君に心を

河嶋 亜津希

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「とってもお似合いです。」

にこにこと綺麗な笑顔を貼り付けた店員が志津希と凪都を交互に見比べる。志津希はどぎまぎしながら凪都に目で助けを求めた。ふらっと凪都に手を引かれて立ち寄った服屋であれよあれよと言う間に志津希は試着室に押し込まれていた。凪都の選んだ服を着るしかない状態で志津希は半分ヤケクソになって袖を通した。凪都は志津希の助けて信号を無視して店員に負けない綺麗な笑顔を浮かべている。

「いいね、志津希。似合ってる。」

「あぁー…うん、ありがとう。」

どう反応していいかわからない。買わせるオーラプンプンの店員が服に合う小物なんかを出しているのがわかって志津希は逃げ出したくなった。凪都は志津希をどうしたいんだろうか。まさか着せ替え人形にする気?志津希は考えてぞっとする。

「そちらのスプリングニットですとアクセサリーはこちらのシルバーバングルなんかいかがでしょうか?」

店員は志津希の手を取ってすっとシルバーのシンプルなバングルをはめる。アクセサリーなんて普段はつけないけどあまり主張していないデザインが良い。志津希は思わず目を輝かせた。

「可愛い、…」

「細いタイプですし重さも感じませんよね。お似合いです!」

自分の手首に収まるバングルを見つめる。なんだかしっくりきた。

「じゃあ今試着してる服そのままきて帰ります。バングルも。」

「え、」

「ありがとうございます!ご用意しますね!」

驚いて凪都を見ると凪都は満足気に笑っていた。店員は引き止める暇もなくさっさと準備に行ってしまう。志津希は慌てて凪都に迫った。

「凪都っ」

凪都が志津希に買い与えようとしているのは安易に想像できた。凪都は人差し指を唇の前で立ててさっと試着室に入る。いきなり狭い箱に閉じ込められて志津希の心臓がどくんと締まった。

「これ、似合ってるね。」

凪都はゆっくり志津希の手首を持ち上げる。シルバーのバングルが照明に反射した。凪都はそのまま音を立てて唇を落とした。志津希は息が詰まって抵抗できない。

「服も、志津希にぴったり。」

「な、ぎとっ」

いつ店員が帰ってくるかわからない。狭い試着室はふたりを密着させる。凪都は味わうように志津希にキスをしていく。志津希はふにゃふにゃと体の力が抜けていくのを感じていた。距離感がわからない。凪都は志津希が抵抗しないのを理解している。志津希の理性は簡単に欲望に負けてしまう。凪都に触れてみたい。触れてほしい。

「志津希。しゃんとしてね?」

「へ?んんっ!」

にやりと笑った凪都は貪るように唇を重ね合わせた。ただでさえ力が出ないのに志津希は完全に凪都にもたれかかってしまう。凪都の舌が志津希の唇をなぞっていく。まただ。また凪都に流されていく。本当は駄目なのに離れなきゃいけないのにこんなにも近くにいる。志津希は残り少ない力を振り絞って凪都を押し返した。

「っ…はぁ…馬鹿じゃないの、」

肩で息をしながら凪都を睨む。悪態をついた志津希を凪都は笑っていた。志津希はそのまま試着室から脱出して凪都と距離をとった。

「お待たせいたしました。お会計あちらです。」

ちょうど店員が向かってきた。志津希はうっと息を詰まらせる。すると志津希の頭にいつもの手が触れた。

「店の外で待ってて?」

整った笑顔がむかつく。志津希は軽く凪都の足を蹴って逃げるように店の外へ飛び出した。
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