君に心を

河嶋 亜津希

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勢い良くバス道を春のバイクが駆け抜ける。頬に当たる風が気持ちいい。よく晴れて街灯も少ない坂道はキラキラと星が輝いて見えた。

「志津ー??」

「なにー!春くん!」

風のせいでお互いの声がはっきりとは聞こえない。志津希はなるべく春の声が聞こえやすいように春に顔を寄せた。

「お前怖くないのかー?」

「怖くないよー!むしろ楽しい!」

「志津って結構度胸あるよなー!奈津は未だに怖がってるぞー!」

やっぱりね。志津希は心の中で呟いた。春がバイクの免許を取ってから志津希が春のバイクに乗るのは今日が初めてだ。でも奈津希はもう何回も春の後ろに乗っているらしい。嫉妬なんだろうか。このモヤモヤした感情に志津希は名前をつけることができない。人生で1番辛かったあの頃に助けて守ってくれたから志津希は縋る先を春にしたんだろうか。好きで好きでたまらなかったはずなのにただただ子供の孤独と依存の感情がそうさせたような気がしてならない。あの頃の志津希は何かに縋りついていないと形を保っていられなかったのだ。ぐるぐると思考を巡らせながら流れる景色と春の背中を見つめる。

「春くんー!」

「なんだー??」

「そろそろ腹括りなー!!なぁちゃん誰かに取られちゃうよー!」

「なっ、」

誰かに取られたって志津希は絶対に慰めてなんかやらないのだ。あの奈津希が春以外を選ぶとは到底思えないけど。あれだけ共依存しておいてなんで本人同士は自覚がないんだろうか。呆れを通り越して志津希は思わず声を出して笑ってしまう。最初からふたりの間に志津希が入り込む隙間なんかないのだ。吹っ切れてしまえばなにをそんなに悩んでいたのか自分でもわからなくなる。志津希は志津希を想ってくれる人に向き合えばいい。素直にそう思えた。凪都はすごいなぁ、僕を全部変えちゃったのかも。志津希はきっかけを探していたのかもしれない。照れ隠しのように春のバイクが加速して一気に坂道を駆け上った。だんだんとあの無駄に大きくて荘厳が正門が見えてくる。ふたりのツーリングは終わりを迎える。ピッタリと春のバイクは正門の正面で止まった。

「俺に奈津をくれるか?、志津。」

ヘルメットを外しながら志津希は春の言葉を飲み込む。顔は見えていないけど春はたぶんすごく真剣だ。志津希はひょいっと春の後ろから降りてヘルメットを春に押し付けた。

「馬鹿じゃないの?なぁちゃんもはぁちゃんも未来永劫僕のだよ。僕とはぁちゃんに敵うと思わないで!」

うっと何かを喰らった春はそうだよなと小さく呟いて柄にもなく弱気だった。情けない春が志津希は面白くて顔を覗き込む。

「あははっ、ださいなぁ春くん」

「お前なぁ…俺は真剣なんだぞ?」

恋をする人はこんなに情けなくてこんなにかわいいものなんだろうか。凪都にも志津希はこう映っているのだろうか。

「志津希っ!」

体がふわりと浮く。気づけば目の前は真っ暗ですっかり嗅ぎ慣れた香りが志津希を包んだ。どきんと心臓が高鳴る。

「おま、あの時の…志津のルームメイト?」

春の困惑した声が聞こえて志津希はようやく凪都の胸を押し返す。人前でさらに春の前でなにを考えてるのか。志津希は身を捩って抵抗する。

「ちょ、な、ぎとっ、!」

「なんで俺に連絡しなかったの?迎えに行くつもりだったのに」

目を合わせた凪都は焦っているような怒っているようなそんな表情だった。志津希は慌てて凪都の頬を手で包む。今朝はあっけらかんとしていてもあんなことがあった後だ。凪都が不安定になっているのは分かっていた。

「ごめんね、春くんに送ってもらえたから予定より早く帰れるって思って、」

謝りながら頬を撫でると凪都は猫のように志津希の手へ擦り寄った。凪都に余計な心配をかけてしまったと思うと気が気じゃなくなる。

「おい、俺まだいるぞ。」

春の声でふと我に返る。恐る恐る振り向くと春は苦笑いでバイクの前に立っていた。

「春さん。どうも、志津希のルームメイトの伊勢山凪都と申します。送っていただきありがとうございました。もう問題ないので、」

「お前だろ、志津を不安にさせたのは。」

「っ、」

春に核心を突かれた凪都は志津希を抱き止める腕に力が入る。

「志津は自分のだって言いたいのは分かる。でもなそれが志津の意思であってもこいつを悲しませたり不安にさせたりしていい理由はないんだよ。志津を傷つけたら俺はお前を許さない。志津が嫌がってもお前から志津を引き剥がす。なにがなんでも志津を守る。わかってんのか?」

春の口調は厳しく凪都を刺す。春は本気で志津希の心配をしているし志津希の身になにかあれば何としてでも志津希を守る。三つ子が傷つけば春は黙っていられない。それは確かだ。春はそういう人なのだ。昔から三つ子を何よりも大切にしてくれる人、無条件で三つ子を守ってくれる人。でももうそれも卒業しなければいけないのだろう。だから志津希は凪都と出会ったのだ。

「春くん。」

志津希は凪都から離れて凪都と春の間に立った。大丈夫、もう僕は大丈夫。志津希は心の中で呟く。

「ありがとう。僕たちのお兄ちゃんになってくれて、今まで守ってくれて。…僕、凪都が好き、なの。だから誰になんて言われても僕は絶対凪都から離れない。」

自覚したからと言って人に面と向かって告白をするのは怖くてたまらない。でも昨日の凪都を見ていたらそんなこと気にしてられないのだ。凪都は怖くてたまらない父親から志津希を守り自分の気持ちを貫こうとしている。なにもしてあげられないかもしれないけど志津希だって自分の気持ちを貫いて凪都を守りたいのだ。凪都は少し震えている志津希の手を取って春に頭を下げた。

「俺は、まだまだ弱くて志津希を完全に守りきれませんでした。…でもっ、絶対に誰にも志津希を譲るつもりは、ありません。俺には志津希が必要なんです…俺に、志津希のそばにいる権利をください。」

凪都の手も震えているのが分かる。春に了承を得る必要なんて決してない。だけどこれはふたりなりのけじめなのかもしれない。

「…志津は、俺のじゃねぇよ。」

春は少し寂しそうな表情を浮かべながら志津希の頭をぽんぽんと優しく撫でた。昔からの春の癖。本当の兄のように思ってきた。きっとこれらもこの関係は変わらないだろう。春は頭下げる凪都の肩をぐっと掴んで体を起こさせた。

「先ずは、奈津と葉津に認めてもらえ。志津は一生あのふたりのもんらしいからな。」

眉を下げて春はにこりと笑顔を向ける。凪都の緊張の糸が一気に切れたような気がした。

「ありがとうございます…春さん。」

「おう。」

春と凪都が普通に話しているのが不思議だ。こんな日が来るなんて志津希は考えてもいなかった。心から信頼できる人なんて家族と春以外出会えると思っていなかった。春は腕を上げて体を伸ばすとヘルメットを被ってバイクにまたがった。

「じゃあな。志津、俺もそろそろ腹括るわ。」

「うん、大丈夫だよ。なぁちゃん春くん大好きだから。」

春はなにも言わずに志津希の頭を撫でてバイクにエンジンをかける。凪都はもう一度春に頭を下げた。バイクの軽快なエンジン音が響いてだんだんと遠くなる。志津希は凪都の手をぎゅっと握りながら小さくなる春の背中が見えなくなるまでずっと見つめていた。
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