君に心を

河嶋 亜津希

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沈黙がふわりと流れる。その中で鳴り止まない胸の音が志津希は気になって仕方なかった。凪都に聞こえてしまうんじゃないかという気持ちが余計に心臓を刺激する。

「あ、あのねっ…」

勇気を出して声を振り絞ったのは稲瀬が出て行ってからしばらくたっていた。

「志津希。無理はしなくていいよ。」

凪都は少し困ったように笑う。志津希の悲しみがぐっと込み上げていた。きっと凪都はもう志津希が全てを知っていることを悟ったらしい。辛いのは凪都なのに志津希が泣きそうになっていた。

「ぼ、僕は凪都が嫌いじゃない、から…本当にっ。話がしたかったのは多畑くんに全部聞いて…凪都に謝らなきゃいけないと、思って…」

うまく言葉にできない。どうにも凪都の前では自分がコントロールできなかった。他人を引き寄せたくない。なのに志津希はずかずかと凪都の中に入って行こうとしている。正直少し怖かった。このまま近づけば駄目な方向に向かって行く気がした。

「なにも知らないのに勝手なこといってごめんね…」

だけど凪都を傷つけてしまったままでいられなかった。他人につけられた傷がこびりついてなかなか取れないのは志津希が一番よく知っている。一生引きずることになる。志津希は凪都にそうなってほしくはない。

「…」

凪都は黙っていた。凪都がどんな表情をしているか志津希は確認することができない。講堂の鐘が鳴って夜の七時を知らせる。

「志津希は、…」

口を開いた凪都は一旦間をおいて志津希の肩をそっと触れた。やっと志津希の視界に凪都の姿が写る。凪都はたまらなく優しい顔をしていた。ぎゅっと心臓が締まる。

「優しいね。」

志津希は泣きそうになった。凪都の言う優しいが志津希にはわからない。志津希は優しさも思いやりもないのだ。他人に優しさを振りまいても無駄なことを志津希は知っていた。どうせ裏切られるなら最初から関わらないほうがいい。自分も相手も不快な思いをしなくて済む。なのに志津希は凪都との関わりを持とうとしているではないか。矛盾だ。

「、凪都のほうが優しいよ…」

振り絞った声が出した言葉はこんなものだった。どうすればいいか志津希には全くわからなかった。

「ふ、あははっ!」

耳に飛び込んでくる笑い声。志津希は驚いて爆笑する凪都を見た。

「な、っに?」

まさか笑われるとは思っていなかった志津希は驚きすぎて吃ってしまう。

「ごめん、ごめん。あー笑った!」

笑いすぎて涙目になっている凪都が志津希の頭に触れた。なんだか安心した。凪都は志津希を責めてはいなかった。

「志津希、ありがとう。」

「お礼言われるようなこと、やってないっ!」

わしゃわしゃ頭を撫でる凪都の手を押しのけながら志津希は抵抗する。しばらくふたりはじゃれ合う。お互いの存在を確かめ合っているようだった。志津希は切れることがなかった凪都との関係に自分が安心していることを気付かないふりをした。

「俺を拒否しないだけでも充分ありがとうだよ?志津希。」

志津希に向けられる目線がなんだか居心地を悪くさせる。拒否、…。凪都の言葉を頭の中で噛み締めた。凪都は拒否をされたのだ。一番近い存在の父親から。志津希はまた後悔の念に苛まれる。本当に馬鹿だ。しゅんとしたのがわかったのか凪都は志津希を見てもう一度笑った。 

「志津希。手出して?」

「手?」

「うん、手。」

いわれるがまま手を差し出す。ぎゅっと凪都の手が志津希の手を包み込んだ。凪都の体温が伝わる。

「これからよろしく。」

にこにこと嬉しそうに凪都は言う。きらきらとなにかが輝いて見えた。志津希の目には凪都が写っている。志津希は凪都が眩しくて仕方なかった。
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