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しおりを挟む遠くに行ってしまう。追いかけても追いかけても追いつかない。奈津希がいくら手を伸ばしても届くことはない。
『お父さん!お母さん!待って、!』
遠くにいる両親は奈津希を振り向いてとても優しい笑顔を向けた。
『どうしていいか分からないんだっ、志津希も葉津希も奈津希からどんどん離れて行っちゃう!』
このままひとりになってしまう。奈津希の叫びは届かないのか両親は微笑んだままなにも言ってくれない。奈津希はだんだん息が苦しくなってきた。
〝大丈夫。〟
母の口がそう動いて誰かにぎゅっと手を握られた。あぁそうだ。俺にはこの人がいた。春くんが俺を守ってくれる。春くんがいればそれでいいんだ。
「、は、るくん…」
「奈津っ、奈津希!」
奈津希がゆっくりと瞼を上げる。心配そうな春が奈津希の手を握っていた。
「おい、大丈夫か。」
春は握った手を引っ張って背中を支えながら奈津希を抱き起こした。ぼーっとした頭であてがわれたスポーツドリンクを口に入れる。体は熱いのに寒気がした。奈津希はぎゅっと春の手を握る。いつもならごちゃごちゃ働く頭も今は回っていない。
「なんか食うか?薬も飲まないとな…ちょっと待てよ」
春はスポーツドリンクのペットボトルを奈津希の口から離してサイドテーブルに置かれたビニール袋をガサガサと漁り始めた。同じ場所に置かれたデジタル時計は8時ちょうどを表示している。奈津希が一度起きてからそんなに時間は経っていなかった。春は急いで買い物に行って帰ってきてくれたのだろう。
「ほら、でこ出せ。」
奈津希が前髪をあげると冷却シートが貼られてキンと冷たさが伝わる。体の奥の熱が吸収されていく。
「食欲あるか?」
奈津希は首を振った。今はなにも食べれそうにない。春は少しだけ考えて今度は袋のなかから三つ繋がったゼリーが出てきた。春は蓋を開けてスプーンでゼリーをすくうと奈津希の口にあてがった。
「少しでいいから食え、な?」
「ん、」
奈津希の小さな口にゼリーが滑り落ちる。懐かしい安っぽいぶどうの味が広がった。ひと口ひと口入れられる。ゆっくりしか食べられない奈津希に春は根気強く付き合った。
「美味しい」
「奈津は昔からこれ好きだろ?」
「ん、」
三人同時に風邪をひいて母に食べさせてもらったのを今でも覚えている。三つ繋がったゼリーやプリンを心配性の父がいっぱい買ってきて笑いながらそんなに食べれないと母が咎める。風邪をひいて辛いのに奈津希はその光景が好きだった。ずっと母がそばにいて父も早く帰ってくる。そして隣にはふたりがいた。いつだって奈津希はひとりになったことがなかった。風邪のせいなのか感傷的な気持ちになってしまう。ゼリーを食べ終わった奈津希に春はもう一度水を飲ませて次に薬を飲ませた。その間もずっと手を握ってくれている。
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう」
「今日はもう寝てろ。」
優しく春は奈津希の頭を撫でた。奈津希に触れる場所全てが優しい。
「春くん…」
「ん?どうした、寒いか?」
甘えたい。どんなことよりも奈津希の気持ちはこれが勝ってしまった。繋いだ手を奈津希は少しだけ自分の方に引っ張る。
「…奈津」
春は驚いたように目を見開いた。だけどすぐにまた優しい表情に戻る。
「ちょっと狭いけど我慢できるか?」
奈津希は首を縦に振った。春はそれを確認してゆっくりベッドに入る。ぎゅっと抱きしめられて春の心地よい体温が奈津希に伝わった。
「…おやすみ。」
奈津希は初めて自分から春の背中に腕を回した。
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