君に恋を

河嶋 亜津希

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奈津希は心臓が張り裂けそうだった。ドアの向こうには春がいる。夕飯を食べて片付けは春が引き受けてくれた。奈津希は春に甘えてゆっくりと風呂に浸かっていた。

『奈津、俺もうベッドにいるから風呂上がったらこいな。』

風呂場のドア越しに春は言った。どうやら春は今日も春と同じベッドで奈津希を寝かせるらしい。昨日はいろいろ疲れていてリビングから意識がなかったが今日は違う。昔は春と同じベッドで寝るなんてなんとも思っていなかった。でもそれはお互い子供だったからだ。しかも春のベッドはシングルでいくら奈津希の体が小さいといってもくっ付いていなければ落ちてしまう。ぐるぐると考え込んで奈津希は躊躇しながらドアを開けた。寝室の電気は消えていて窓からの月明かりとベッド近くの小さな照明だけがついている。春はベッドの上で携帯を操作していた。奈津希は後ろ手でドアを閉めゆっくりベッドに近づいた。

「俺、やっぱりソファーでいいよ?」

奈津希が困った顔で言うと春は携帯を閉じた。そのままなにも答えないで奈津希の手をぐいっと引っ張る。春の力に負けて奈津希は春の上に倒れこんだ。いきなり春の顔が目の前に現れて心臓がどきんとなった。

「駄目だ。風邪引いたら俺が志津に怒られるだろ?」 

なんで志津希?奈津希は頭に疑問を浮かべながら春の顔を見つめる。

「昨日の電話で言われてんだよ。なぁちゃんをよろしくって、だからいろ。」

春の真剣な目に思わず頷いていた。満足気に笑った春は奈津希をベッドの中に入れる。朝と同じように奈津希を腕に収めた。息遣いすら聞こえてしまう距離に春がいる。昔はなんともなかった距離だ。たまにあの頃の自分が羨ましくなる。ただ純粋に春が好きで仕方なかったあの頃。今ももちろん好きだけど奈津希自身に変化がある。ただ好きだという思いだけで突き進むことができない。臆病になってしまった。

「なんか、懐かしいな。」

「ん?」

「昔…お父さんとお母さんがいなくなったときよく春くんのベッドに潜り込んでたでしょ?」

ひとりで眠れなくてあの頃は兄弟三人固まって眠っていた。それでも奈津希は眠れなかったときがあった。体は疲れていて重たいのに目が冴えてしまう。そんなときに一緒に眠ってくれたのが春だった。真夜中に起きて春のベッドに潜り込んではぴったり春にくっついていたのだ。奈津希が唯一春を独占できる時間だった。春の奈津希を抱きしめた腕に少し力が入った。

「俺も怖かったんだよ…」

ぽつりと春が呟いた。その声がなんだかさみしくて奈津希は少し戸惑いながら春の胸に頭を埋める。春はそれを拒否することはなく奈津希を抱きしめながら頭を撫でた。

「奈津も志津も葉津も消えていなくなりそうだったから、俺が絶対お前らを守らないといけないってお袋と約束したんだ。」

「おばさん?」

「一番不安なのはあの子たちだからあんたはしっかりしなさいって言われた。でも…」

春は話を切って付いていた明かりを消した。目には暗闇しか見えなくなった。だけど春の体温がそばにいることを伝えている。奈津希は無条件に安心していた。

「でも、たまに本当にお前らが消えてなくなるんじゃないかって不安になって眠れなくなる日があった。そんな日に絶対奈津が俺のベッドに来た。お前を抱いて寝てたらお前は消えないって朝まで離せなかった…ガキだな。」

奈津希は声に出さず首を横に振った。近くに当たり前にいる人が突然いなくなる怖さを奈津希は知っている。もう二度あんな恐怖は味わいたくない。

「春くん、ありがとう」

「おう。おやすみ、奈津」

「おやすみ。春くん」

身を任せて奈津希は春にすり寄った。この温もりがずっと自分のものだったらいいのにと欲が出てしまう。奈津希はそっと目を閉じた。
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