君に恋を

河嶋 亜津希

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洗面所からリビングに向かう。リビングのテレビに朝のニュースが写っていた。志津希は先に食卓に座ってコーヒーを飲んでいた。

「…志津希。」

「お、やっと出てきた。」

志津希は奈津希を見るとにっこり笑った。食卓に朝食とコーヒーが用意されていた。奈津希はいつもの席に座る。ふたり分しか用意されていないことに奈津希は不思議に思った。

「葉津希とおばあちゃんは?」

「はぁちゃんは友達と遊びに行くって早くに出て行ったよ。おばあちゃんは町内会のクリスマスパーティーだって」

なるほどと奈津希は頷く。

「僕も食べたら出かけようと思ってるんだけど…なぁちゃん大丈夫?」

「え、」

奈津希は一瞬だけ時が止まった。だけど志津希のしゅんとした表情を見てはっと我に帰った。せっかく学校から解放されているのだから自由にさせてあげないといけない。奈津希は笑って頷いた。

「大丈夫だよ。どこか行きたい場所があるの?」

内心は誰かのそばにいたいけどそんなことは奈津希にできなかった。昨日一緒に寝てくれただけでも十分すぎる。志津希はほっとしたような表情を浮かべて少し口ごもった。

「うん、ちょっと…友達が、ね。」

「え、友達!?」

奈津希は思いもよらない答えに思わず大声を出した。志津希は本当に普段人を寄せ付けない。だからこそ奈津希は志津希が寮に入るのが不安で仕方なかった。小学校の頃に少し周りと浮いてしまっていじめられていた時期もある。そんな状況でさえ志津希は平然としていて口癖は奈津希と葉津希がいればいいだった。そんな志津希から友達と言うワードはあまりにも意外だった。奈津希は少し興奮気味に志津希に迫った。

「友達って誰っ?どんな人?」

「えっと、今のルームメイト。」

「そうなんだぁ…良かったね志津希。」

奈津希は心底嬉しかった。志津希にもちゃんと外で居場所ができたのだ。奈津希にはずっと気がかりなことで志津希がひとりぼっちになっているんじゃないかといつもひやひやしていた。志津希は言わないだけで本当はとても寂しがりやだ。繊細で周りに理解されるのに時間がかかる。その前に自分で壁を作ってしまう。そんな志津希と友達になれる人がいるだけで奈津希は安心していた。

「大袈裟だよ…なぁちゃん」

苦笑いしている志津希が興奮している奈津希を咎めた。奈津希はそれでも志津希に迫る。

「大袈裟なんかじゃないよー…あぁなんか俺安心した。今度会わせてね!」

「えー…まぁまた今度ね。」

志津希は嫌々返事をする。奈津希は少しだけ心が軽くなったように感じた。さっきの電話のことを頭から掻き消そうとしているのを奈津希は気づかないふりをした。
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