君に心を

河嶋 亜津希

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ざわざわとどこからともなく人の声が響く。無駄に大きくて広い講堂に寮生たちがぞろぞろと集まっていた。志津希はもう当たり前のように凪都のいつもの場所にいて隣には当の本人が座っている。今日に至ってはアルバートもいて目立って仕方ない。志津希はなるべく体を小さくして周りからの視線に隠れている。

「お疲れ。」

気だるい声が聞こえて振り向くと稲瀬が楽器ケースを抱えて志津希の真後ろに座るところだった。また目立つ要因が増えた、。志津希は心の中でため息を吐いた。ものすごく視線が痛い。もう何回もこの場所で点呼を受けているが周りの視線と疑問は収まらないし志津希の居心地の悪さも変わらない。

「…おつかれさま。」

戸惑いながら挨拶を返す志津希になんの怪訝もなく稲瀬は少しだけ口角を上げた。中庭での一件のせいで志津希は後ろめたさを感じてしまう。稲瀬は確実にそういうことを隠してはいないし志津希が知ったところでなにも気にしていないのはわかるがやはり本人以外の口から聞いたことは気まずいのだ。チャイムが鳴り響き講堂は喧騒から一変して少しだけ落ち着きを取り戻す。寮生管理の教師がマイクの前に立ちいつもの堅苦しい挨拶が始まる。志津希は前を向き直り少しだけほっと息をついた。

「志津希。」

自分にしか聞こえない小さな声が志津希を呼ぶ。ちらりと横を見ると案の定凪都は志津希を見つめていた。ん?と声を出さずに返事をすると凪都は少しだけ肩を寄せ志津希の指に自分の指を絡ませた。心臓がありえないくらいに脈を打ち始めるのがわかる。なに、考えてるの!、思わず心の中で悪態をつく。

「しー、バレるよ。」

凪都はわざと志津希から視線を外してしまう。こんなの手を振り解けば簡単に離れてしまうのに志津希はどこかで抵抗してはいけない様な気がして体が動かなくなる。全身に血が巡る。脈を打つ心臓の音が聞こえてしまうのではないかと志津希は少し怖くなった。凪都の絡ませた指は愛おしそうに志津希の指を撫でまわしていた。ふいにひんやりとした温度が志津希の手首に伝わって思わず絡まるふたりの手を確認してしまう。凪都の手首にはあのバングルがきらりと夕焼けを反射していた。

「なぎ、と」

今度は志津希が凪都の名前を呼んでしまう。優しく微笑んでいる凪都は恐ろしいほど綺麗で恋をした人間はこんなにも美しいのかと馬鹿な考えが浮かんでくる。そして自分が与えた物をこんなにも“大事なもの”扱いされてしまえば紛れもなくその愛情は自分に向いているのだと自覚させられる。いつか凪都が志津希に言った志津希はもっと与えられなければいけないと言う言葉がぐるぐると頭をよぎる。もう充分すぎるほど凪都は志津希に与えている。志津希は凪都と繋いだ手をぎゅっと握った。与えて与えて与えて空っぽだった志津希の心は満杯になってとうとうあふれ出してしまいそうだ。少し驚いた表情を浮かべた凪都の目を見ながら志津希はもう一度凪都の指を撫でた。
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