ウイルス感染

蒼井龍

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出会い

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「あなた……人間?」

 アルビドゥスが私に放った第一声はこれだった。
 彼女の最初の笑顔も、私の腕の状態を見た時に消えてしまっていた。

「ええ、そう。私は人間よ」

 私は嘘をついた。
 別につく必要もないのだが、私は自分が人間であるという事を信じたかった。
 案の定、アルはそれに突っかかる。

「じゃあ、その腕は何?」

「それは……」

 私は言い淀んでしまう。
 確かに、周りから見れば私は人間ではないだろう。
 アルビドゥスがさらに畳み掛けてくる。

「ゾンビだよね?」

 もうこの時にはウイルスの性質も知れ渡っており、『ゾンビ』という言葉も浸透してた。
 しかし、私はその呼称を受け入れられない。

「違う!私はゾンビなんかじゃない!ただ……ウイルスに感染してしまっただけのただの人間よ!」

 私は大声で抗議する。
 アルビドゥスは困った様な顔で言う。

「『感染しただけのただの人間』って言うけどさ、それを世間ではゾンビって呼んでるんだよ?」

 彼女の言う事が正しい。
 私はしばらく何も言う事が出来なかった。
 気まずい沈黙がしばらくの間続いていた。
 やがて、アルビドゥスの方から口を開いた。

「あなたは私を襲わないの?」

「えっ…?どういう事?」

「だって、ゾンビは人を無差別に襲うって聞いたんだけど……」

「私は、他の感染者と違って自我があるから……」

 アルビドゥスのゾンビ呼ばわりは一旦無視する。
 今は何を言っても恐らく無駄だろう。

「でも、他にも自我があるゾンビはいるみたいだよ?あなた知らないの?」

「えっ…そうなの?」

 私は、彼女から自我あり感染者と、変異体感染者の存在を教えてもらった。
 
「何で自我があるのに人を襲っているの?」

 彼女は呆れた様に言った。

「そんなの私に聞かれても分かるわけないじゃん」

 そしてこう続けた。

「ねえ、それより私は安心してもいいの?」

 私は質問の意図が分からずに聞き返す。

「えっ…どういう事?」

 
「あなたは私の事を襲う意図はないって認識でいいんだよね?」

 そういう事か……
 確かにそれは彼女にとっては重要な問題だろう。

「ええ、私はあなたを襲わない。私は人を殺したりはしない」

「本当に?」

「もし私にあなたを襲う気があるなら、とっくにやっている」

 アルビドゥスは値踏みする様な目しばらくの間でこちらを見ていた。
 やがて笑顔で言った。

「よしっ、分かった!じゃあ、左腕を繋げてあげる!」

 私は驚きのあまり、声を発してしまっていた。

「えっ…?そんな簡単に信じてくれるの?」

「別に簡単に信じたってわけじゃないよ。ただ、あなたの言葉に嘘がないって思っただけ」

「それを信じるっていうんじゃないの?」

 彼女はまた笑って答えた。

「全然違うよ。信じるっていうのは、何の根拠もない漠然としたものだけど、私のこの判断にはきちんと根拠があるからね」

「どんな?」

「私を殺すならとっくにやってるって言ってたでしょ?確かにその通りだなーって思ったの」

 大して違いがない様にも思えるが、彼女の中では差があるらしい。
 まあ、それはそれでいいとして、彼女には、もう一つだけ聞きたい事がある。

「私の腕を繋げるって、そんな事出来るの?」

 彼女はあっさりと言った。

「うん、奥の機械を使えば簡単に。元を辿れば、私のものじゃないんだけど、色々あって使用権は私にあるってわけ」

「それをする事でアルビドゥスにどんなメリットがあるの?」

 急に彼女の顔が暗くなる。
 何かまずい事を言ったのかと思い、少し焦ってしまった。

「何で名前知ってるの?」

「いや、だって最初に言ってたから…」

「あっ…」

 どうも彼女は最初に名前を言った事を忘れていた様だった。

「ああもう、恥ずかしい…私って本当に馬鹿なんだなあ」

 彼女はうわ言の様に呟くと、私に向き直った。

「でもさ、そんな風に呼ばなくていいよ。そもそも長くて言いにくいでしょ?だから、私の事は『アル』って呼んでね!」

 私はしっかりと頷く。

「分かったわ、アル」

「それで、あなたのお名前は?」

 私はその質問に答えられなかった。
 今まで自分の名前を意識してこなかったからだ。
 思い出そうとするも思い出せなかった。
 しかし、頭では分かっていなくても、体の方は覚えていたようで、自然と口が動いた。

「ニンファー、私の名前はニンファーよ」

「ニンファー…いい名前だね!これからよろしく!」

「よろしく」

「それで、本題に戻るんだけど、どうする?治療受けてく?」

 受けたくないと言えば嘘になるが、私には深刻な問題が一つあった。

「でもお金が……」

 アルは困った様な顔で言う。

「もう…仕方ないなあ…じゃあ、今回だけは無料でいいよ」

「ほっ…本当に!」

「うん、もちろん!でも、今回だけだからね!」

「アル、ありがとう」

「お礼を言うのはまだ早いよ、ニンファー」

 私達は、お互いにたった今知ったばかりの名前を呼び合う。
 
「それじゃ、こっちにきて」

 私はアルについて行き、奥の部屋へと移動する。
 その部屋には、私が見たこともない機械がたくさん並べられていた。

「アル…あなた一体何者なの?」

 アルは自信満々に答える。

「私の職業は武器職人だよ!」

「ということは、ここにある機械は全部、武器を作るためのものなの?」

 どうやら、アルはこの武器職人という職業を誇りに思っているようだ。
 今の話を聞いて、私の中に一つの疑問が生まれる。
 
「アルは人の治療なんて出来るの?武器を作るのとは全然違うでしょ」

 アルはにっこり笑って答える。
 
「そこについては大丈夫。機械の使い方はちゃんと知ってるし、何回か練習もしてる。まあ、実戦するのは初めてなんだけどね…」
 
「………」

 実践が初めてって、それは本当に大丈夫なのか?
 ここに来てもの凄く不安になってきた。
 アルは足を止めて言った。

「そんな不安にならなくても大丈夫だよ。ほら、そこのベッドに寝転がって」
 
 私は言われた通りに寝転がる。
 ベッドとは言っても、とても硬く、当然、寝心地はあまりよくなかった。
 ちなみに、このベッドの端には、ボタンがたくさん付いていて、上には謎のアームがついていた。
 恐らく、そのボタンでアームを操作して治療を行うのだろう。
 
「それじゃあ始めるね」

 アルはそう言って私の左腕を、並べて、ボタンの操作を行う。
 アームが動き、私の左腕に集中して集まってくる。
 そして、一時間が経った頃、アルが声を掛けてきた。

「はい、これで終わりだよ。どう?左腕はちゃんと動く?神経は繋がってる?」

 そう言われて私は体を起こし、左腕を軽く動かしてみる。
 若干の違和感はあったが、支障はない。
 感覚もちゃんとあるので、恐らくは大丈夫だろう。

「完璧よ。ありがとう」

 アルは笑って答える。

「いやいや、この程度のことでお礼はしなくてもいいよ」

 不思議だ。
 アルとは今日知り合ったばかりなのに、何故か昔からずっと知り合いだった様にも思える。

「あははっ!変なの~、そんなわけないじゃん。でもね、そういう現象にはちゃんとした理由があるんだよ」

「理由?」

「そう。ニンファーがそう感じているのは、多分、記憶の中の誰かと私を重ねているんだよ。記憶の中の誰かが私と似ているからそういう既視感、デジャヴを引き起こす」

「でも私はウイルスに感染する前の記憶はほとんど残っていないわよ?」
 
「だったら多分、頭というより、体が覚えてるんだよ」

「そんなことってあるの?」

「なくはないんじゃないかな?現に私もニンファーに既視感は持ってるよ?」

「えっ…そうなの?」

「うん、だからニンファーの事を助けようと思ったのかもね」 

 私はただの好奇心で聞いてみた。

「誰と私を重ねたの?」

 アルの答えは少し意外なものだった。

「私のお師匠さん」

「師匠?アルに師匠なんているの?」

 アルは少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。

「正確には『いた』だよ。ちなみに、私に武器作りを教えてくれた人。でも、結構年取ってたからね……寿命で亡くなっちゃたなら仕方ないよねえ…」

 私は何て声を掛ければいいのか分からなかった。
 好奇心でアルの嫌な記憶を思い出させてしまった。
 
「ごめんなさい……嫌な事思い出させて…」

 私がそう言った時には、もう既にアルは笑顔を取り戻していた。

「別に気にしなくていいよ。お師匠さんの事は忘れたくても忘れられないし、それに、ニンファーと似てるっていうのも嘘じゃないしね」

「そんなに私と似てたの?」

「うーん……具体的にどこがどう似てるみたいな事は言えないかなあ……なんていうか感覚的にそう感じるって言えばいいのかなあ…」

 一体どんな感じなのだろう?
 これだけ説明してもらって少し申し訳ないが、どんな感じかが全く分からない。
 まあ、とはいえ、こんなのはただの雑談で、何の関係もない話なので、適当に流しておいていいだろう。
 それよりも、私はアルに聞きたい事があった。

「ねえアル」

「何?ニンファー」

「あなたが私を治療するメリットは一体何だったの?」

 この質問はさっきもしたのだが、話が逸れてしまい、答えてもらう事が出来なかった。
 アルは苦笑しながら答える。

「いやあ…ちょっとあの機械をちゃんと私が使えるかなあ?っていうお試しというかなんというか……」

 アルが盛大に誤魔化そうとしていた。
 しかし、これで謎は解けた。

「要するにただのお試しって事ね……理解したわ」

 悪く言えば、実験台にされたという事だが、そのおかげで助かったのだから文句は言うまい。
 
「まあ、とにかく助かったわ、ありがとう。それじゃ、私はそろそろ行くことにするわ」

 私の言葉に、アルは戸惑っていた。

「えっ……もう行っちゃうの?」

「私がここに入れば、アルだって危なくなる」

 途端にアルの表情が険しくなる。

「どういう事か説明して」

 私はため息を吐き、仕方なく私の境遇をアルに話した。
 要点は主に三点。
 一点目は、私が昔、大量虐殺をしたという事。
 二点目は、私は改心し、人殺しはしないと決めた事。
 三点目は、私がまだ軍隊に追われていているという事。
 アルは黙って真剣に話を聞いてくれた。
 話が終わった後も、アルは黙って何かを考えていた。
 時間にして十分が経過した頃に、アルは顔を上げて、何故か笑顔で言った。

「なら、まずはその右腕を隠さないとね」

 タイミングとしてはかなり唐突だったので、私は面食らってしまい、反応し損なってしまった。

「言っておくけど、流石にその右腕は直せないよ。何せ、データがないからね。欠けている部分のデータは取れないから、新しい細胞を作るのも無理だから、最低限、骨の露出だけでもどうにかしないとね!」

 私が呆然としてる間も、アルは凄い勢いで喋りかけてくる。
 ここでようやく私の理解が追いついた。

「ちょっと待って、アル。あなた、もしかして私を匿うつもり?」

 アルはキョトンとして答えた。

「えっ?当たり前でしょ?友達は助けるものじゃないの?」

 驚くべきことに、アルは当たり前のように私の事を友達と言ってきた。
 嬉しくないと言えば嘘になるが、それでもアルの考えが分からない。
 
「だから、軍から逃げてるんでしょ?私が手伝ってあげるって言ってるの」

 私はアルの言葉の意味が分からなかった。

「だから、何でアルがそんなリスクの高い事をする必要があるのかって聞いてるの!」

 私がそう怒鳴ると、アルも怒鳴り返してきた。

「だーかーらー!友達だからだって言ってるじゃん!」

 私は完全に沈黙していた。
 まさかアルがこんな事を言うような奴だとは思いもしなかった。
 そうと知っていれば、私はこいつに頼ったりはしなかっただろう。
 もうこれ以上、自分のせいで誰かが犠牲になるのは嫌だった。
 私がそう告げても、アルは自分の意見を決して曲げようとはしなかった。

「正気なの?どうせ軍からは逃げきれない。こんな事をすれば、アルだってタダじゃ済まないわよ」

「逃げ切れないと思うなら、どうしてニンファーは逃げ続けてるの?」

 こういう言い合いはした事がなく、勝手が分からないため、完全に私が劣勢だった。
 アルは一気に畳み掛けてくる。

「それに、どうせ軍はもうまともに機能してないし、すぐに解体される事になる。軍はゾン……感染者の処理に忙しい。けど、今更軍が動いたところでどうしようもない。既に文明が滅びかけてるくらいだから、それは間違いないと思う」

 根拠もなく大袈裟な事を言う。
 当時の私はそう思っていた。
 しかし、実際はアルの言う通りだった。
 そんな事を当時の私が知るわけもなかった。
 だが、何をどう言っても聞いてくれないアルに根負けした私は、アルの案に乗らざるを得なくなる。

「分かったわよ…あなたの言う事を聞くわ」

「最初からそういえばよかったのに……」

「それで、具体的にはどうすればいいわけ?」

 これでなんの案もないと言えば、今度こそここから離れる事ができたのだが、そうはいかなかった。
 既にアルは具体的な方法を考えていた。
 とはいっても、それは酷くシンプルで単純なものだった。

「これを使えばいいんだよ!」

 そう言ってアルは、服のポケット(恐らくは作業服)から包帯を取り出した。

「何でそんなものを携帯してるのよ……」

 呆れながら私が言うと、すぐにアルが答えてくれた。

「武器作りは危険がいっぱいだからね。いつ怪我してもいいように持ってるんだよ。ほら、早く腕を出して」

 ここまできてしまえば、私に拒否権はない。
 黙って腕を差し出す。
 アルは慣れた手つきで包帯を巻いていく。

「ちなみに、ニンファーは行く当てはあるの?」

「……ない」

「だよねえ…でも安心していいよ。ここに空き部屋が一部屋だけあるから、そこ使ってもらえれば。全然掃除してないから、正直汚いけど、家賃は取らないからそれで許して」

 もう言葉も出なかった。
 ここまでしてくれて嬉しいという気持ちも、もちろんあったが、やっぱり、何故ここまでしてくれるのかという気持ちの方が上回ってしまう。
 私が問い詰めると、アルは恥ずかしそうに答えた。

「いやあ……実は、このお店先週から開いたんだけど、実はニンファーが初めてのお客さんだったりするんだよねえ…それで、出来るだけ力になりたいなーって思ってさ」

 分かりやすすぎるほど単純だった。
 単純馬鹿だ。
 だが、行く当てのない私としては、本当にありがたい話だった。
 なので、ここはアルの言葉に甘えておく。

「ありがとう」

「いえいえ。でも、片付けは自分でやってよね。それに、当然、私のこのお店手伝ってもらうから」

「分かったわ、これからよろしく」

「こちらこそ!」

 これが、私とアルの馴れ初めだった。
 
 そして、それから一年後。
 
 アルの言った通りに、文明が滅び、私を追いかけてくる軍も存在しなくなった世界で、私はアルの家から離れて暮らしていた。
 アルの笑顔を見るのが嫌になってしまったのだ。
 恩人に対して、酷い態度だとは自分でも思っていたし、何か言われるとも思ったのだが、アルは何も言わなかった。
 それどころか、街のはずれにある、アパートを紹介してくれた上に、働くあてのない私に、殺し屋という職業を教えてくれた。
 唯一自分に合っている仕事だと思い、私は殺し屋になる事にした。
 武器は、私がアルに頼んで作ってもらった。
 もちろん、お金は無かったので、後払いにしてもらった。
 アルのことを嫌いと言いつつ、頼ってしまう自分は、本当に都合のいい人間だと、自虐的に思った。
 アルは、そんな私を見ても、ただ笑うばかりで、何を考えているかは全く分からない。
 その後も色々あったのだが、とりあえず私は殺し屋として活動し続けた。
 そして、私にとってのもう一人の重要人物と出会う事になる。
 私はその日も、殺し屋としての任務を果たすために、戦場に来ていた。
 今回の任務は、やや危険度が高いようで、既に殺し屋が何人かやられてしまっていたらしい。
 私はまだ仕事の緊張感に慣れず、少しだけ不安を覚えながらその場所に行った。
 情報によれば、私の他にも、一人、別の殺し屋が向かったそうだが、恐らく死んでいるだろう。
 状況から考えて、一人でどうこう出来る問題ではないはずだ。
 私も一人だが、私は感染者であり、普通の人間とは違う。
 私なら、一人でもどうにか出来るはずだ。
 現場は、あちこちに殺し屋と思われる死体があり、散々なものだった。
 その場にいた感染者の数は五人程だったが、全員が私に見向きもしなかった。
 その感染者達は、私ではない、別の殺し屋と戦っていた。
 戦っていたのは、私やアルと同じくらいの少年だった。
 その少年の使う武器は、狙撃銃で、現状に相応しいとはいえない。
 一人を殺してから次を狙うまでの時間差が大きく、その間に距離を詰められてしまうからだ。
 案の定、その殺し屋は、二人の感染者を殺したところで、撤退を余儀なくされた。
 私は残った三人の感染者すぐに殺した。
 感染者の注意は、狙撃銃使い殺し屋に向いていたので、殺すのは容易かった。

「助けてくれてありがとう!助かったよ」

 そんな風に後ろから声をかけられた。

「別に助けてないわ。私は自分の仕事をしただけ」
 
 私は振り向かずにそう答えた。
 そして、武器をしまい、家に帰ろうとする。
 
「危ない!」

 そんな声が聞こえた直後、私は思いっきり弾き飛ばされた。
 起き上がり、周囲を見てみると、殺されたはずの殺し屋が立ち上がり、私の周りに集まっていた。
 どうやら、殺し屋達にもウイルスが感染してしまったようだ。
 私は再び武器を構えた。
 少年が慌てたように叫ぶ。

「戦うつもりなの⁉あの人数相手に戦って勝つなんて無理だよ!一旦引こう!」

 私は無視して戦闘を開始する。
 新たな感染者の数は五人。
 まだ武器の扱いに慣れていない私にしてみれば、一人で相手どるにはやや多い人数だが、仕事である以上はやらざるを得ないだろう。
 少年も、すぐに銃を構えた。
 私はまず、刀で相手の足を切り落とし、機動力を削ぐ。
 とどめを刺すのは後でいい。
 と、思っていたら、とどめを刺すのは少年がやってくれた。
 さらに、この少年はまだ足を切断していない感染者達を全員殺した。
 思った以上に有能だった。

「君が囮になってくれたから、結構倒し易かったよ」

 少年はヘラヘラ笑ってそんな事を言っていた。
 しかし、すぐに真剣な表情になり、こう続けた。

「君は本当に人間なの?」

 私は無駄と思いつつとぼけてみる。

「何のこと?」

「ゾンビは普通の人間よりも身体能力がかなり高い。そんな奴らを相手に、刀であれだけ戦えるのは普通の人間じゃ不可能だ。君、もしかしてゾンビだったりする?」

 そう言いながら銃を構える。
 私は刀と拳銃を地面に捨て、ゆっくりと手を上げて答える。

「確かに私はあなたの言う通りゾンビよ。でも、私は人を襲ったりはしない」

 少年はそれでも警戒を解かない。

「それを君は今この瞬間に証明できる?」

「もし私にあなたを襲う気があるなら、とっくにやっている」

 一年前に言った事と、全く同じ言葉を口にする。
 しかし、この少年は、アルと違って、簡単には信じてくれなかった。

「もしそうだとして、何でゾンビの君が、殺し屋なんていう目立つ仕事をしている?」

「働くあてがなかったからよ。それに、この仕事が私に一番向いている」

「でもゾンビは……」

 そこで私は彼の話を遮った。

「私をゾンビって呼ぶのをやめてくれる?そもそも、あなた達がゾンビって呼んでるのものは、ウイルスに感染してしまった可哀想な人間だって事を分かっているの?」

 少年は嘲笑うように言った。

「人間?あれが?あんな人を人とも思わずにただ殺し回るだけの存在が可哀想な人間だって?ふざけるな!あんなものが存在しているせいで、僕たち人間が、どんな目に遭ったと思っているんだ!」

 どうやらこの少年は、感染者に大きな恨みを持っているようだった。

「君もどうせ人を襲う!そうなる前に君を殺す」

 彼が引き金を引こうとする。

「でも、私はあなたを助けたし、あなたも私の事を助けてくれた」

 私がそう言うと、彼の手が止まった。

「それは、君がゾン…感染者だと知らなかったからだ!」

 彼は迷っているようだった。
 私を殺すべきか否か。

「私はあなたを助けたし、あなたも私の事を助けてくれた」

 私はもう一度繰り返して言った。
 そして、こう続けた。

「助けてくれてありがとう」
 
 彼は銃を下ろした。
 
「分かった……君を信じる」

 どうやら、ギリギリ納得してもらえたようだ。

「武器、拾ってもいい?」

「どうぞご自由に」

 私は刀と拳銃を拾い、それをしまう。

「僕の名前はクワ。これからよろしく」

 クワの名乗りを受けて、私も自己紹介をする。

「私の名前はニンファー。感染者だけど、これからよろしく」

「さっきは疑って悪かったね」

「別に気にしてないわよ。むしろ、クワの警戒は間違ってないわ」

 クワは真剣な表情で言う。

「忠告しとくけど、あの人間離れした身体能力は、あまり人前で見せつけない方がいい。どうしてもってとき以外は、手加減する事をお勧めするよ」

 確かにクワの言う通りだ。
 あんな動きを見せてしまえば、簡単に私の秘密がバレてしまう。
 一応、途中まで一緒に帰ってみたが、終始話が盛り上がる事は無かった。

「じゃあね、今日はありがとう」
 
 「あっ、ちょっと待って!」

 帰る直前に引き止められた。

「何?」

 クワは恥ずかしそうに口を開く。

「その…僕さ、友達いないから…友達になってくれない?」

 予想外の要求に、思わず変な声が出てしまった。

「はあ?」

 クワが慌てたように言う。

「いや、その、ニンファーが嫌じゃなければってだけの話だし…別に無理強いはしないし、その…何というか…」

 私は溜息をついた。

「分かったわ。なってあげてもいいわよ。友達」

 言った瞬間、クワの顔が明るくなる。

「本当に⁉ありがとう、ニンファー!とっても嬉しいよ!じゃあね!今日はありがとうバイバイ!」

 照れ隠しのためか、クワは脱兎の如く駆け出し、クワの姿はすぐに見えなくなってしまった。
 
「意外とテンション高いなあ…」

 なんとなくアルと似ているなあなんて事を思いながら私は家に帰った。
 なんならアルとクワを合わせてみるか。
 明るい者同士、仲良くなるかもしれない。
 そんな呑気な事を考えながら、私は寝床についた。
 アルとクワを合わせるのは、それから数日が経った後である。
 お互いが私の秘密を知っていることに驚いていたが、すぐに仲良くなっていた。
 これが、私の出会いの物語。
 私の大切な仲間との出会いだった。
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