アナザーロード

花見酒

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不幸の始まり

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私の名は【ミア】ただのしがない村人だ。親を失い、途方に暮れていた私を快く迎えてくれたこの村の人達に恩返しをする為、私はみんなの手伝いをしながら暮らしている。この村は裕福ではなくても、みんなが優しくて、温かい。そんな村に要られて、私はとても幸せです。
 ………
 ………

 何故こんな事になったのだろう。どうして私はこんなにも不幸なのだろうか。分からない…わからない…。私はただ幸せになりたかった。幸せでありたかった。けどそれは私には決して許されない。…嗚呼…悲しい…苦しい…痛い…いたい…

 冷たい雨が血を流しながら泣きじゃくる私に降り注ぎ、無常にもその声も、その涙も、全てを掻き消していく。

 何がいけなかったのだろう。私は何処で間違えてしまったのだろう。泣きながら私は考えて、考えて、考えた
そしてやっとわかった。何処かで間違えたんじゃない。最初から違いだったのだ。私が生まれた事、私として生まれた事。私が【魔族】として生まれた事、全部。
 嗚呼…死にたい…死にたい…死にたい…死にたい…。
 嗚呼…どうかお願いします。誰でもいい。神でも人間でも誰でもいい…誰か…“私を殺して下さい”


 数ヶ月前
 誰一人として寄り付かないような土地に立つ巨大な城に、魔王とその側近の魔族、そして配下の魔族と悪魔が己の仕事を熟している。そんな中一人の私は魔王に向かって抗議を行っていた。
 
「お父様!いい加減戦争など辞めましょう!こんな事を続いていても死人が増えるだけです。このままでは数少ない仲間達が死に絶えるだけです!人間と手を取り合おうとは言いません。しかし戦いを辞める事はできるでしょう!先祖の野望は一旦忘れるべきです。」
「やかましい!貴様に何が分かる!戦いを辞めれば、我々が滅ぼされるだけだ!」
「しかし!」
「いい加減にしろ!」

 魔王は私を怒鳴り、殴った。父は吹き飛ばされ床に倒れる私に更を怒鳴りつけるが痛みでよく聞こえなかった。そして父は今度は私の母を罵った。

「せっかく妃に貰ってやったというのにこのような出来損ないを産みおって。しかも産んだ直後に死ぬとはな。全くとんだ大間違いだった。」

 私は母の顔を知らなかった。私を産んで直ぐに他界した為、どんな性格なのかも知らない、それでも産んでくれた恩がある。母を罵られて怒りが湧き上がり少女は父を睨み付けた。しかしそれが気に障ったのか、父は更に激怒し私を踏み付けようとした。その時

「陛下、これ以上はご勘弁を、私がしっかり叱っておきますので。」

 そう言って父の足を止めたのは、見た目は五十歳位の男性。それは幼い頃から私の世話をしてくれていた執事の【バトレル・ピストリ】という男。

「ふん!よく言い聞かせておけ、こんな事がこう何度もあっては我の気が持たんからな。」
「はい、承知しました。では参りましょうお嬢様。」

 そう言って爺やは私の手を取り立ち上がらせて、部屋へと向かった。
 部屋についた私は爺やの手を振り払いベッドへ飛び込んだ。

「はぁ~…お父様は何故あんなにも頭が硬いの?私だって人間が嫌いだけど。でもそれ以上に戦争する意味が分からない。何とかしてお父様を止めなければ。」
「お嬢様のお気持ちは分かります。魔王様も戦争など辞めたいと思っておられるはずです。しかし辞められない理由があるのですよ、きっと。」
「どうだか…そもそも爺やも爺やよ。何故あんな人の誘いなど受けて配下になったの?」
「さぁ、なんででしょうか。」
「はぁ…まいいや、それより私を叱るんじゃなかったの?」
「ええ叱りますよ、でも叱った所でお嬢様にはきっと効かないと思いまして。」
「まぁそうね。」
「ですので今日のお勉強をいつもの二倍にします。」
「うげ…本当に言ってるの?それ。」
「はい、なので早速始めますよ。」
「は~い。」

 何だかんだ文句を言いながら、私は爺やの楽しい地獄の指導を受けた。
 勉強を終え、寝る前の風呂に入った後、部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、父の部屋の前を通った。その時は微かに話し声が聞こえ、私は気になって聞き耳を立てた。

「…ええ、それから、捕虜として捉えたのは一家と思われる女と男と女。子供は幼い女が一人です。それと女が一人。この者は別の部隊が捉えた者です。これらの運用については何時も通りということで宜しいでしょうか。」
「うむ、構わん。だが何度も言うが、けして油断するなよ。人間というのは狡猾で、頭が良い、いつ何時脱走や反乱を起こすかわからん。故に決して驕ることなく常に見張れ。よいな。」
「は!」

 そんな話が聞こえたと思うと、配下が扉へ歩いて来る音が聞こえ、私は咄嗟に隠れた。なんとかやり過ごし、急いで部屋へ戻った。
 その後ベッドで横になりながら先程の話を整理していた。
 先程の話はおそらく人間の捕虜の話。この城では珍しい話ではない。むしろ当たり前だ。その証拠にこの城の食べ物や家具、装飾は人間を働かせ、作らせたものか、或いは略奪したものが殆どだからだ。おかしな話だがそれを知ってから、私は食べ物を口にすることができず、飲み込もうとすると吐いてしまうようになってしまった。魔族は体内に魔力がある限り餓死をしない為、私は魔力回復薬を飲んでやり過ごしている。
 私は人間を無理やり働かせたいるという事実がどうにも受け入れられず、それでもどうにも出来ない自分にモヤモヤしていた。そんなモヤモヤを抱えつつ私は眠りについた。
 
 翌日
 朝から爺やとの訓練で庭に立たされている。好きな武器を使っていいとの事なので、私は弓を取り、構えた。
 立会人のはじめの合図と共に木剣を持った爺やが一瞬にして距離を詰めた。しかし私から五メートル程の距離で私がズルをして始まる前から仕掛けておいた、《トラップ:ウォーターバイン》で動きを止め、私が矢を放つと同時に自分の前に展開した《トラップ:インクリース》の魔法陣を通して矢を増殖させた。矢が爺やに当たる寸前に爺やは拘束を剥がし後ろに跳んだ。矢は爺やの居た場所に当たると、矢に仕掛けていた《トラップ:エクスプロード》の効果によって爆発した。爆発が収まると同時に再び距離を詰める爺やに矢を放つ。しかしそれは躱された、だが今度は私から三メートル程の距離に仕掛けた《トラップ:テレポート》で初期位置に戻し。先程躱された矢を踏む形になり、矢に仕掛けていた《トラップ:ロックニードル》が発動した。しかしそれも避けられてしまったがそれは予想済み。引いていた矢を放ち、矢じりに仕掛けた《トラップ:ウィンドバースト》で加速させた。反応はされたが顔をかすめた。だがお構い無しに突っ込んて来る。私は後ろに下がり距離を離す。私は初期位置より後ろに仕掛けていたトラップの後ろに下がり、それを踏ませようとしたが爺やは次の瞬間視界から消えた、気付いた時には後ろに回られ、剣を首に当てられた。

「参った…」

 両手を上げ潔く降参した。

「お嬢様、随分と魔法の扱いに慣れて来ましたね。」
「相変わらず普通に使えないけど。」

 そう私はどういうわけか魔法をまともに扱えない。使うことはできるが、他よりも遥かに弱く、初級の魔法すら弱くなってしまう。その為、父や配下達からは出来損ないとよく言われるようになった。しかし先程のように罠を介して使うことで通常よりも高い精度で扱える。罠魔法は使いたい魔法の呪文を罠魔法陣に魔力で描くことで扱える。直接書く必要は無く、あくまで頭で思い浮かべて魔力で呪文を移すだけの為誰でもできるが、場合によっては時間が掛かる為、時には不便に感じることもある。そしてこのことは父には伝えていない。

 朝練も終わり早く部屋に戻ろうと思い歩き出そうとしたとき後ろから肩を掴まれた。

「それはそれとしてお嬢様、ズルはいけませんな。」
「し、仕方ないでしょう!ああでもしないとお前には勝てないんだから!」
「それはそれこれはこれです。罠をズル無しでより瞬時に作れるよう更に訓練しますよ。」
「え~!頼むかる休ませて~!」

 結局その後も訓練は続いた。

 訓練がようやく終わり、部屋で休んでいると爺やが質問をしてきた。

「お嬢様、もうすぐお嬢様の十五歳のお誕生日でしたよね?」
「え?ああ、そういえばそうだったわね。毎年祝われるけど、いつも忘るのよね~。」
「そこで何ですが、お嬢様は今年はどのような物が欲しいですが?」
「欲しい物?そ~だな~…お前のくれる者なら何でも嬉しいぞ。」
「もっと具体的にお願いします。」
「そう言われてもね~。」

 考えながらふと頭に思い浮かんだ物を小声で漏らした。

「懐中時計…とか…」
「今なんと?」
「ああ…いや何でも無い、忘れて。とにかく何でもいいよ。」
「はぁ…そうですか…では今度なにかご用意いたしますね。」
「うむ!楽しみにしているぞ!」

 そんなを話してから数日後、なんとなく城を散歩していた時、ふと地下牢への階段の前を通った。私はなんとなくで階段を降りていった。降りた先の地下室の扉の前には看守が椅子に座って見張っており、私を見た瞬間立ち上がり敬礼をした。

「姫様!このような場所にどのようなご要件で。」
「ああ…いやなんとなく気になっただけだ。…牢屋には今何人入っているの?」
「はい!現在は殆どの捕虜が作業中の為移されており、現在は一家と思われる三人と女が一人のみです!」
「子供も居るのか?」
「はい!女の子供が居ます。」
「そうか…悪いな突然。励めよ。」
「はい!」

 私は胸に何かが刺さる感覚を覚え、モヤモヤしながら地下牢を後にした。
 その日の夜、食事を取らない事で父にどやされイライラを抱えながら眠った。

 翌日
 起きて城の入り口で騒がしくなっているのに気が付き駆け付けると、先日前線に出ていた戦士達が帰って来ていた。しかし戦士の数は半分以下になっており、帰って来た全員が瀕死の状態だった医療班が治療を試みてはいたがおそらく全員が助からないだろう。そこへ父が現れた傷だらけの戦士達の姿を見て、蔑むような目に変わり、言い放った。

「全くみっともない。戦士でありながらこれほどの損害を出すとはな。戦果を上げた事は褒めてやる、だがもう貴様らは用済みだ。おい、誰かがこの汚いゴミを始末しろ。」

 父がそう言い放つと医療班は治療を止め、兵士達が戦士達を連れて行ってしまった。戦士は何かを言う力も残っておらず抵抗する事無く連れて行かれた。
 私は戦士達が持ち帰ってきた袋の中身を覗いてみた。その中には、おぞましい数のバラバラにされた人間の死体が詰め込まれていた。私はそれを見た瞬間便所に駆け込んだ。
 その日私は何かをやる気力が湧かず、ベッドにうずくまっていた。その日の昼頃毛布に包まりながら考えた。
 
(父上は何故あそこまで冷酷なの?私達の為にあんなになってまで戦ったというのに。でも私達も決して正義ではない。あのおぞましい光景が脳裏から離れない。どうすれば二度とあのような光景を見ずに済むだろうか。)

 それからも考えたが答えは出なかった。
 そうして考えていると爺やに呼ばれ、渋々向かった。

 その日の夜、まだ朝の光景が忘れられず、城内をうろうろしていた頃だった。私の真後ろから声を掛けられた。

「これはこれは姫様、お久しぶりでございす。」

 私は驚いて飛び上がった、振り返って後を確認すると眼の前には全体的に真っ白で所々カラフルな模様が描かれた正しく道化師のような顔がふざけた様な笑顔を浮かべて立っていた。私は即座に後退りした。すると爺やが私の前に立ち、守るような体制を取った。

「お嬢様に近付くな【バルバトス】。貴様がお嬢様に何をしたのか忘れたわけではあるまいな。」

 私はこの道化師の事が嫌いだ、理由は爺やが怒っている事に関係している。昔、私がまだ十歳にも満たない時、こいつに騙されて知らない場所に連れて行かれた事がある。その時は爺やがこいつを痛めつけて、私の居場所を聞き出し何とかして迎えに来てくれて大事には至らなかった。それ以来私はこいつの事が嫌いになり、爺やもこいつを私に近付けさせない様にしている。

「忘れてはいませんよ、ただ見かけたのでお声を掛けてみただけです。すぐ消えますよ♪」
「ならばさっさと消えろ。貴様の顔など一秒足りとも見ていたくない。それとも今ここでそのにやけ面に風穴を開けられたいか?」
「お~怖、偏屈爺に殺される前にわたくしは退散すると致しましょう♪」

 バルバトスは煽るようにニヤけ面でスキップしながら去っていった。

「はぁ…全く…お嬢様、あいつを見かけたり声をかけられたりしても絶対に相手にせず私にご報告して下しいね。」
「分かってる。」
「やろしいではお部屋に戻りましょう。」
「は~い。」

 私は部屋に戻りいやいや眠りについてその日を終えた。
 その後は特に変わりはなかった。いつも通り過ごし、時に父に抗議を行っては叱られてを繰り返していた。しかし、その後悲劇が起きた。私はある日突然玉座の間へ呼び出さた。大勢の配下や王の側近が集められ、玉座の前には地下牢の門番が縛り付けられて座らされていた。

「さて、何故このような自体になったのか、説明してもらおうか。」
「私はしっかりと捕虜を監視していました!誓って目を離してはおりません!」
「ほう、では何故捕虜は逃げ出したのだ?」
「それは…先日捉えた捕虜の中に、人間のスパイが居たようで。私が牢屋を確認した時には既にもぬけの殻でして。」
「そんな事は既に知っている。なぜ逃げられたのかと聞いていると。」
「分かりません…しっかりと服も脱がせて身体検査を行ったはずなのですが、どこかに牢屋の鍵を開けられる道具を隠していたようで。」
「はぁ~我は貴様を含めた全ての者に伝えた筈だ、人間を侮るなと。しかし結果がこれか?貴様は我の言葉が理解出来なかったのか?貴様一人の失敗が一体どのような結果を招くか、考えた事はあるか?」
「それは…」
「よい、喋るな、知らんだろうから教えてやる。破滅だ。この城は我らの先祖が人間に見つけられぬよう結界で隠し、その結界によって我らはこうして戦いを続ける事ができている。しかし貴様のせいで逃げた人間が結界の潜り方を知れば、この城に軍隊が攻めて来るだろう。そうなればこの城は戦場となるだ。負けるとは思わん、我々にも“切り札”がある、だが“切り札”を使える者は指で数えられる程度だ、貴様のような貧弱で脆弱なゴミは人間相手に到底太刀打ち出来ないだろう。結果としては多くの同胞を失う事になるだろうな。どうだわかったか?」
「申し訳…御座いません。」
「もうよい。貴様の顔は見飽きた。目障りだ。消え失せろ。おい!命令だ、このゴミを片付けろ。」
「は!」

 父の命令で看守だった魔族は命乞いをし抵抗しながらも連れて行かれた。

「はあ…」
「陛下、動なさいますか?」
「どうも何も、戦力を増すしかないだろう。今も捜索隊を出して入るが、もし見つけられなければ、この城は。攻められる。その時の為に備えなければ。」
「では全面的な戦の準備ということですか?」
「ああそうだ、今ここに命じる、この城にいる全員を戦力とし戦に備えよ。」
「は!」

 それから城はいつも以上に慌ただしくなった。自室の窓から庭を眺める、訓練場に入り切らないからと、以前は私くらいしか使わなかった庭も殺伐とした風景に変わった。その光景を眺めながらも、事実が受け入れられないでいた。もし逃げた人間が捕まらなければこの城は終わり、この城に居る全てのものが無くなってしまう。それと同時にこれで良かったのではないかとも思えてしまう。もしこの城に人間が来て、父や私が死ねば長く続いた戦いに終わりが来る。父や私という犠牲によってこの世界に平和が訪れるのでは無いかと。死にたくはない。けど戦争などもう終わらせてしまいたい。そんな葛藤が、私の中を永遠に渦巻いた。そんな時部屋の扉を叩く音がした。そして有無を言わさず爺やが部屋に入ってきた。

「お嬢様、失礼いたします。」
「悪い、爺や…一人にしてくれ。」
「そうしたいのは山々ですが、きっとお嬢様は一人で悩み続けると思いまして。もし悩みや不安があるならこの爺や仰って下さい。」
「…もし…捕虜が逃げ延びれば…父や…お前や…私は死ぬだろうか。」
「恐らくは。」
「魔族の私が平和を望むのは間違いだろうか?」
「いいえ。それは貴方という一人の思いです。種族など関係ありません。」
「逃げてしまいたいと思うのは臆病だろうから。」
「いいえ。逃げても構いません。もし貴女が逃げるなら。そ私が全力で貴女をお守り致しますので。」
「私は怖いのだ。死ぬのが。お前や大切な物を失うのが。」
「誰だって死ぬのは恐ろしいものです。失うのは恐ろしいものです。ですので抱え込む必要も、抑え込む必要もありませんよ。」
「泣くのは…みっともないか?こんな歳になって泣くの私は女々しいだろうか?」
「存分に泣いてください。怖い時は泣いてもいいんですよ。」
「そうか…なら…少し胸を貸してくれるか?」
「もちろんですとも。」

 私は爺やに抱きついてみっともなく泣いてしまった。これからいつ起こるかもわからない終わりが怖くて、辛くて。泣いてしまった。でもそんな私を爺やは何も言わず静かに受け止めてくれた。


 あれから数週間がたった。結局あの日逃げ出した捕虜は捕える事は出来無かった。私は何人かに逃げるように説得を試みたが皆に断られてしまった。
 あの日以来、私は来たる日のために爺やと訓練した。劇的な変化は無かったが、それなりに戦う事は出来るだろう。
 そして、いつかの約束も忘れかけていたある日、その日は突然やって来た。廊下を何気なく歩いていると、城の住人が騒ぎ始めた。窓の外を見ると、少し離れた場所に武装した、数え切れない程の数の人間の兵士が城へ向かって来ていた。

「もう…来てしまったのね…」

 そうつぶやき急いで外へ出ようと門へ向かおうとした時だった。後ろから私を呼ぶ声が聞こえ、振り返ると大きな荷物を持った爺やが居た。

「お嬢様、貴女も戦うおつもりですか?」
「私も魔族だから、当然よ。その為に今までお前と訓練をしてきたんだから。」
「そう…ですが…お嬢様、彼らの先頭に立つ者達が何者かご存知ですが?」
「ええ…【勇者】とその仲間でしょう。知っているわ。奴らと戦えば父は当然、私なんかは一瞬にして殺されるでしょうね。」
「ええ、ですから私は貴女に逃げて欲しいのです。」
「は?意味がわからない。」
「貴方の気持ちはよくわかります。しかしどうしても私は貴女に死んでほしくない。お願いですどうか、逃げてください。」
「断る。私は戦う。」

 私はそう言って門へと向かう。門前では既に戦いが始まっており、既に地獄絵図が広がっていた。人間の兵士の中には勇者と思われる者が見え、私は戦う覚悟を決めた。

「けん…」

 戦いを始めようとした瞬間、気が付くと私は爺やに抱えられていた。

「な!何をしている!降ろせ!」

 しかしどれだけ暴れても爺やは下ろしてはくれなかった。爺やは私を抱えたまま裏口へ向かい、裏口に着くと、私に持っていた袋を渡して来た。

「お嬢様、これを持って逃げるのです。」
「そんな事出来ないわ!私も戦わなければ行けないよよ!」

 そう大声で訴えるとその声を聞きつけた人間の兵士が近付いて来た。兵士を迎え撃とうと戦闘態勢に入ろうとした時、爺やが私を押し、私は裏口から外に出され、爺やは扉を閉め内側から鍵を掛けた。

「何をしている!早く開けろ!爺や!」

 扉を叩き開けるよう訴えると、中から爺やの声が聞こえて来た。

「お嬢様、どうか逃げてください。逃げて生きるのです。魔族の姫としてではなく、貴女として。私が時間を稼ぎます。その内に出来るだけ遠くへ行くのです。その袋には貴女に必要な物を幾つか入れています。…それと少し遅れてしまいましたが、私からの誕生日プレゼントも…それを私と思ってください。私は幼い頃から貴女を見守ってきました。私はこれは運命だと思っています。貴女との暮らしはとても幸せでした。さようなら。」
「おい!おい!行くな!爺や!!」

 しかし爺やの声は聞こえない、その代わりに中からは戦いの音が鳴り響いていた。私は泣きながらその場から逃げ出したんだ。守らねばならない者も、唯一の家族も、私が愛したものも。全て捨てて逃げ出した。
 何も考えず、目的も待たず、ただ走った。それから城からかなり離れた辺りで私は転んでしまった。しかし立ち上がる気力は無く、ただ横たわったまま、体を丸めて泣いた。

「くそ…くそ…」

 十分以上泣き続けて落ち着いて来た時、私はふと袋の存在を思い出した。袋を開き一つづつ中身を見ていく。魔力回復薬、少しのお金、ナイフ、マント、他にも幾つ入っていた、そして最後に袋の底に入っていた物を取り出した。それは綺麗な懐中時計だった。

「…!」

 それを見た途端私はまた涙が湧き上がり泣いてしまった。

「馬鹿者が…忘れろと言ったのに…」

 泣きながらそれを抱きしめた、爺やとの日々を思い出した。
 それから数分間泣いた後、荷物を袋に仕舞い、立ち上がって歩き出した。目的は無い。その歩みに意味は無い。けれど歩かなければならない、あいつが生かしてくれたから。

 それからはあまり覚えていない、どれほど歩いたのか、どこへ向かっているのか、三日は経っただろうか、それすら曖昧になっている。足が棒のようになっても歩き続けた、村や町、何でもいいから。休める場所に行きたい。そんな事を考えながら、私は倒れて、気を失った。
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