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第16話 花と好きと
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家庭教師の授業が終わって一段落した頃に、ユリウスはアイリの元を訪ねてきた。今度こそ本当に執務を終わらせたようで、オルヴォのお墨付きだと本人は宣う。
「アイリのために頑張ったんだよ、ほめてほめて!」
子犬のように懐いてくるユリウスに、アイリは執務を終わらせたことを手探りで褒める。
「お疲れ様です。時間内に執務を終わらせたのはいいことだと思います」
「でしょでしょ! じゃあ早速庭に行こ、広いからちゃんと案内してあげる」
そう言ってユリウスはアイリの手を引いて庭へと向かった。初日来たときはわけもわからず駆け抜けた緑の庭も、改めて道を歩けば立派なものである。
綺麗に刈り込みされた植木は通路のように整然としており、柔らかな色の若芽があちこちに見受けられる。春の心地よい風が吹き抜け、庭は瑞々しく輝いていた。
「ここを抜けたら、花壇があるんだ。色んな花が咲いてて綺麗なんだよ」
「そうなんですね」
ユリウスに手を引かれるままアイリは植木の通路を抜ける。
通路を抜けた先は少し開けた広場になっており、その中央には円形の花壇がオブジェのように点々と配置されている。孤児院の花壇よりずっと立派で大きく、アイリは一目見て手入れが大変そうだ、と思う。
「ほら、ここが花壇。アイリは花、好きかな?」
「好きかどうかはわからないですけど、孤児院の花壇の手入れは毎日していました」
「へえ、じゃあアイリは咲いてる花とかお世話できるんだ! すごいね!」
花壇を背にユリウスがアイリに笑いかける。別段ほめられることだとアイリは思わず、かぶりを振ってしまった。
「やり方を覚えれば誰でもできることだと思いますが」
だが、ユリウスはアイリが花の世話をできることに感激しているようだ。
「ねえアイリ、アイリはどの花が好きなの?」
「好きな花? 特には……」
世話をする花の種類はすぐに思い浮かぶが、好きな花、気に入っている花といったものはよくわからない。好き、とはそもそもどういう感情なのかアイリはうまく理解できていないのだ。
だが、ふと孤児院から持ってきたアイリスの花を思い出した。今朝も自室のテラスで水やりをしていたこを覚えている。
「アイリス……、アイリスの鉢を、持って来ていました」
「アイリスが好きなんだ」
「好き、というよりは単に持ってきたのがそれだっただけなのですが」
「でもそのアイリスを持ってきたくてアイリは持ってきたんでしょ? ならそれは気に入ってるってことだよ」
「そう、なんでしょうか?」
気に入っている、といういのは選びやすいということだろうか。選びやすいということが、好きということなのだろうか。
「では、私はアイリスの花が好き、なのでしょうか」
アイリはそう考えた上でユリウスに聞くが、ユリウスは意外そうに目を丸くして答える。
「それは俺じゃなくてアイリが決めることでしょ? 俺が決めちゃったらそれはアイリの好きじゃなくなっちゃうよ」
「私が私の好きを決める?」
「うん。だから俺はアイリが自分で好きだな、って思うものを見せてくれたら嬉しいな」
アイリの言葉にユリウスはそう答えるが、アイリは理解しかねているようだ。
それもそのはずだろう。アイリはまだ一度も誰かや何かを好きだと思ったことがないのだから。
「ユリウス様、一つお尋ねしたいのですが……好き、とはどんなものなんでしょうか?」
「最初に屋敷に来たときも言ってたよね、楽しいがわからないって。アイリってもしかして、まだ好きな人とか好きなものとか、見つけられてないんじゃないかなって」
ユリウスの言葉の通りだ。アイリは自分が特別気に入っているものが今までなかった。与えられるものを、与えられるままに生活してきた。だから何かに執着したり、嫌ったりということがなかった。
だから、かもしれないが。
「ユリウス様。もしよければ、好きが何かを教えていただけませんか?」
ぽつんと思う。知りたいと。
アイリの言葉にユリウスはぽかんとしていたが、すぐに満面の笑みを浮かべて頷いた。
「もちろん! うん、アイリが言うなら俺が知ってること全部教えてあげる!」
頼りにされたことが嬉しかったのだろう、ユリウスは嬉しさを抑えきれない様子でアイリの両手を取って握る。
エミネントとて人の体を取る以上体温も人間と同じように持つ。アイリの少し冷たい手を握るユリウスの手は、ほんのりと温もりを帯びていた。
「アイリのために頑張ったんだよ、ほめてほめて!」
子犬のように懐いてくるユリウスに、アイリは執務を終わらせたことを手探りで褒める。
「お疲れ様です。時間内に執務を終わらせたのはいいことだと思います」
「でしょでしょ! じゃあ早速庭に行こ、広いからちゃんと案内してあげる」
そう言ってユリウスはアイリの手を引いて庭へと向かった。初日来たときはわけもわからず駆け抜けた緑の庭も、改めて道を歩けば立派なものである。
綺麗に刈り込みされた植木は通路のように整然としており、柔らかな色の若芽があちこちに見受けられる。春の心地よい風が吹き抜け、庭は瑞々しく輝いていた。
「ここを抜けたら、花壇があるんだ。色んな花が咲いてて綺麗なんだよ」
「そうなんですね」
ユリウスに手を引かれるままアイリは植木の通路を抜ける。
通路を抜けた先は少し開けた広場になっており、その中央には円形の花壇がオブジェのように点々と配置されている。孤児院の花壇よりずっと立派で大きく、アイリは一目見て手入れが大変そうだ、と思う。
「ほら、ここが花壇。アイリは花、好きかな?」
「好きかどうかはわからないですけど、孤児院の花壇の手入れは毎日していました」
「へえ、じゃあアイリは咲いてる花とかお世話できるんだ! すごいね!」
花壇を背にユリウスがアイリに笑いかける。別段ほめられることだとアイリは思わず、かぶりを振ってしまった。
「やり方を覚えれば誰でもできることだと思いますが」
だが、ユリウスはアイリが花の世話をできることに感激しているようだ。
「ねえアイリ、アイリはどの花が好きなの?」
「好きな花? 特には……」
世話をする花の種類はすぐに思い浮かぶが、好きな花、気に入っている花といったものはよくわからない。好き、とはそもそもどういう感情なのかアイリはうまく理解できていないのだ。
だが、ふと孤児院から持ってきたアイリスの花を思い出した。今朝も自室のテラスで水やりをしていたこを覚えている。
「アイリス……、アイリスの鉢を、持って来ていました」
「アイリスが好きなんだ」
「好き、というよりは単に持ってきたのがそれだっただけなのですが」
「でもそのアイリスを持ってきたくてアイリは持ってきたんでしょ? ならそれは気に入ってるってことだよ」
「そう、なんでしょうか?」
気に入っている、といういのは選びやすいということだろうか。選びやすいということが、好きということなのだろうか。
「では、私はアイリスの花が好き、なのでしょうか」
アイリはそう考えた上でユリウスに聞くが、ユリウスは意外そうに目を丸くして答える。
「それは俺じゃなくてアイリが決めることでしょ? 俺が決めちゃったらそれはアイリの好きじゃなくなっちゃうよ」
「私が私の好きを決める?」
「うん。だから俺はアイリが自分で好きだな、って思うものを見せてくれたら嬉しいな」
アイリの言葉にユリウスはそう答えるが、アイリは理解しかねているようだ。
それもそのはずだろう。アイリはまだ一度も誰かや何かを好きだと思ったことがないのだから。
「ユリウス様、一つお尋ねしたいのですが……好き、とはどんなものなんでしょうか?」
「最初に屋敷に来たときも言ってたよね、楽しいがわからないって。アイリってもしかして、まだ好きな人とか好きなものとか、見つけられてないんじゃないかなって」
ユリウスの言葉の通りだ。アイリは自分が特別気に入っているものが今までなかった。与えられるものを、与えられるままに生活してきた。だから何かに執着したり、嫌ったりということがなかった。
だから、かもしれないが。
「ユリウス様。もしよければ、好きが何かを教えていただけませんか?」
ぽつんと思う。知りたいと。
アイリの言葉にユリウスはぽかんとしていたが、すぐに満面の笑みを浮かべて頷いた。
「もちろん! うん、アイリが言うなら俺が知ってること全部教えてあげる!」
頼りにされたことが嬉しかったのだろう、ユリウスは嬉しさを抑えきれない様子でアイリの両手を取って握る。
エミネントとて人の体を取る以上体温も人間と同じように持つ。アイリの少し冷たい手を握るユリウスの手は、ほんのりと温もりを帯びていた。
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