青空教室

仲間 梓

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青空教室

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青空教室というものがある。
その名の通り天井や壁のない教室のことを指すわけだが、このご時世そんな教室はないと思っているだろうか。
貧しい国だけだと思っているだろうか。
しかしそうではない。
青空教室は現在、この日本にも存在する。
現に僕が今通っている高校も、青空教室だからだ。


畑が並ぶ田舎の小高い丘の上に僕が通う青空教室は存在している。可動式のローラーをつけた黒板、古ぼけて黒くなった長机と長椅子。
この三つの要素で構成されている教室は他から見ても決して恵まれた環境ではないだろう。
机と椅子の間から生えている草が風を受け、授業に集中しようとする僕を妨害してくる。
それは概ね一分に一回は攻撃されるという高頻度攻撃だ。
僕は迷うことなくその草を踏み倒した。
「だからいやなんだよ。ここは」
一人文句を漏らす。壁がないから風はそのまま入ってくるし、虫は出るし、見渡してみても畑しか見えないし。溜息をついて僕は頬杖をついた。
もうこうなってしまったら授業なんて聞いていられない。早く家に帰りたいなと思い、大きな欠伸を漏らす。
そのとき授業をしていた新任の女性教師と目が合ってしまった。
「しまった」と思っても後の祭り、一度大きく開けた口はなかなか戻ってきてはくれないのだ。
「こら! 欠伸は手で押さえてするものだって、あれほど教えたでしょ!」
腰に手を当てて目を吊り上げる女性教師。何かと理由をつけては僕に注意という名の命令をしてくる。小姑みたいだ。
「本当に反省しないんだから全くもう。いい? わかってる?」
永遠と続くかと思われる小言に、もちろん僕の脳は関知しない。こんなのなれっこだ。全て右から左へ流れて行く。
「……今度こそわかった?」
別に欠伸くらいいいじゃないかと思いながらも渋々頷いておいた。
先生はそれを見ると笑って「よろしい」と言う。
再開される授業。先生は元気よく歴史の偉人を紹介していた。
先生はここ、青空教室の出身らしい。卒業してから大学に行って教職を専攻し、ここに帰ってきたそうだ。
正直、僕には理解不能だ。よくもまあこんなにもないところに戻ってこようと思ったものだ。
僕はもうすぐ卒業する。ここを出たら二度と戻って来たくない。そう思っていた。


ある日のことだった。僕はその日、日直当番で、下校時間になっても教室に残っていた。
みんながいなくなった教室には僕と先生しかいない。
先生は僕に後姿を見せ、黒髪を風になびかせている。夕日に照らされる僕らの村を眺め、先生は何を考えているのだろう。
その後姿はなんだか寂しげで儚く見えて、僕は声をかけずにいられなかった。
「先生。なにしているんですか?」
珍しく振り向かなかった。僕の疑問を先生は質問で返してくる。
「ねぇ、君は卒業したらどうするの?」
普段の明るい雰囲気と違う先生に、僕は少し動揺した、それを表に出さないように、いつも通り淡々と答える。
「東京に行くつもりです」
「そっか」
先生はさも当たり前のように頷いた。その様子でわかってしまう。
たぶん、みんな都会に行く。出て行くんだこの村を。
僕には僕の道があるように、みんなにはみんなの道があるに違いないのだから。
「先生はどうするんですか?」
僕がそう聞くと先生は面食らったように振り返った。しかしすぐに表情を戻し、しばらく悩むような仕草をしたあと、ふと閃いたように言う。
「私はここを続けるわ」
「続けるんですか? 誰もいないのに?」
この青空教室は僕らの代で終わりを迎える。地方を襲う過疎化の影響が僕たちの村にもでてきたのだ。実際、僕たちには後輩がいなかったし、先輩も二人しかいなかった。
「私は、この教室が大好きなの」
先生はどこか遠い空を見ながら言った。
「自然の温かさを直接感じることができるこの教室が、大好きなんだ」
僕は大嫌いな教室を見回す。春は花が咲き誇り、夏は草が覆い茂り、秋はススキが背を伸ばし、冬は銀世界を見せる。それら全てをこの教室から見てきた。
そう考えるとなんだか妙にこの教室が、大嫌いだったこの教室が、いとおしく感じてしまう。
そうか、これだったんだ。
先生がここに戻って来たのはこれが理由だったんだ。
「君はどう? この教室好き?」
そう笑顔で聞いてくる先生に、僕は答えた。
「悪くないです」
たぶん、僕も笑っていた。


それからいく年の月日が流れて、僕は教師になった。
一両編成の電車を降り、駅のホームを抜けると、懐かしい田園風景と小高い丘が見えてくる。
といっても、僕はここへ里帰りのために来たわけではない。仕事に来たんだ。
なつかしい丘を登りきると、黒っぽくなった長椅子と長机、移動式の黒板が目に入る。
心に湧く、少しの哀愁と喜び。椅子の数がちょっと増えたかな、と思った。
僕は壁がない教室へと近づいていった。
黒板の前に髪の長い女の人が立っている。
天井も壁もない奇妙な教室を「大好きだ」と言った女の人は、僕を見て優しく微笑んだ。
風が吹く。懐かしい香りが僕の頬をなで、女の人の髪を揺らした。
「おかえり」
そういわれたような気がした。
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