アナザーロード

花見酒

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勇者に成るまでのお話

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「見えて来ましたよ。」

 ジルさんの声が聞こえ私は馬車の外に目を向けた、目線の先には大きな外壁があった。

「大きい…」
「王都程では無いですが、この街はそれなりに大きな街なので見慣れない人には圧巻ですね。」
「そもそも私には街に外壁とか殆ど無いんで。始めてみました。」
「そうなんですか、リンドウさんの世界、凄く気になって来ました。」
「一度見て欲しいです。とても高い建物や、馬を必要としない機械仕掛けの乗り物が沢山あって騒がしいですけど、とても良い世界ですよ。」
「そんな物が、ますます気になります、機械仕掛けの乗り物か、乗ってみたいですね。」

 アイリーンさんと自分の故郷の話で盛り上がって居る間に街の検問所が近付いてくる。ゆっくりと列を進んて行き、数十分後遂に私達の番が回って来た。私は漫画やアニメの知識からてっきり身分書を見せろとか言われるかと思っていたが、アイリーンさんが身分書を見せるとすんなり通してもらえた、余りにも簡単に通れたものだから張り詰めた緊張が解れると同時に少し期待外れでがっかりした気持ちにも成った。

「アイリーンさんって凄いんですね。私てっきり身分証が無いなら金払えって言われる流れかと思いました。」
「私は各国に恩を売ってるので幾つかの国の街では私とその同行者は入街税は払わなくて良いと言われてるんです。必ず許可書を見せる必要がありますが。」
「凄い…アイリーンさんって有名人なんですね。」
「それ程でも、それよりも外を御覧ください。」

 アイリーンさんにそう言われ私は馬車の外に身を乗り出す。視界に入ってくる光景は素晴らしいものだった。なんて言ったって街は私が漫画やアニメの世界で見た様なザ・異世界な風景だからだ。レンガで出来た家屋、騒がしく走り回る馬車達、そして街行く人は人間もいるが、耳の尖った美形の恐らくエルフだと思われる人や獣の耳が生えた人、羽が生えた人もいて、時には元の世界じゃ考えられない程でかい犬を連れてる人も居る。まさに夢にまで見た異世界だ。

「お…おお…おおおおぉぉ~~!!異世界だー!」
「そんなに驚くような光景はでは無いんですが、反応から見るに本当に見た事が無いんですね。」
「はい!建物とかはテレビで見た外国の建物に似てますけど、ケモミミとか羽生えた人も居るし、耳長いエルフまで居るし、ああ~…夢見たい。」
「てれび?まあいいか…リンドウさんの世界には人間以外の人族は居ないんでしたっけ、今の内に未に焼き付けて慣れていた方が良いですよ。」
「え?何故?」
「ん~…まぁ、少しがっかりするかもしれないんで。」
「え?どういう意味ですか?」
「…」
「アイリーンさん?アイリーンさん?何で微笑ん出るだけなんです?アイリーンさん?!」

 不穏な事を微笑みながら言うアイリーンの笑顔は少し怖かった。

 馬車の停泊所に到着し、私達は馬車を降りたが、私は今後どうするか全く決めてないから何処に行けば良いかわからない、今後の方針を考えながら街の風景を眺めているとアイリーンが提案を出してくれた。

「リンドウさん、さっき話した協会の話、どうされますか?」
「あ…ん~…うん~…」

 協会か…正直怖い。けどこのまま何もせず街に居るわけにも行かないし、それにアイリーンさん達のお世話になりすぎるのも気が引ける。ここは騙されたと思ってアイリーンさんの提案を受けよう。

「アイリーンさん、私協会に加入します。アイリーンさんの言う事は信用できるので、教えて頂いて良いですか?」
「勿論、じゃあ付いて来て下さい。」

 そうしてアイリーンさんに連れられ私は街の中を進んていく、沢山の種族の人混みを進み、気になる建物を眺めながら辿り着いたのは他の建物と遜色無い小さな建物、私の知ってる冒険者ギルドは大きな酒場を兼ねた建物だから、意外と小さいのにまた拍子抜けした。でもいざ入ってみると中はそれなりに広く人が沢山居て騒がしい、他種族で塊になって何かを話し合う者、一人でボードを眺めているもの、受付で職員と話している者。その光景は私の知っている冒険者ギルドその者だった。
 ガヤガヤと人の騒がしい声が聞こえる建物の中を進みカウンターの前で受付の女性とアイリーンさんが会話を始めた。

「すみません、新規登録の申請に来ました。」
「アクリス様?アクリス様はもう会員だと思うんですが。」
「あ、いえ、加入するのはこちらの方です。」
「こんにちは…」
「成る程、少々お待ち下さい。」

 職員の人はそう言って奥の部屋へ入っていって、ニ分程すると書類を一枚持って戻って来た。

「加入の申請を行うのでこちらの書類に名前と年齢、生年月日をご記入下さい。任意で構いませんので、宜しければ出身地と現在のご職業もお願いします。」
「はい…えっと……?」

 いざ書こうと思ったけどよくよく考えたら文字を知らない。日本語しか書けないじゃん。どうしよう。

「すみません、彼女は文字を書けないのをすっかり忘れてました、私が書いても宜しいですか?」
「そうなんですか、構いませんよ。」
「アイリーンさん…」

 アイリーン思わぬ助け舟に私は感動してしまった。

「じゃあ、リンドウさん、私が書きますので、フルネームと生年月日と年齢を教えてください。」
「はい、えっと…【レン・リンドウ】、年は二十三、生年月日は八月二十日、職業と住所は未記入で。」
「はい、これで終わりです。」
「お預かりします。ライセンスを発行致しますのでもうしばらくお待ち下さい。」

 そう言って職員はまた奥の部屋に入っていった。そうして小一時間待った後にさっきの職員が戻って来た。

「大変お待たせ致しました。こちらがリンドウ様のライセンスになります。」
「おお…」

 何かの会員に成るのは初めてじゃ無いけど何だか嬉しい。異世界補正だろうか。なんでも良いけどこれで多少はお金には困らないだろう。

「さてライセンスも発行した事ですし、早速依頼を受けて見ませんか?」
「そうですね。」

 アイリーンさんにそう言われ依頼書が貼り付けられたボードを眺めて仕事を探してみる。しかし全く読めない。そりゃそうだ、文字がかけないんだが、読むのも無理なのは当たり前だ。これじゃライセンスを発行した意味がなくなる。依頼書を見ながら悩んでいるもするとアイリーンさんが依頼の内容を教えてくれた。しかし

「あ~今はこの役所では討伐系の依頼しか無いですね。」
「そんな!私戦い方なんてわかりませんよ。」
「ん~…そうですね。」

 アイリーンは数秒の間悩んでいると、ある提案を私に投げかけた。

「なら訓練してみますか?」
「え?訓練?」
「はい、マイケルに頼んで、少し戦い方を覚えるんです。この世界では凶暴な生物はそこら中に居るので多少の護身術は身に付けていた方が良いので。」
「え…。う~ん…まぁそれは願ったり叶ったりですが、いいんですか?アイリーンさん達は旅しなきゃいけないんじゃ、」
「だからリンドウさんも私達の旅に、同行するんです。道すがらマイケルと訓練し時に実践を交えながら戦い方を身に付けていくんです。見返りは私の手伝いをして頂ければそれで良いので。」
「そんな…私お邪魔じゃ…。」
「ここまで来たら乗りかかった船です。リンドウさんが一人でこの世界を生きていける様になるまで私達と旅をしましょう。」

 願ったりかなったりだ。異世界に来たならモンスターとかと戦う力を身に付けようと思ってはいたし。信頼できるアイリーンさん達との旅なら安心出来る、断る理由は無い。

「是非お願いします。」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします。そうと決まれば先ずは道具を揃えないと。」
「いや!そんなことまでしていただかなくても!」
「やらせて下さい、別にお金には困ってるって事は無いので。」
「でも…。」
「まぁまぁ、任せて下さい。もしリンドウが思う所があるならリンドウさんが沢山お金を稼げるようになった時にでもご飯を奢ってくれれば良いので。」
「う~ん…分かりました、ここはアイリーンさんに甘えさせていた頂きます。」

 そうして私はアイリーン達と共に道具を揃える事になった。
 先ずは服装。ここに来るまでずっとスーツだったのをこの世界に合った服装に変えた。その次にバッグ、そして剣を購入した。アイリーンさんは買う物を全て高そうな物を買おうとしていたので流石に質素なものでいいと押しきった。アイリーンさんは渋々ったけど。

「おお…初めての本物の剣。」

 始めて見るし初めて持つ本物の剣。片手剣だけどずっしりと重く、待っているだけで緊張する。慎重に鞘に納めて腰に下げた。

「ありがとう御座います!大事にします!」
「大袈裟ですね、普通の剣ですよ。」
「それでもです。」

 その後数日間私は街にいる間にマイケルさんに剣の振り方を教えてもらった。流石に初めて振るから全く扱えなかった。

 街に来て四日後の夜

「ごめんなさい…私才能無いかも…」
「そんなに卑下しないで下さい、初めてなんですからそんなものです。ゆっくり覚えていきましょう。」
「そうっすよ、俺だって初めてよ剣はド素人だったんすから、初めは皆同じっすよ。」
「ありがとう御座います…頑張ります」
「とにかく今日はもう寝ましょう。明日はこの街を出立するので。しっかり休んで下さい。」
「はいお休みなさい。」

 ここ数日訓練したり街を観光したり色々して来た、生活が一瞬にして変わってしまった。今まで仕事ばかりして来たのが急に異世界に来て、それから優しい人に出会って、冒険者?になって、戦い方を覚える事になって、そして明日からアイリーンさん達と一緒に旅をする。異世界ってここまで生活が変わるものなのか。色々ありすぎて頭がまだ処理しきれてない。まだ何でこの世界に来たのか、そもそも誰がこの世界には送り込んだか、何の為にこの世界には送り込んだのか全く分からないから。けど…今考えても…どうしょうもないから…今は眠ろう…。

「うふふふ…早く強くなってくださいな、うふふふ。」

 街に来て数日、とある平原にて私は教わった剣術を試す為ゴブリンと相対している。

「頑張れ!」

 アイリーンさん達に見守られながらゴブリンをしっかり睨みつけ目を離さず身構える。

「ウグア゛アアァァァー!」

 叫び声を上げながら鋭い爪を立て襲い掛かってくるゴブリンの腕を斬り飛びし、隙かさず間合いを詰め腹に突き刺す、其処へもう一匹のゴブリンが飛び掛かってくる。冷静に後方に躱し斬り下げをしゴブリンの胴体を斬る、斬り込みが浅く決定打に欠けるが隙かさず剣を振り首を斬り落とす。そして即座に振り返り忍び寄っていた最後の一匹に回転斬りをし仕留めた。

「ふぅ…ふぅ…ふぅ…」

 初めての戦闘、初めての殺し。人形という事もあって罪悪感が凄い、けどこのゴブリンも沢山人を殺めているからおあいこって事にして置こう、じゃないと一生引きずりそう。

「お見事です!初めての戦闘にしては上出来です。」
「ありがとうございます。」
「なんか誇らしいっすね、弟子が成長するのを見てる感じっす。」
「実際弟子ですし。」
「この調子でどんどん強くなって“魔族”も倒せるように成りましょう。」
「それは流石に…遠そうですね。」

 そんな会話をして少し休憩してから街に戻り依頼完了を報告し少しのお金を頂いてから宿にもどった。
 その際少しさっきの話して気になる事があってアイリーンさんの部屋にやって来た。

「アイリーンさん、リンドウです。入っても良いですか?」
「どうぞ。」

 ノックをしアイリーンさんの許可を貰い部屋に入る。

「失礼します。」
「どうかしましたか?」
「実は聞きたい事があって。」
「聞きたい事?」
「昼間言ってた『魔族も倒せる様に』って言葉が気になって。」
「あぁ、ちょっとしたジョークです。」
「いえ、そうじゃなくて。“魔族”が居るって事は“魔王”も居るんですか?」
「…」

 アイリーンさんは少し沈黙してから口を開いた。

「居ます。何なら今現在も魔王軍と人族は戦争しています。」
「やっぱり、居るんですね…でも戦争って、今も?」
「はい、大昔過ぎてきっかけは分かりませんが、もう何百年も前からずっと。」
「戦況は?」
「昔は人族側が苦戦していましたが、ここ数十年間で人族の技術の発展と魔族側の衰退で拮抗している状態です。」
「拮抗?技術の発展は分かりますが、魔族が衰退って言うのは。」
「今になるまで魔王は何代か交代しているそうなんですがその度に魔族軍の力が弱まっていて今の魔王に関しては攻めるより守る方に力を注いでるそうです。なので戦場は戦闘は続いてますが負ける事は今の所無いそうです。とても強い人が居るそうですし。」
「成る程。じゃあ今は“勇者”が前線で頑張ってくれてるお陰で人族は負けないって事ですね。」

 私がそう言うとアイリーンさんは首を傾げた。

「“勇者”?とは何ですか?」
「え…そりゃ、魔王を倒す選ばれた者、みたいな…もしかして居ないんですか?」
「はい…聞いた事無いですね。」

 アイリーンさんの言葉に私は驚いた。こういうファンタジーな異世界では勇者が居るのが当たり前だと思っていた、でもどうやら居ない、というか存在すらして無いらしい。

「どうかしました?」
「あ、いえ何でも無いです。所でアイリーンさんはジョークと言ってましたけど、もしかしてアイリーンさん達は戦場に行く事って有るんですか?」
「戦場に直接行く事は無いです、ただ戦場で怪我を負った人を治療する為に偶に駆け付ける事は有ります、ただ今は大体人数が足りてるので私は自分の仕事を優先させて頂いてます。」
「ならその時の護衛として私にあのジョークを?」
「まぁそれもありますけど、本当にジョークですよ、治療は安全な場所でやるので。」
「そうですか…でもだとしても私はアイリーンサンさんを全力で守るつもりです、今は弱いですけど、いつか必ず!」
「はい、期待してますよ。」

 アイリーンさんを守る、彼女は恩人だ今は弱くても強くなっていつか必ず、そう約束した…筈だった。

 翌日

 ゆっくり休んで気持ちの良い朝、アイリーンさん達と一緒に旅に出る準備をしている。

「私の物はもう終わりました。なにか手伝えますか?」
「ではあちらをお願いします。」

 馬車に荷物を乗せ準備が整ったら街を出立した。これから私は沢山の物を見て、沢山の事に巻き込まれながら、沢山の人と出会う、そうこれは私がいつか【勇者】になる物語。
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