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ピグマリオンの願い

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「それはどういう意味だ?
僕たちを助けようと言うのか?」
「あんたがハンターという人種をどう考えているかしらないけど、、
私は気まぐれに人助けも兼任していてね」

 予想通りの反応だが、明らかにクリストフは困惑していた。

 当然だが、私は本気だった。

 私はこの仕事をビジネスと割り切っている。

 下衆な悪党はためらうことなく捕まえるし、
ヒノサキのように、特に悪感情を持っているわけではない相手でも
条件が良ければ捕まえる。

 だが、愛し合う男女の仲を引き裂くなんて最悪だ。
 私の両親も困難の末に駆け落ち同然で結ばれている。

 私が思索に耽っている間、パトリックは隣で意外すぎる展開に困惑していた。
クリストフとエーファは何事か小声で話し込んでいたが、やがて何かしらの意見が合議に至ったらしく、こちらを向き直った。

「君の厚意に甘えさせてもらおう。どちらにしても、ここに隠れ続けるのは無理だし、
他にどうすればいいのか妙案も浮かばない。ここはただ一言、ありがとうとだけ言っておこう」

××××××××××

「なあ、本当に俺は何もしなくていいのか?」

 グランドセントラル駅を出るころには、もう空が明るくなりはじめていた。
朝日の差し込む摩天楼は中々に美しかったが、意外な展開への驚きと眠気で素直に感動できなかった。

「ああ、説明したとおりだよ。今回は大人しく職務に勤しんでてくれ」

 アンナのプランはシンプルだった。

 ホーエンハイムからのお使いに気づかれる前に2人をボストンに逃がし、
向こうを拠点に活動しているキンケイドに身柄を預け、保護してもらうというものだった。

「幸いにして、この国で2人の存在を知ってる魔術の関係者は私たち2人とキンケイドだけだ。
キンケイドに預けて適切に保護してもらえば、これ以上2人の存在が知られることはないだろう。
ベテランのネオナチみたいなツラしてるけど、キンケイドは元々連邦捜査官だったから、
2人の身分を偽装する方法も知ってるし、何よりああ見えて優しい性格でね。
私から事情を話しておけば悪いようにはしないと思う」
「それは分かったけど、どうしてお前が2人のボストン行きに同行する必要があるんだ?
電話で一言言っておけば済む話じゃないのか?」
「キンケイドはお人好しだけど、バカじゃない。声色を偽装する方法なんていくらでもあることぐらい知ってる。2人の身分保障のためには私が同行するのが1番だ。
それに、飛行機を使ったら機上で何か起きた時に取れる対処法が限られてくるけど、陸路ならばいくらか選択肢が広がる。身分証もない外国人2人がニューヨークからボストンまで行くとなるといらないトラブルに巻き込まれる可能性もあるから、結局のところ私が同行するのがベストだ」

 アンナの理屈はもっともに思えた。
 俺はただ、「そうか、分かった」とだけ答えることにした。

「ところでよ、もしホーエンハイムの使者に見つかったらどうするんだ?」
「戦うしかないね」
「どうやって?相手は人外の強さかもしれないんだろ?」
「下水道で拾ったクソでも投げつけてやるよ。
少なくとも精神的ダメージは多大だ」
「お前は本当に上品だな」
「あんたには負ける」

 パトリックは方をすくめておどけた表情をした。

「というわけだから、今回は大人しく留守番しててくれ。
地ビールぐらいは土産に買ってくるよ」

×××××××××××

 それから数日。

 私はまたしても、深夜のグランドセントラル駅に赴いていた。
2人には本当に必要な場合以外は、隠れ家から離れないように言ってある。
必要に迫られて外出する場合は、渡しておいたプリペイド・フォンで連絡する
ように言ってあるが、今日は連絡がない。
 あの隠れ家に籠っているはずだ。

 根回しには思ったよりも時間がかかってしまった。
 キンケイドは仕事でボストンを離れており、連絡がついたのはクリストフたちと見えた2日後だった。

 思わぬタイムロスになったが、私が電話口で事情を話すと、キンケイドは思った以上にあっさりと私の案を快諾してくれた。

「確かに素っ頓狂な話だが、お前さんが信じたんなら信用しても良さそうだ。
ただし、その2人をおれのところに預けるなら、お前さんも同行しろよ。
おれはイエス様の隣人愛を信じてるが、最低限の用心は必要だからな」
「あんたが良きサマリア人だったとはね」
「おれは良きサマリア人じゃない。良きボストン人だ。
イエス様を信仰してるが、デヴィッド・オルティーズも同じぐらい信仰してるぜ」

 彼のジョークのセンスは良くわからないが、これはOKという意味だと解釈していいだろう。

 こうして根回しを済ませた私は、再びグランドセントラル駅へとやって来ていた。

 記憶を頼りに工房のあるあたりに向かう。
 クリストフとエーファは隠れ家から出て私を迎えてくれた。

「行こう。移動するなら1秒でも早い方がいい」

 出来るだけ目立たない格好をさせておいた2人を連れて、隠れ家を後にする。

 すると、暗闇から聞き覚えのある声が響いてきた。

「フロイライン、これはどういうことかご説明を頂けますか?」

 ホーエンハイムの使者、ジークリンデだった。

 パトリックを連れてくるべきだった。
 今回は不要と思っていたが、索敵に関してだけはパトリックのほうが私よりも上だ。
 彼がいればもっと早く招かれざる客の存在に気づいていたはずだった。

「あなたは先日の経過報告で『成果は何もない』と仰られていました。
どうやら、あなたの仰る『成果』と我々の求める『成果』の間に食い違いがあるようですね」
「ああ、そうだね。悲しい行き違いだ。人生ではこういう悲劇が度々おきるものさ」
「今のは、この国の国民がたしなむジョークというものですか?
生憎と私はそういうものを理解する機能を備えておりません」

 分かってはいたが、私の小粋なジョークはホムンクルスの感情――このホムンクルスにそんな機能があるのか疑問だが――を害しただけだった。

 全く予測していなかった事態ではないが、この状況は明らかに不味い。
 だが、やるしかない。

「エーファ」

 私は彼女の眼を正面から見据えて言った。

「あんた、クリストフのためなら何ができる?」
「何でもできます。アンナ」

 エーファは私から一時も眼を逸らすことなく言った。

「良い答えだ。じゃあ、プランBといこう」
「プランB?」
「あの怪物を倒して、ハッピーエンドに持ち込む」

 エーファは少し困惑したが、やがて私の意図するところを理解したらしい。
 いつの間にか手には、以前、私の目の前でコンクリートを切り裂いた魔力の刃が握られていた。

「どういうことでしょうか、フロイライン?なぜ戦闘態勢を取っているのですか?」
「わからない?じゃあ、説明してあげるよ。
『愛は理屈じゃない』ってことだよ」

 そう言うと、私は警戒のために用意していたH&K MP7を上着から引き抜いた。

「よくわかりませんが、どうやら契約破棄ということのようですね。
では、こちらも適切な対処を取らせていただきます」

 そう言うとジークリンデ線路に手をかけた。
 さっきまで線路だった物体は引きちぎられて、鋭利な鉄塊になっていた。
 とんでもない力だ。まるで超人ハルクだ。

 私はフルオートでMP7を掃射した。

 掃射された4.6x30mm弾は
 ――すべて鉄塊に叩き落された。

 さらにジークリンデは音速を超える弾丸を叩き落しながら突進してくる。
 何という膂力だ。

 50フィートはあったはずの距離はあっという間に詰められ、30発装填のマガジンはその間に弾切れだ。

 ほんの数フィートの距離まで近づいていたジークリンデは
私を新鮮なサシミにするべく鉄塊を振り上げている。

 マガジンを再装填する時間はない。
 4.6x30mm弾はせいぜい牽制程度にしかならない。

 私はとっさにMP7を捨て、魔力を込めて両手持ちしたファイティングナイフで
何とかジークリンデの一撃を受け止めた、

 相手は片手こちらは両手だというのにゾウでも乗っかって来たかのような
重みが全身を伝う。

 明らかに不利なつばぜり合いに意識を集中していると、ジークリンデの空いた手が動くのが見えた。

 ――まずい。

 ジークリンデの左手は正確な軌道で私に心臓打ちを叩き込もうとしているところだった。
 そしてその一撃は無情にもクリティカルヒットし、吹き飛ばされた私の体はコンクリートの壁にランデブーしていた。

 全身を激痛が走り、意識が飛びそうになる。

 眼の端で私が一時退場した戦況を確認する。

 あまりの早業に何の援護もできなかったエーファはジークリンデと
これまた分の悪い打ち合いをしていた。

 エーファの胆力は並の人間とは比較にならないものだが、
単純な戦闘能力はジークリンデに比べると些か以上に劣るらしい。

 今回の彼女の目的は、ご主人様であるトマス・フォン・ホーエンハイムの所有物ホムンクルスのエーファを可能な限り無事な状態で取り戻すことだ。
 恐らく、ジークリンデは相応に手加減しているのだろう。

 それでも、2人の実力差は明らかだった。
 だが、今、ジークリンデは目の前の打ち合いに気を取られている。

 ――狙うなら今だ。

 私は氷のルーン魔術を行使、前を向いて戦っているジークリンデの頭上に
巨大な氷のシャンデリラを落下させた。

 ジークリンデは頭上に落ちてきた物の存在に即座に気づいたようだがもう遅い。
 あの怪物がこれでオネンネとはいかないだろうが、少しぐらいはダメージを与えられるはずだ。

 しかしその期待はあっさり裏切られた。

 ジークリンデはエーファを蹴り飛ばすと頭上に鉄塊を振り上げた。
 私が作ったシャンデリラは紅海を割ったモーゼのごとく真っ二つになり、
ジークリンデの体にはかすることもなく落ちて砕け散った。

「心臓を狙ったのにまだ、ご健在とは。
さすがですね、フロイライン」

 私は口から血反吐を吐き出して言った。

「それはどうも」
「インパクト寸前にスポンジ状に成型した魔力を展開して衝撃を吸収し、ダメージを緩和させたというところでしょうか。
さすがに戦い馴れていらっしゃいますね」
「ああ、ご明察の通りだよ。
なあ、この通り、私は有能で利用価値のある人間だ。
ここは私の有能さに免じて見逃してもらえないかな?
ああ、勿論クリストフとエーファも一緒にね」
「あなたお1人であれば、勿論そうさせていただく所存です。
ですが、こちらも目的があって大西洋を越えてきた身です。
エーファとクリストフ様の身柄を確保しないという選択肢は私にはありません」
「そうかい。じゃあ、第2ラウンドと行こうか」

 そう言うと、私はルーンの炎を放った。
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