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新しい仮面
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一軒の変わった珈琲屋がある。
店主はどこか間の抜けた面持ちで虚空を見つめている。私はカウンターに腰掛けて、そんな店主をぼんやりと眺めていた。この店主はいつもこうなのだ。こちらが注文したり話しかけたりしなければ一日中ぼんやりとしていそうだ。この店に通いだして三年目になるけれど、この変わっている店主の考えていることはさっぱりわからない。
変わっているのは店主だけじゃない。常につけている黒い腰巻は有名なラーメン屋の名前が書いてあるし、店内に貼ってある広告も、新聞や要らなくてもポストに入っているチラシから切り取ったものばかりだ。極め付けはメニューだ。ラミネートされたメニューを開くとそこにはただ一言「珈琲」としか書いていない。これではブラックなのかラテなのかエスプレッソなのかもわからないじゃないか。
ただ、注文するとちゃんとした珈琲がやってくる。カップソーサラーにティースプーンとカップ、深さがわかるのに見せてくれない珈琲はまるで店主のよう。
この店の変じゃないところはそこだけだ。そして取り柄もそこだけだ。
お客さんは少ない。店主の巨漢と強面、禿げ頭に不愛想という要素によって新規のお客さんは逃げ出すことまではしないものの、リピーターが圧倒的に少ない。お店の売り上げはリピーターが伸ばしてくれるのに……。私みたいな変人がリピーターになることはあれど、ほとんどリピーターなしでよくここまで生き残れたなと思う。無くなられてはこちらが困ってしまうので生き残ってくれていることは非常にありがたいのだけれど。
今日も今日とて私はその店に足を運び、いつもの席で店主とぐだぐだな毎日を満喫している。
スマートフォンでネットを巡回していたら、とあるまとめサイトが目に留まった。いはく、
「【感動注意】浅田めぐみの名言集【実録】」
目に留まったのは、まあなんかどうせしょうもない理由なのだこういうのは。昨晩の連続ドラマでも出演していた。その演技を見た愚妹は
「すごい、やばい」
と言語が崩壊した感想を漏らしていた。つまり、『その演技は若手とは思えないほど真に迫って』いて、『心を揺り動かされるものがあった』と言いたいらしかった。ネットや新聞でも実力派としてその名を知らしめており、女優業のスターダムを駆け上っているような人だ。どんな名言が載っているのだろうと期待半分ネタ半分でタップする。
ダウンロードするのに少し時間がかかっているようだ。暇つぶしがてら店主に声をかけてみることにした。
「マスター、浅田めぐみって知ってる?」
店主は記憶をかき集めるように少し時間を置いた。やがて
「澄んだ演技をするいい役者だ」
と店主にしては珍しくストレートに褒めた。この堅物店主が人のことを手放しで褒めることなんてほとんどない。私は急いで最寄りの窓を開けた。顔を突き出して空を眺める。雲一つない快晴だ。雨が降る気配もない。冬の初めの冷たい風が、私の頬を撫でて通り過ぎて行った。
「雨は降らないぞ」
「見破られたか」
身体を引っ込めて窓を閉める。ふうとため息をついて熱を感じる頬を摩った。
店内の暖かい空気を感じながらいつも通りのカウンター席に着く。ダウンロードが終わったらしくスマートフォンの画面には【感動注意】浅田めぐみの名言集【実録】が表示されている。
スクロールしていくと、軽く経歴が書かれていた。家族構成や生まれた場所、幼いころに死んだ父が役者へと駆り立てた、なんてことも書かれてあった。その後に売れっ子らしい名言が並ぶ。役に対する意気込みとか演じる上での自分の考え方とかそういうやつだ。そしてその一文を発見してしまった。
『私、下手なことが好きなんですよ。苦手なことほど楽しめるというか……』
そこまで読んで画面を閉じた。私は爪を立てて頭を掻き毟る。ああ、胸から何かがせり上がってくるようだ。
できないことが楽しいだって? 人より劣っていることが楽しいだって? 頭の中に「志望校E判定」だの「全国平均にあと何点」だの「偏差値」などの記号が浮かんできて、それを打ち消すように拳を机に叩きつけた。
「マスター! 珈琲!」
私の怒鳴り声を聞いて店主は顔を顰めた。
「うるさい」
「いいじゃん、私たち以外誰もいないんだし」
「それでも静かにしてくれ、俺は集中しているんだ」
文句を垂れつつも一応珈琲は入れてくれるみたいで準備を始めた。
へぇー集中してたんだ、初めて知った。虚空に視線を彷徨わせることに集中できるってすごいなあ。
わたしが相手にされずムッとしていると、「はいよ」と野太い声がして少し乱暴に珈琲が差し出された。その珈琲カップの置き方もまた少し癇に障るが、気にしていても仕方がないだろう。不満を珈琲と一緒に飲み込む。
「お前、そろそろ進路決める頃だろ。どうすんだ」
「進学に決まってるじゃない。私は大学に行って……」
「へぇ、勉強できんのかい」
ぐ、痛いところついてくるなこのオヤジ。
「まあ、できるんならこんなところで時間潰してないわな」
ぐ、無駄に鋭いじゃないかクソオヤジ。あとその厭味ったらしい笑顔が非常に腹立つのであとで復讐ノートに書いといてやる。
でも確かに私は勉強ができない。それは様々な第三者機関によって証明されてしまった。認める以外の道はなかった。だけど、どうしても言い訳したくなってくる。
「だって勉強する意味が分かんないだもん。『作者の気持ちを述べよ』だの『微分積分』だの『徳川家将軍御一行様』だのは社会に出てどう役に立つわけ? それで優劣が付けられてあなたは弱者です~って宣告されてもこっちは苛つくだけだって―の!」
そんなことを叫んでいたら視界がぼやけてくる。
自分自身で勉強ができないことに怒りを感じて、勉強ができる周りの人を恨んでしまい、そしてそんな自分が非常に矮小に感じてしまって涙が出てきた。ついでに鼻水も。カウンターに練り込むように顔面を擦る。「うわ汚っ」とか騒いでるけど知ったこっちゃない。
「下手が楽しいなんて嘘だよ。辛いだけだよ。どんなに頑張ったって頑張った分の成果が出るとは限らないし。自分より常に上がいて、失敗したときの事を考えると意味がない気がしてくるよ」
泣いている女の子を前にして店主はさぞ狼狽しているだろうと思って顔を上げると、
「……よし」
マスターは何食わぬ顔で珈琲を飲んでいた。しかも少し清々しい雰囲気も出している。自分の入れた珈琲に自画自賛か、ばっかじゃないの。まあ私も人のこと言えないけど。
はあもうどうでもよくなってきた。どうせ私は何もできないし、何も残せないんだ。あーもういいんだもういいんだ、と子どものようにすねてカウンターに頭をのせてぐりぐり。
「俺には勉強する意味なんて大層なこと、よくわからん」
店主がいきなり喋り出したことに驚き、私は勢いよく顔を上げた。
「ただ、学生にとっての『勉強』は大人にとっての『仕事』と同じだ。頑張った分の成果が出るとは限らないところも常に上がいるのも意味がない気がしてくるのも同じだ。俺の珈琲だってそうだ。頑張って研究するが味や香りという成果が出るとは限らない。珈琲屋には常に上がいる。客が少ないからやってる意味あるんだろうかと考えることもある。だがな勉強をすることによって『習得までの自分だけの過程』ってもんを身に着けることができれば、そっくりそのまま仕事に応用することができる。仕事だけじゃない、趣味にだって人間関係にだって応用できるんだ。俺はそれに気が付くのに時間がかかっちまったから良い成績は残せなかった。だからな今の内からその『習得までの自分だけの過程』ってもんを……」
「はあああああああ? 」
気持ちよく語っていたであろう最中に私の怒声が入り込んだので、店主は面食らった顔をした。カウンターを両手で思いっきり叩き、店主を睨みつける。
「仕事と勉強が同じ? あんたたち大人は仕事選べるじゃない。たとえ自分が望んだものじゃなくても自分で選んだものだからって納得できるじゃない。私たち子どもは選べずに大人の都合でそれをやらされて、挙句順位づけよ。大人の言うことを聞くいい子ちゃんランキングよ。馬鹿馬鹿しい! 私はそんなことに巻き込まれないわ。偉くなってこの世界を変えてやる。偉くなるにはまず色々知っておかなくちゃいけな……」
そこで私はようやく自分の論にもなっていない言葉が一回転していることに気が付いた。
「ん」
店主が目を閉じて首肯する。いつの間にか私は立ち上がっていたらしい。恥ずかしくなってついていない洋服の埃を払った。
「帰る」
いつも通り四百円をカウンターの上において足早に出口へと向かっていく。
店主は私の背中に投げかけるように言葉を放つ。
「理由なんてもんは人によって千差万別。お前に足りなかったのは目的だな」
「うっさいバカ」
心の高揚を見透かされないよう、珈琲屋の扉を素早く閉じた。
珈琲屋の目の前に黒い車が横づけされている。私は開いている後部座席のドアから車内に滑り込んだ。自動的にドアが閉じる。なめらかな木目上のハンドルが目についた。車体と同じ黒色の革シートに土埃一つない清潔な足元のマット、そのすべてが高級感を醸し出している。隣に座っている黒スーツを着た女性が「出して」と告げると、車はゆっくりと動き出した。
車の振動を感じながら、頬杖をついて車窓を眺める。
「もうよろしいのですか」
黒スーツを着た女性がためらいがちに聞いてきた。この人誰だっけ。まあいいか、別に誰が私の予定を管理しているのだろうと知ったことじゃない。
「大丈夫、役は頭に入った」
面倒くさがって、必要最低限の会話だけで済ました。私はまた車窓を眺める。そうしていると私の意識は拡散していった。受験に悩む高校生か……。
先ほどの店主との会話を思い出して笑ってしまった。まるで父と娘じゃないか。
「……珈琲以外もあるじゃん」
―――だから明日も私はあの珈琲屋へ向かうことにした。
店主はどこか間の抜けた面持ちで虚空を見つめている。私はカウンターに腰掛けて、そんな店主をぼんやりと眺めていた。この店主はいつもこうなのだ。こちらが注文したり話しかけたりしなければ一日中ぼんやりとしていそうだ。この店に通いだして三年目になるけれど、この変わっている店主の考えていることはさっぱりわからない。
変わっているのは店主だけじゃない。常につけている黒い腰巻は有名なラーメン屋の名前が書いてあるし、店内に貼ってある広告も、新聞や要らなくてもポストに入っているチラシから切り取ったものばかりだ。極め付けはメニューだ。ラミネートされたメニューを開くとそこにはただ一言「珈琲」としか書いていない。これではブラックなのかラテなのかエスプレッソなのかもわからないじゃないか。
ただ、注文するとちゃんとした珈琲がやってくる。カップソーサラーにティースプーンとカップ、深さがわかるのに見せてくれない珈琲はまるで店主のよう。
この店の変じゃないところはそこだけだ。そして取り柄もそこだけだ。
お客さんは少ない。店主の巨漢と強面、禿げ頭に不愛想という要素によって新規のお客さんは逃げ出すことまではしないものの、リピーターが圧倒的に少ない。お店の売り上げはリピーターが伸ばしてくれるのに……。私みたいな変人がリピーターになることはあれど、ほとんどリピーターなしでよくここまで生き残れたなと思う。無くなられてはこちらが困ってしまうので生き残ってくれていることは非常にありがたいのだけれど。
今日も今日とて私はその店に足を運び、いつもの席で店主とぐだぐだな毎日を満喫している。
スマートフォンでネットを巡回していたら、とあるまとめサイトが目に留まった。いはく、
「【感動注意】浅田めぐみの名言集【実録】」
目に留まったのは、まあなんかどうせしょうもない理由なのだこういうのは。昨晩の連続ドラマでも出演していた。その演技を見た愚妹は
「すごい、やばい」
と言語が崩壊した感想を漏らしていた。つまり、『その演技は若手とは思えないほど真に迫って』いて、『心を揺り動かされるものがあった』と言いたいらしかった。ネットや新聞でも実力派としてその名を知らしめており、女優業のスターダムを駆け上っているような人だ。どんな名言が載っているのだろうと期待半分ネタ半分でタップする。
ダウンロードするのに少し時間がかかっているようだ。暇つぶしがてら店主に声をかけてみることにした。
「マスター、浅田めぐみって知ってる?」
店主は記憶をかき集めるように少し時間を置いた。やがて
「澄んだ演技をするいい役者だ」
と店主にしては珍しくストレートに褒めた。この堅物店主が人のことを手放しで褒めることなんてほとんどない。私は急いで最寄りの窓を開けた。顔を突き出して空を眺める。雲一つない快晴だ。雨が降る気配もない。冬の初めの冷たい風が、私の頬を撫でて通り過ぎて行った。
「雨は降らないぞ」
「見破られたか」
身体を引っ込めて窓を閉める。ふうとため息をついて熱を感じる頬を摩った。
店内の暖かい空気を感じながらいつも通りのカウンター席に着く。ダウンロードが終わったらしくスマートフォンの画面には【感動注意】浅田めぐみの名言集【実録】が表示されている。
スクロールしていくと、軽く経歴が書かれていた。家族構成や生まれた場所、幼いころに死んだ父が役者へと駆り立てた、なんてことも書かれてあった。その後に売れっ子らしい名言が並ぶ。役に対する意気込みとか演じる上での自分の考え方とかそういうやつだ。そしてその一文を発見してしまった。
『私、下手なことが好きなんですよ。苦手なことほど楽しめるというか……』
そこまで読んで画面を閉じた。私は爪を立てて頭を掻き毟る。ああ、胸から何かがせり上がってくるようだ。
できないことが楽しいだって? 人より劣っていることが楽しいだって? 頭の中に「志望校E判定」だの「全国平均にあと何点」だの「偏差値」などの記号が浮かんできて、それを打ち消すように拳を机に叩きつけた。
「マスター! 珈琲!」
私の怒鳴り声を聞いて店主は顔を顰めた。
「うるさい」
「いいじゃん、私たち以外誰もいないんだし」
「それでも静かにしてくれ、俺は集中しているんだ」
文句を垂れつつも一応珈琲は入れてくれるみたいで準備を始めた。
へぇー集中してたんだ、初めて知った。虚空に視線を彷徨わせることに集中できるってすごいなあ。
わたしが相手にされずムッとしていると、「はいよ」と野太い声がして少し乱暴に珈琲が差し出された。その珈琲カップの置き方もまた少し癇に障るが、気にしていても仕方がないだろう。不満を珈琲と一緒に飲み込む。
「お前、そろそろ進路決める頃だろ。どうすんだ」
「進学に決まってるじゃない。私は大学に行って……」
「へぇ、勉強できんのかい」
ぐ、痛いところついてくるなこのオヤジ。
「まあ、できるんならこんなところで時間潰してないわな」
ぐ、無駄に鋭いじゃないかクソオヤジ。あとその厭味ったらしい笑顔が非常に腹立つのであとで復讐ノートに書いといてやる。
でも確かに私は勉強ができない。それは様々な第三者機関によって証明されてしまった。認める以外の道はなかった。だけど、どうしても言い訳したくなってくる。
「だって勉強する意味が分かんないだもん。『作者の気持ちを述べよ』だの『微分積分』だの『徳川家将軍御一行様』だのは社会に出てどう役に立つわけ? それで優劣が付けられてあなたは弱者です~って宣告されてもこっちは苛つくだけだって―の!」
そんなことを叫んでいたら視界がぼやけてくる。
自分自身で勉強ができないことに怒りを感じて、勉強ができる周りの人を恨んでしまい、そしてそんな自分が非常に矮小に感じてしまって涙が出てきた。ついでに鼻水も。カウンターに練り込むように顔面を擦る。「うわ汚っ」とか騒いでるけど知ったこっちゃない。
「下手が楽しいなんて嘘だよ。辛いだけだよ。どんなに頑張ったって頑張った分の成果が出るとは限らないし。自分より常に上がいて、失敗したときの事を考えると意味がない気がしてくるよ」
泣いている女の子を前にして店主はさぞ狼狽しているだろうと思って顔を上げると、
「……よし」
マスターは何食わぬ顔で珈琲を飲んでいた。しかも少し清々しい雰囲気も出している。自分の入れた珈琲に自画自賛か、ばっかじゃないの。まあ私も人のこと言えないけど。
はあもうどうでもよくなってきた。どうせ私は何もできないし、何も残せないんだ。あーもういいんだもういいんだ、と子どものようにすねてカウンターに頭をのせてぐりぐり。
「俺には勉強する意味なんて大層なこと、よくわからん」
店主がいきなり喋り出したことに驚き、私は勢いよく顔を上げた。
「ただ、学生にとっての『勉強』は大人にとっての『仕事』と同じだ。頑張った分の成果が出るとは限らないところも常に上がいるのも意味がない気がしてくるのも同じだ。俺の珈琲だってそうだ。頑張って研究するが味や香りという成果が出るとは限らない。珈琲屋には常に上がいる。客が少ないからやってる意味あるんだろうかと考えることもある。だがな勉強をすることによって『習得までの自分だけの過程』ってもんを身に着けることができれば、そっくりそのまま仕事に応用することができる。仕事だけじゃない、趣味にだって人間関係にだって応用できるんだ。俺はそれに気が付くのに時間がかかっちまったから良い成績は残せなかった。だからな今の内からその『習得までの自分だけの過程』ってもんを……」
「はあああああああ? 」
気持ちよく語っていたであろう最中に私の怒声が入り込んだので、店主は面食らった顔をした。カウンターを両手で思いっきり叩き、店主を睨みつける。
「仕事と勉強が同じ? あんたたち大人は仕事選べるじゃない。たとえ自分が望んだものじゃなくても自分で選んだものだからって納得できるじゃない。私たち子どもは選べずに大人の都合でそれをやらされて、挙句順位づけよ。大人の言うことを聞くいい子ちゃんランキングよ。馬鹿馬鹿しい! 私はそんなことに巻き込まれないわ。偉くなってこの世界を変えてやる。偉くなるにはまず色々知っておかなくちゃいけな……」
そこで私はようやく自分の論にもなっていない言葉が一回転していることに気が付いた。
「ん」
店主が目を閉じて首肯する。いつの間にか私は立ち上がっていたらしい。恥ずかしくなってついていない洋服の埃を払った。
「帰る」
いつも通り四百円をカウンターの上において足早に出口へと向かっていく。
店主は私の背中に投げかけるように言葉を放つ。
「理由なんてもんは人によって千差万別。お前に足りなかったのは目的だな」
「うっさいバカ」
心の高揚を見透かされないよう、珈琲屋の扉を素早く閉じた。
珈琲屋の目の前に黒い車が横づけされている。私は開いている後部座席のドアから車内に滑り込んだ。自動的にドアが閉じる。なめらかな木目上のハンドルが目についた。車体と同じ黒色の革シートに土埃一つない清潔な足元のマット、そのすべてが高級感を醸し出している。隣に座っている黒スーツを着た女性が「出して」と告げると、車はゆっくりと動き出した。
車の振動を感じながら、頬杖をついて車窓を眺める。
「もうよろしいのですか」
黒スーツを着た女性がためらいがちに聞いてきた。この人誰だっけ。まあいいか、別に誰が私の予定を管理しているのだろうと知ったことじゃない。
「大丈夫、役は頭に入った」
面倒くさがって、必要最低限の会話だけで済ました。私はまた車窓を眺める。そうしていると私の意識は拡散していった。受験に悩む高校生か……。
先ほどの店主との会話を思い出して笑ってしまった。まるで父と娘じゃないか。
「……珈琲以外もあるじゃん」
―――だから明日も私はあの珈琲屋へ向かうことにした。
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