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国章~事件の幕開け~

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 一座の公演が終わってから30分ほど過ぎた頃、ようやくラフタさんが俺たちの座る座席へとやってきた。

「またせちゃってごめんな?んじゃ今から座長のところへ行くから付いてきて!」

 こうして俺たちはラフタさんへと案内され会場を後にし、団員たちが寝泊りをする仮設の宿舎へとやってきた。
 宿舎の中では今日の公演を無事に乗り越え、思い思いに羽を伸ばす団員たちがあふれていた。
 ざっと見て20~30人はいて、それに対し仮設宿舎の部屋数は3つほどしかないようだ。
 寝るときなどはこの人数がそれぞれの部屋ですし詰め状態になるのだろうか?
 そんなどうでもいいことを思いながら、団員たちに適当に挨拶していくラフタさんの後に続いていくと、この世界の言葉で「座長の部屋」と書かれたプレートの掛けられた扉の前の到着する。

「座長ー!入るよー!」

 ラフタさんがそういうと、ノックもせずに扉を開けた。
 そのあまりの思いっきりのよさに思わず戦慄してしまった。

「例のフリルを見つけてくれた三人を連れてきたよ!」
「ん……ご苦労さん」

 ラフタさんに座長と呼ばれたご老人が、寝ていたベッドから身体を起こした。
 よく見ると傍らにはフリルが座っている。

「ようこそいらっしゃった……わざわざ来てもらってすまないね」

 そこまで言ってその老人が軽く咳き込む。
 それを見たフリルが老人の背中を優しくさすっていた。

「……おじじ、あまり無理しないで」
「ほっほっほ……大丈夫じゃよフリル」

 どうやらこの人がこの一座の座長さんで間違いないようだ。
 見たところかなりのお歳のようだ。

「儂がこの一座の座長のルーデンスじゃ。君たちがフリルを見つけて保護してくれたそうじゃないか」
「あっいえ、なんか完全になりゆきでそうなっただけで」

 ついいつもの軽口で返してしまった俺に対し、ルーデンスさんがしわくちゃになった顔をほころばせる。

「フリルとラフタから聞いていた通り、面白そうな若者じゃないか、ほっほっほっほっ」
「……ね?」
「ラフタさんにはともかくフリルにだけは言われたくないな」

 まあ、ラフタさんも俺のカテゴリーの中ではギリギリで「変な人」に片足突っ込んでるんだが。
 ……ってそんなことはどうでもいいだよ。

「えっと単刀直入に聞きますけど、俺たちに何か御用でしょうか?」
「そう警戒せんでも大丈夫じゃよ、儂はただ本当にフリルのことでお礼を言いたかっただけじゃからな」

 ヤクトさんの一件があったせいで、お礼という単語に対してつい身構えてしまう。
 こういっては何だがあの人のお礼はちょっと度が過ぎてるからなぁ……。

「一座の公演を見てくれたのじゃろう?どうじゃった?」
「最高だったでしたよ?なあ二人とも?」

 感想を求められたのでここに来るまで無言だったエナとテレアにも振ってみた。

「はい!今日は楽しませていただきました!」
「テレアもこういうの初めて見たんだけど、すごく楽しかったよ!」
「そうかそうか……そう言ってもらえるのはいつの世でも嬉しいもんじゃよ」

 二人の感想を聞いて、ルーデンスさんが本当に嬉しそうに笑う。
 本当にこの一座のことが好きなんだろうな……というのがその笑顔から見て取れた。

「特にフリルの歌なんて凄かったですよ?このエナなんて大号泣でしたからね?」
「ちょっと!なんで今それを言うんですか!?」
「……エナっち子供みたい」
「エナっち!?」

 突然のあだ名授与にエナが驚きの声を上げた。
 そんな俺たちの様子をルーデンスさんがニコニコと眺めている。

「時にお前さん方は冒険者だと聞いたのじゃが」
「はい、一応」
「テレアたちは今、エルサイムに向かってる最中なんだよ」

 俺たちの返事を聞いたルーデンスさんが目配せすると、ラフタさんがポケットからなにやら布のようなものを取り出し、俺たちに渡してきた。

「えっと……これは?」

 突然渡された謎の布に対し、わけがわからずついルーデンスさんに聞き返してしまう。

「その布のエンブレムに覚えはないかの?」
「エンブレム?」

 そう言われて改めて布をよく見ると、何やらエンブレムのようなものが書かれていた。
 エナが肩越しにのぞき込んできたので、身体をずらし見えやすいようにしてあげると、それを見たエナが口を開く。

「これ国章ですね。国のシンボルみたいなものです」
「ほう?わかるのか?」

 エナの答えを聞いたルーデンスさんが、思わず身を乗り出してきた。

「でも見たことがないですね……アーデンハイツの国章に似てる気がするんですけどそれとも違う気がします」
「国章であることに間違いはないのかの?」
「はいそれは間違いないです……でもこんな国章はちょっと記憶にないですね」

 エナのその言葉に、身を乗り出していたルーデンスさんが残念そうに顔を伏せる。
 自分の記憶を探るべく頭を捻るエナだったが、結局覚えがなかったようで国章の描かれた布をラフタさんに返した。

「えっと……この国章がなにか?」
「実はのう……それはフリルの両親の手がかりなんじゃよ」

 予想以上の重要アイテムだった。
 一連のやり取りを見ていたフリルが、なんだか批難するような顔でルーデンスさんを見ながら口を開いた。

「……おじじ、それについては私はもうどうでもいい」
「そう言うわけにはいかん、儂が生きてるうちにお前の両親を見つけてやらんことには、死んでも死に切れんわい」

 二人のやり取りを見てなんで俺たちがここに呼ばれたのかようやく合点がいった。
 自分を保護してくれたフリルから、俺たちが冒険者だと聞いてもしかしたらさっきの国章について知ってるかもしれないと思って、俺たちを呼んだのだろう。

「……私の家族はこの一座のみんなで、私の親はおじじだから」
「その言葉はもう耳にタコができるほど聞いたわい」

 フリルの様子を見るに、自分の本当の両親についてはさほど興味がないように見える。
 そういう想いに至るほど長い時間をこの一座で過ごしてきたのかもしれないな。

「お前さん方も大体察してくれたと思うが、この一座の団員は自ら志願して入団してきた子たちじゃが、フリルの事情は少し特別でな……12年前にある国で公演を終えたあと一座の仮説宿舎の前に戻ると、生まれて間もないフリルがそこに捨てられておったんじゃよ」

 予想以上のヘビーなフリルの事情に、場の空気が少し重くなる。

「その時フリルを包んでおった布にその国章が刻まれておってな?その国章こそが手掛かりだと思って今もこうして大事に保管しておるんじゃ」

 ルーデンスさんが遠い目をしながらぽつぽつと語り始める。

「なんとしてもフリルのご両親を見つけてやりたくて、今までいろんな国で公演を繰り返してきたが……儂がこの歳になって動くことすら難しくなった今でも、終ぞ手がかりすら見つからんかった。さっきお前さん方に見せたあれも国章であることはわかっておったが、どこの国のものなのかも一向にわからずじまいでな」
「ごめんなさい……お力になれなくて」
「ほっほっほっほっ、お嬢さんが気にすることではない。儂が勝手に期待してただけじゃからな」

 エナの謝罪をルーデンスさんが笑いながら返した。

「それを励みにこうして老体に鞭を打ちながら今まで頑張ってきたが……儂もこのざまじゃ。こんなことを今日初めてあったお前さん方に話すことでないのはわかっておるが、実はこの国での公演を最後に一座を解散しようと思っておる」

 その衝撃発言に、フリルとラフタさんがそろって悲しそうに顔を伏せる。
 どうやらこの二人はそのことを知っているようだ。

「勿体ないですね……お客さんの入りも見た感じ上々だったし、団員さんのレベルも高いのに」
「そう言ってくれて嬉しいよ……じゃがやはり寄る年波には勝てんわい」

 再び場の空気が重くなったが、それを打ち破るように扉が開かれた。

「お取込み中のところすみません」

 突然の来訪者に部屋にいる全員の視線が急に現れた男に集中した。

「……またお主か」
「てめぇ……もう来るなっていっただろうが!」

 途端にルーデンスさんとラフタさんの敵意がむき出しになった。
 その敵意を受けてもなお平然とした様子でその男が言葉を続けていく。

「相変わらず歓迎されてませんね私は……それはともかく例の話ですが考えてくれましたかね?」

 整った顔立ちに。腰まで届きそうな流れるようなプラチナの髪を後ろで縛り、スーツのような服を着た男がルーデンスさんの元に歩み寄っていく。
 なんだこいつ?いきなり出てきて場の空気を一気に険悪にしてきやがって。
 ふとエナを見ると、なんだか険しい表情になっていた。
 それを見て俺はこの男が何者なのかなんとなくだが察した。

「扉の向こうで話を聞いておりましたが……やはり一座を解散させるおつもりなのですね?」
「盗み聞きとはいい趣味してんじゃん」

 俺の言葉を受けて、そいつがこちらを一瞥してくる。
 だがそいつは興味ないとばかりにすぐに顔をルーデンスさんのほうに向け直す。

「一座を解散するのならそちらのお嬢さん……フリルさんを引き取りたいのですが?」
「何度も言わせるでない、お主のような得体の知れない奴に、フリルを預けるなんてもってのほかじゃ」
「……帰って」
「そこをなんとかお願いできませんかね?我々にはフリルさんのお力が必要なんですよ」

 これだけ敵意をむき出しにした相手に、平然と話を続けられるのはいろんな意味ですげーな。

「今はお客人を相手にしておる最中じゃ、悪いが帰ってくれ」
「おや?私もお客さんですが?」
「どうせ皆の制止を振り切って来たのじゃろう?お前さんと違い彼らは儂が直接招いた大事な客人じゃ、お前さんとは扱いが違うわい」
「ふむ……」

 ルーデンスさんにそこまで言われて、再びそいつが俺たちを一瞥する。

「どうやらタイミングが悪かったようですね。来たばかりで残念ですが今日はここらでお暇させていただきますか……」

 そう言って踵を返し、その男はあっさりと部屋を後にした。
 なんだったんだ今のキザ野郎は?

「ふう……すまんな気分を悪くさせてしまって」
「なんなんですか?今の明らかに怪しい野郎は?」
「ここ数日……この国で公演を始めた日からこうしてちょくちょくやってきて、フリルを渡してほしいと言ってきておってな……」

 一瞬フリルの両親の関係者なんじゃ?という考えがよぎったものの、もしそうならルーデンスさんがここまで邪険にするはずがないと、2秒でその考えを捨てた。

「さっきの人、多分カルマ教団の人だと思います」
「やっぱりそうなのか?」

 あの男を見た時のエナの表情からおそらくそうなんじゃないかと思ったが、どうやらビンゴだったようだ。
 
「あの教団は最近この国にも支部を作ったとのことだが……正直あまりいい噂は聞かんからのう……」
「はい、絶対にかかわらない方がいいと思います」

 エナが力強く断言する。
 まあ先ほどのルーデンスさんの態度を見るに、関わる気もなければフリルを渡す気もないであろうが……。

「じいちゃん!大変だ!!」

 慌てた様子で勢いよく扉を開けて部屋に飛び込んできたのは、息を切らし真っ青な顔になったダックスだった。

「どうしたダックス?騒々しいのう?」
「たっ大変なんだよ!コックルとピースケが!!」
「コックルとピースケの奴がどうかしたのか?」

 その刹那―――

「きゃ――――――!!!」

 俺たちがこのリンデフランデで関わることになる、事件の幕を開ける悲鳴が響き渡ったのだった。
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