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火炎~なかったことに~

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「ありがとうシエル!助かった!!」

 テレアを助けてくれたお礼をするも、肝心のシエルの不機嫌度は一向に下がる気配がない。
 えっと……俺何かしたっけ?

「宗一さん!あなたという人は!私忙しいって言いましたよね!?やること沢山あるっていいましたよね!?なのに自分の都合で便利屋のごとく私を酷使して!!私、都合のいい女じゃありません!!あなたにとって都合のいい女じゃありませんから!!」

 なんか人聞きの悪いことを一気に捲し立てられた。
 ていうかテレアを抱えながら情操教育上よろしくないことを叫ぶのはやめてくれ。
 ちなみに、なんでシエルがここにいるかというと今回のこの作戦を成功させるために必要不可欠だったからだ。

 廃墟に行く前、俺はシエルに「この町の入り口でエナが待ってるから詳しい事情はエナに聞いて俺たちに協力してほしい」といった内容の念話を、「あの私忙しいんですけど?」という言い分を華麗にスルーしつつ例の宝玉を使い一方的に送り付けた。
 そしてシエルにはエナと共に「転移能力」でマグリドのシルクス夫妻のもとに一緒に飛んでもらったのだ。
 三日前に俺とエナの前から転移するみたいな感じで消えたもんだから、もしかしたらそういうことも可能なんじゃないかと思ったが、問題なくできたようだった。
 エナには早急にシルクス夫妻と接触してもらい「テレアは逃げ出して自分たちが保護したこと」や「リドアードが二人を罠にかけて始末しようとしている」事を伝えてもらったのだ。
 そして俺とテレアがリドアードの元に侵入し、宝玉を使って敵の情報を逐一シエルに念話で送り、それをエナとシルクス夫妻に伝えることで上手く敵の思惑を回避してリドアードを倒す……という算段だった。

 そういう経緯があったので、実は念話による会話だけでシエルとは全く顔を合わせていなかった。

「本来私が干渉するだけでも問題があるのに!なんなんですかあなたは!?なんなんですかあなたは!!??」

 大層ご立腹だ。
 気持ちはわからなくもないんだけど、今は緊急事態だからもう少し留飲を下げてほしいなぁ。

「えっと……あの……?」

 シエルに抱きかかえられている、テレアが急な事態の変化についていけず疑問符を浮かべる。

「あっごめんなさい!私はシエルっていいます。急なことで混乱してると思いますけど、今は私のことは正義の味方のお姉さんだと思ってくれればいいので」
「うっうん……助けてくれてありがとう……シエルお姉ちゃん?」
「お姉ちゃん……!いいですねその響き!もっと言ってください!!」

 なにやらエナみたいなことを言い出した。
 状況にそぐわないアホなやり取りをしていると、突然シルクス夫妻のいる方向から轟音が響き渡る。
 何事かと思いそちらに注視すると、遺跡の壁が崩れ音を立てながら一つに収束していき、岩でできた巨人を型取り始めたのだ。
 もしかしなくてもアレがストーンゴーレムか?
 リドアードの話では二体出てくるはずだったが一体しかいないところを見ると、この遺跡の防衛機能は大分死んでいるということなんだろうか。
 ストーンゴーレムが巨大な腕を振り上げ、シルクス夫妻を叩き潰そうと一気に振り下ろす。
 二人はそれを難なく回避したものの、そのせいで「アークバインド」の魔法が消失してしまい、拘束されていた連中が自由になってしまった。

「よくも……よくもやったな……!」

 リドアードが怨念の籠ったような鬼のような形相で俺を睨みつけてくる。
 この状況になって、ようやく俺に嵌められたことに気が付いたようだ。

「ガルムス、そいつを殺せ!!こうなった以上もうそのガキもいらない!!二人まとめて殺せぇ!!!」

 口角泡をまき散らしながらリドアードがガルムスに向かって叫ぶ。
 それを受けてガルムスが腰の剣を抜き、俺たちを殺気を込めた目で睨みつける。

「シエル、テレアのこと頼めるか?」
「それはいいですけど、大丈夫ですか宗一さん?あの人今ここにいる人間の中で一番強いですよ?」
「そんなことはわかってるよ。だからこそテレアのことを頼むって言ってるんだよ」

 一瞬シルクス夫妻が助けに来てくれないかな……とか期待したが、二人はストーンゴーレムの対処に手間取っているらしく、救援は望めないだろう。
 それならエナは……というとストーンゴーレムとの戦いに巻き込まれてしまっており、シルクス夫妻の補助で手一杯になっているようだ。
 俺がやるしかない。

「お兄ちゃんダメ!この人と戦ったら……テレアも一緒に戦うよ!」
「いいからここは俺に任せておけって?俺ほとんど何もしてないから、少しくらいかっこいいところを、テレアに見せてあげたいんだよ」
「そんな……!お兄ちゃん!!」

 必死で俺を引き留めようとするテレアをシエルが制止し後ろに下がらせていく。
 テレアについてはシエルに任せておけば大丈夫だろう。
 色々と残念なシエルだけど、心強さだけで言ったら誰よりもずば抜けてるからな。神様見習いだし。

「お前さんに恨みはないが、雇い主が殺せというなら殺すしかない。衛兵とはそういうものだ」
「少しくらい私情を挟んでくれてもいいんじゃないの?」

 問答無用とばかりにガルムスが剣を構える。
 わかってはいたが、いつぞやの槍の男と同じで俺の軽口なんてまったく聞く耳持たない感じだった。
 俺も廃墟に行く前に急ぎで新調した剣を、腰から引き抜き構えた。

「ああそうだ、最初に言っとくけど俺を殺すなら俺が服を着てる間にしないとダメだぜ?」
「何言ってるんだお前は?」

 ちゃんと忠告したぞ?
 さてと……まともに戦っても勝ち目なんてないからな……ここは先手必勝!
 俺は魔力を活性化させて、以前テレアに教わった身体強化を発動させる。
 今の俺が使うと10秒も経たずに魔力がすっからかんになるんだが、その10秒の間でなんとか隙を作って服を脱ぐ時間を作らないと……!
 強化された脚力でガルムスの側面に回り込む。
 そしてガルムスが視線を俺に向けた瞬間―――

「フラッシュ!!」

 閃光魔法でガルムスの視界を奪った。
 そして身体強化を維持しつつ、ガルムスに切りかか―――

「……え?」

 ―――ろうとした瞬間、俺の胸から鮮血が噴き出していた。
 痛みが遅れてやってくる。

「ぐっぐあああ!!!??」

 強烈な痛みに耐えきれなくなり、俺は地面に倒れこんだ。
 何なんだ!?いつ斬られた!?いつの間に斬られた!?

「身体強化を使ってきたことには少し驚いたが、その後の動きがバレバレだ」

 辛うじて顔を上げると、ガルムスが剣を横薙ぎにしたままのポーズで俺を見下ろしていた。
 剣の切っ先には俺の血が付着し、地面に滴り落ちている。
 倒せるなんて思っちゃいなかったが、まさか一太刀も入れられないなんて……。

「ぐっ……このぉ……」

 剣を床に突き立てふらふらになりながらも、それを支えにして立ち上がる。
 どうすんだこれ?このざまじゃ全裸になる暇すら与えてもらえそうにないぞ?
 シエルに足止めしてもらってその間に……ダメだ、そうしたらテレアが無防備になる!
 まだテレアの拘束は解かれてないし、何が起こるかわからない今の状況でテレアを一人になんてさせられない!
 何とかして全裸にならなきゃ……でもどうやって?

「あっ……あれ?」

 突然俺の身体が強烈な倦怠感に見舞われる。
 こんな時に魔力切れ!?やっぱり今の俺の魔力量で身体強化とフラッシュを使うのは無謀だったのか……。
 立っていることすら困難になり、再び俺は地面に倒れこんだ。
 魔力切れで動けなくなった俺を、胸から流れ出る血が確実に弱らせていく。
 考えるんだ……考えることができるうちはまだ……。

「どうやらここまでのようだな?もう少しできるんじゃないかと思ったんだが……気のせいだったか」

 俺を見下ろしていたガルムスが、つまらなさそうにため息を吐いた。
 畜生……手も足も出なかった……ご自慢の魔法剣とやらも使わせることができなかった……。
 ……魔法剣……魔法……まほう?

「なあ……あんたさ?火の魔法って……使えるのか?」
「使えるとしたら何なんだ?」
「もうひと思いに火の魔法で燃やしてくれない?痛いのはもう……嫌なんだよ……」

 朦朧とする意識を必死に繋ぎとめて、なんとかガルムスに懇願する。

「俺の故郷じゃ……死んだ人間は火葬するのが……決まりでさ……」
「そうか……いいだろう、ひと思いに骨まで残らず燃やし尽くしてやろう……感謝しろ」

 俺の懇願を受けたガルムスが手を突き出し、巨大な火の玉を作り出して、それを俺に放った。
 その火は一瞬で俺を包み込んでいく。
 ガルムスの宣言通り、その火は俺の全てを焼き尽くす勢いで燃え広がる。
 もはや痛いとも熱いとも感じることもない俺の身体は、燃え盛る炎に包まれて徐々に崩れ落ちていく。

「お兄ちゃん!!お兄ちゃ―――ん!!!!」

 その光景を見ながら泣き叫ぶテレアの声が聞こえてくる。
 大丈夫だよ……テレア……俺は……。




 賭けに勝ったからな!!




「あっつ!!!死ぬかと思った!!!!」

 叫びながら突然起き上がった俺を見てその場にいるシエル以外の人間があっけにとられる。
 
「えっ……お兄ちゃん……?」
「ばっばかな!?あの炎の中で無傷でいられるはずがないだろ!?」

 二人の言葉を無視し、俺は自分の身体をチェックする。
 どうやら俺の予想通り、火の魔法で俺の身体より先に服のほうが燃え尽きたおかげで、無事に「全裸になったら無敵になる」能力が発動したようだった。
 斬られた胸の傷はそんな事実などなかったようになくなっており、炎と共に崩れ落ちた俺の身体の一部は何事もなかったように見事に復活していた。
 そう……いかなる致命傷を負っていても、無敵能力が発動すればそれは一瞬で回復する。
 いや回復するというより「無かったこと」になるのだ。
 シエル曰く「全裸で死にたくないという想いで生まれた能力ですから、能力が「全裸になったら死なない身体」にするためにそういう状態にしてくれるんじゃないですかね?」とのことだ。なんというアバウトさ。
 これこそが森の中で検証を行った結果、判明したこの能力の一端だった。

「おっお前は一体なんなんだ!!??」

 事態を呑み込めないガルムスが、俺に向かって驚愕の声を上げる。
 気持ちはわかるよ?骨まで残らず燃やす宣言したのに、その相手が何事もなかったように起き上がってきたんだからさ?しかも今までのダメージを回復してさ?そりゃ混乱もするってもんだ?
 つーか俺さ忠告したよね?

「だから言ったじゃん?俺を殺すなら服を着てる間に殺せってさ?」
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