宇宙は自分の両親を殺したのがパートナーの銀河であるということに気づいたのである。
よって、この二人は今、敵として向かい合っている。
「いいよ。どうせ最後だから答えてあげる。何?」
宇宙の声は、今までの中で一番冷たいものになっていた。
その声は、過去に銀河の発していた声によく似ていた。
しかし、両者はそのことには気づかない。
「なぜお前はこの場所を決戦の場に選んだ?なぜわざわざ俺が戦い易い場所を戦場に選んだ?」
宇宙は一度辺りを見回してから口を開く。
「ここは、私のお父さんの元々の職場なの」
宇宙の話はこうだった。
宇宙の父は元々ここで働いていて、宇宙の家族も昔はこの都内で暮らしていたらしい。
暮らしは決して裕福ではなかったが、貧しくもない、至って普通の生活を送っていた。
しかし、そんな生活も長くは続かなかった。
五年前のある日、この工場は火事にあい、この辺りは火の海となった。
原因は不明だが、この事故、あるいは事件のせいで工場長であった宇宙の父は責任を取らされ、郊外にある小さな工場に移ったのだ。
当然、そのとき、宇宙の家族も引っ越しを余儀なくされた。
「分かったでしょ。私があのときに意識を失った理由が。私はあの日、炎の勢いのせいで倒れたわけじゃない。五年前のことを思い出したから。ここは私にとってはあの場所と同じ。ここが私の始まりの場所なの」
銀河は宇宙の話を全て聴き終えた後で大きなため息を吐いた。
「なるほど………事情は理解した。だが、それでも俺はお前を殺す。お前の過去は、俺が手加減する理由にも、お前を見逃す理由にもならないぞ」
「そんなこと分かってる。銀河が聞いてきたから話しただけ」
宇宙はそこで突然思いついたように口を開いた。
「ねえ、今度は私から質問させて。」
「何故だ?」
「そっちの質問に答えてあげたんだからいいでしょ?」
銀河は再びため息を吐いた。
宇宙はそれを許可だと解釈し、銀河に言葉を投げかける。
「銀河はなんで魔法管理委員会に入ったの?」
銀河は長い沈黙の末に答える。
「俺は魔法使いを強制されたんだ」
「強制………?どういうこと?」
銀河の両親は二人とも魔法使いで、母親は魔法管理委員会委員長、黒渦透子。
父親は魔法管理委員会の元No. 1である。
その父親は銀河が生まれる前に『委員会殺し』の異名を持つ無名に殺された。
銀河が生まれてからしばらくは、普通の家庭として、普通に育った。
しかし、銀河が小学校に入って間もない頃、銀河の身の回りに異変が起こり始めた。
ある日の下校時に、突然、銀河の手に小石が飛んできた。
銀河はそのとき、誰かに石を投げられたくらいにしか思わなかったが、事実はそうではない。
銀河に遺伝した魔法が発現したのだ。
「魔法の遺伝………?魔法は後天的な力なんでしょ?」
「強すぎる魔法は遺伝することがある。とは言っても、実例は俺の知る限り、俺を含めても五人くらいしかいないがな」
銀河はその後も、無意識に魔法を使ってしまった。
学校の机や椅子など、あらゆるものを引きつけてしまった。
それが原因で、銀河は迫害されてしまった。
銀河はそんな生活に嫌気がさし、母親に事情を打ち明けた。
その次の日だった。
銀河が交通事故で死んだと報道されたのは。
朝のニュースを見ていた銀河は、何が起こったのかは分からず、そのときの記憶もほとんどない。
その日のことで唯一覚えていることがあるとするなら、それは母親ではなくなってしまった透子の表情だけだった。
それから、銀河にとっての地獄の日々が始まった。
透子は銀河に最強の魔法使いになることを望んだ。
そのための訓練は、まだ幼かった銀河にとっては、辛く、厳しいものだった。
体力などの、戦闘に不可欠な能力は当然、魔法に関しての知識や戦い方を叩き込まれた。
「分かるか?俺は望んで魔法使いになったわけじゃない!魔法使いとして生きることを強制された!それ以外の生き方を知らないから魔法使いになった!最初から選択肢なんてなかった!」
想像を絶する銀河の過去に宇宙は何も言えなくなってしまった。
しかし、そんな話をされたとこで、宇宙の中の憎悪が消えるわけではない。
「じゃあ、銀河はなんのために戦ってきたの?何のために私と戦うの?」
「生きるためだ。俺は死にたくない。だから戦う。負ければ死ぬ。死にたくないから戦う。それ以外に理由はない」
「ただそれだけの理由で戦ってきたの?そんな理由で魔法管理委員会のNo. 1になれたの?」
「お前には分からない。俺の気持ちは。望んで魔法使いになったお前にはな!」
銀河は言い終わると同時に攻撃を開始した。
もうこれ以上話すことは何もないと言う様に宇宙に飛びかかった。
「死ねっ!」
銀河は周りに落ちていた瓦礫を自分の手に貼り付け、その巨大化した腕を振り下ろした。
しかし、それは宇宙にとっては予想済みの動き。
宇宙は自身の魔法を行使し、銀河が纏った瓦礫を分解した。
(かかった!)
銀河は内心で勝利を確信しつつ、さらに宇宙に近づいた。
銀河から繰り出されたのは、正拳突き。
宇宙はそれを避け切れずに、ダメージを負う。
(なるほど、銀河は体術を身に付けてるってわけか………接近戦になったら勝ち目はなさそう…)
銀河は昔から戦闘訓練を受けていて、近接格闘術は粗方叩き込まれている。
対して宇宙は、魔法以外に戦う術を持っていないため、この距離の戦闘では勝機はない。
ここが銀河の有利な点である。
では宇宙の有利な点は何か?
それは、宇宙の魔法が銀河に知られていないことである。
(正直、これはもっと後まで取っておきたかったけど、出し惜しみしてる余裕は無いか………仕方ない、今ここで使ってやる!)
宇宙がポケットから取り出したのはヘアゴムの巻かれた投げナイフ。
両手に三本ずつ持っており、取り出した数は計六本。
これはかつて、無名が持っていた投げナイフであり、このナイフには、魔法の影響を受けないという特性がある。
宇宙は、無名との戦いに勝利した後、
魔法の相性の良さから、組織が回収していったこのナイフが与えられた。
(あのナイフは俺の魔法では防げない……なら!)
宇宙がナイフを投げた瞬間、銀河はもう一度瓦礫を引き寄せ、物理的な防御を行った。
しかし、そこで銀河にとって、想定外の事態が起こる。
ナイフが銀河の引き寄せた瓦礫にぶつかる直前、ナイフが軌道を変えた。
銀河の背中を、六本のナイフが突き刺そうとする。
「くっ………!」
銀河は間一髪でそれを避け、宇宙から距離を取り、体勢を立て直す。
銀河は辺りを警戒しながら考える。
今のは何だ?ナイフがあんな風に軌道を変えるなんて、『反重力』の魔法を逸脱している。
そもそも『反重力』で出来ることは、物を浮かべる、物を動かす、程度のはずだ。
無名と戦ったときも、ナイフの軌道が曲がったが、あれも本来はあり得ないことだった。
『範囲魔法』『対象指定魔法』という違いがあれど、出来ることは浮遊魔法と変わらない。
そこから銀河が導き出した結論は………
「っ………お前の魔法は『テレキネシス』か!」
その言葉を聞いた宇宙は、黙って笑顔を浮かべ、攻撃を再開した。
そう、宇宙の魔法は『反重力』つまり、物体浮遊ではなく、『テレキネシス』簡単に言えば、物体操作なのであった。
宇宙はこのことを炎火との戦いの後には気付いていた。
しかし、それをずっと隠していた。
理由は、銀河達、魔法管理委員会を完全に信用してはいなかったから。
昨日、銀河のことを完全に信頼し、打ち明けようとしていたのはこれだった。
結果論にはなるが、宇宙が己の魔法を隠していたのは、正しい判断だったと言える。
とはいえ、銀河はそれを瞬時に見抜いた。
宇宙としては、銀河が宇宙の手札を知らない初撃で仕止めたいとこだったが、
流石にそこまで甘くはない。
しかし、攻撃を一度見ただけで対策をすることなど出来るわけもない。
となれば、宇宙は銀河がこの『テレキネシス』に慣れる前に殺すしかない。
宇宙は懐から、十本のナイフを取り
し、辺りに投げ捨てた。
そして、宇宙は地面に落ちたナイフをもう一度操り、銀河に向けて勢いよく放った。
(現在浮いているナイフの本数は四本。右に一本、左に一本、そして、後ろに二本。最初の攻撃をブラフとするなら、同時に操れるナイフの本数は、恐らく八本~十本、地面に投げ捨てたナイフは、恐らく、俺の意識を散らすためのものだ。)
銀河は冷静に状況を判断する。
近接戦では勝ち目のない宇宙は、遠距離戦で銀河と戦うつもりなのだ。
実力の劣る宇宙が、格上の銀河に勝つための対抗策。
しかし、一見完璧なようにも思える宇宙の作戦だが、一つだけ弱点がある。
はっきり言って、宇宙がそのことに気づかなかったのはただの油断である。
銀河は、無名と戦ったとき、どの敵と戦ったときよりも苦戦していた。
無名の強さは、このナイフ。
宇宙はそう考え、武器の力を過信した。
考えれば分かることだったのに。
宇宙が魔法でこのナイフを操れる以上、銀河も魔法でこのナイフが操れるということは。
「⁉︎」
宇宙は驚いた。
それもそのはず、宇宙の操っていたナイフが、突如コントロールを失い、地面に落ちていったのだ。
その直後、銀河がものすごいスピードで宇宙に近づいていく。
「しまった!」
宇宙は自分の失策にようやく気づいた。
銀河は己の『重力』の魔法を使い、宇宙の『テレキネシス』を打ち消した。
無名の武器の強さは、魔法を使わずに操れて、初めてその強さを発揮する。
とはいえ、銀河としてもこれは大きな賭けだった。
なぜなら、『テレキネシス』を『重力』で打ち消せる保証はなかったのだから。
もし、宇宙の魔法を打ち消すことが出来なければ、既に銀河は死んでいた。
普段、常に冷静に、常に確実な戦いをしてきた銀河にとって、こんなギャンブルのような戦いをするのは始めてだ。
僅かな可能性に賭け、失敗すれば死ぬというような戦い方。
この戦い方は、どちらかというと、宇宙の戦法だ。
宇宙の提案した作戦は、常にそんなものばかりだった。
銀河はそう考え、少しだけ感傷に浸りながら宇宙との距離を詰める。
その様子を見た宇宙は、急いで距離をとる。
(後少し………後少し時間を稼げれば……)
宇宙は必死に時間を稼ごうとする。
一方、銀河は体に違和感を感じていた。
(なんだ…?魔法が上手くコントロール出来ない?疲労か?)
いや、それはあり得ない。
これくらいの戦闘は今までにも行ってきている。
この程度で疲労を感じるようなら、今頃銀河は死んでいる。
ではこの違和感は何だ?
銀河がそこまで考えたところで、銀河の体に異変が起こる。
「ああああああああああああああああ!」
銀河はものすごい叫びを上げ、その場に倒れる。
謎の激痛が銀河を襲ったためだ。
今の銀河は、全身を引き裂かれるような痛みを感じている。
「お前……何を…した?」
弱々しい声で、銀河は宇宙に問いかける。
宇宙は銀河の質問に対し、どこか誇らしげな様子で答える。
「魔法には、『能力』の他に『条件』と『制限』が付随する。私はそれを利用しただけ」
「『条件』と……『制限』の利用…だと?」
未だに何が起こったのか理解していない銀河に対し、宇宙は黙って銀河の背後を指差す。
宇宙が指を刺した場所にあったのは、一枚のブルーシートだった。
宇宙はゆっくりとそれに近づき、勢いよくブルーシートを捲った。
「⁉︎」
銀河が驚くのも無理はない。
そこにあったのは、三人の見知らぬ人物だった。
「そういうことか………」
銀河はようやく、宇宙の作戦に気付いた。
銀河の魔法は、『条件』が『自身を中心とした半径十メートル以内に人が五人以上いないこと』で、『能力』が『自身を中心とした半径十メートル以内の重力を自由に増加させる』で、『制限』が、『自分以外の生命体の持つ重力は増加させることができない』というものだ。
そして、魔法の『条件』あるいは、『制限』を破ってしまうと、魔法が暴発し、術師が死ぬこともある。
魔法は、本人の『認識』が非常に重要である。
そして、銀河は今、魔法の『条件』が達成されていないと『認識』してしまった。
銀河がそう『認識』した以上、もう魔法は使えない。
さっきまではそのことを知らなかったおかげで、先ほどの反動はあの程度で済んだが、今、魔法を使えば恐らく死んでしまうだろう。
銀河にできることは、もうなくなってしまった。
体の痛みはもう引いたが、それでも動く気力はもう、銀河には残っていなかった。
銀河は小さな声で宇宙に問いかける。
「なぜ…………………」
「うん?何て言ったの?」
「なぜお前の魔法は暴発しなかった?お前の魔法の『条件』と『制限』は俺と同じだったはずだろ」
「私の魔法が『反重力』じゃなくて『テレキネシス』だって気付いたときに、もしかして『条件』と『制限』も違うんじゃないかって思って色々試してみたの」
「お前一人で魔法を試していたのか?魔法についての知識の浅いお前がか?」
宇宙は誇らしげに言う。
「私は昔から要領が良かったからね。銀河が魔法の使い方を教えてくれたときのことを参考にしたんだよ」
そういうことか。
銀河は納得する。
有能な仲間は歓迎だが、有能過ぎる仲間は困り物だ。
実力では遠く及ばない宇宙に負けるな んて。
しかし、それを宇宙は分かっていた。
だから実力ではなく、知力で勝負を挑んだのだろう。
言い訳の余地のないほどの敗北。
完敗だ。
銀河はしみじみとそう思った。
宇宙が銀河にナイフを向けた。
「最後に何か言い残すことはある?」
銀河は即答する。
「ない。やってくれ」
本当は死にたくないと思っていたが、そんな恥ずかしい死に方はできない。
銀河の答えを聞いた宇宙は、即座にナイフを振り下ろした。
「お前の夢はここで潰える」
その刹那、銀河の首は掻き切られた。
そして、魔法管理委員会のNo. 1と言われた最強の魔法使いは死に至った。
「はあ~あ何か味気ないなあ」
一人になった宇宙は気の抜けた様にその場に座り込んだ。
父親の復讐をする。
その夢が達成されたはずなのに、達成感や喜びがまるで感じられない。
「夢なんて、叶ったところでこんなものか」
宇宙は心の底からそう思った。
夢は追いかけてる間が一番楽しいのだ。
父親の復讐をするという志も
世界の王になるという野望も
忍者の復活という望みも
魔法使いの殲滅という目標も
幸せになるという願いも
そして、生き続けたいという夢も
そのいずれも、叶ってしまえば、目標がなくなり、何をする気にもならなくなる。
少なくとも、宇宙の精神は今、そういう状態だ。
両親を失い、親友を殺し、恩人を殺した。
こんな自分に生きる権利はあるのだろうか?
答えはノーだ。
もう、生きる希望も見出せない。
宇宙は銀河を殺すのに使ったナイフを手に取り、それをじっと見つめる。
宇宙は一瞬だけ考える。
このまま組織から逃げ続けて、生き抜く未来の可能性を。
しかし、やはりその未来はあり得ない。
組織のNo. 1を殺せたのは、半分以上が運だ。
それに、敵の情報も予め分かっていたから勝てただけに過ぎない。
組織には宇宙の知らない強い戦士がたくさんいるはずだ。
仮に勝てたとして、やりたいことも、生きる意味もない。
銀河は今度こそそのナイフで己の首筋を切って自殺した。
星川宇宙は夢を叶えた。
しかし、それが幸せなことなのかということは、また別の問題だった。
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