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師弟~王様からの難題~

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 遡ること一時間前。話はメイシャさんから「気功術」を覚えないか?と言われた所まで戻ることになる。

「気功術……?」

 俺が訝しげにつぶやくも、メイシャさんは更に話を続けていく。

「私はあまりこういうことを人に言わないんだが、折角素質のありそうな奴が二人も現れたんだ。少しばかり興味が湧いてな」

 そう言ってメイシャさんがにやりと笑う。
 気功術ねぇ……それを覚えたら俺もメイシャさんみたいに、手からビームを出せるようになったりするんだろうか?

「もっとも私が教えてやれるのは基礎のそのちょっと先くらいまでだな。本気で覚えようと思ったらそれこそ年単位の修業が必要になる」

 どうやら話はそううまくはいかないようだ。
 どうしたもんかと思いながら、俺の前に立っているテレアの様子を伺ってみると、なにやら真剣な表情で考え込んでいるようだった。
 テレアも興味があるみたいだし、それならもう少し気功術とやらの話を引き出してみるか。

「気功術が出来ることで何が出来るようになるんですか? そもそも魔力とはどう違うんですか?」
「そうだな……取っ掛かりは魔法よりも難易度が高いが、扱えるようになれば魔法よりも応用も融通も効く。これは相当に熟練しないと無理だが、魔法に気功の力を織り交ぜることも出来るようになる」
「そんなことまで?」
「元々気功は人間の備わっている力の中で最も親和性が高い。魔法は使用するのに魔力を活性化させてさらにイメージを明確にして初めて発動するが、気功は発動した瞬間から自身の持つ力の全てに補正が掛かる」

 なるほど……ようするに使用者の力を総合的にブーストさせる着火剤みたいなものか。
 魔法にも織り交ぜることが出来ると聞けば、こちらとしても俄然興味が湧いてくる。

「取っ掛かりが難しいと言いましたが、基礎を習得するのにどれ位掛かるんですか?」
「早ければ今日には可能だが……まあそれ相応の苦労はすることになる」

 どうしようか……俺としてはかなり乗り気になってるんだけど、生憎やることが山ほどあるからゆっくりメイシャさんから気功術を教わる時間なんか取れないと思うんだよね。
 そんなことを思っていると、今まで黙ってメイシャさんの話を聞きながら考え込んでいたテレアが顔を上げた。

「テレアでも覚えられますか?」
「お前の持つ才能は、私には及ばないだろうが相当なものだ。本当にその気があるなら今日中に基礎だけでも出来るようにしてやろう」

 ぶっちゃけテレアは気功術なんて覚えなくても十分戦力になってくれてはいるんだが、コランズとの戦いでは自身の弱点を突かれて防戦一方になってたし、テレアなりに思うところがあるんだろうな。

「ただしさっきも言ったが、それ相応の苦労をしてもらうことになるぞ? これはお前のことを思って言ってやるが、想像以上に苦しい思いをすることになるが、それでもいいのか?」

 メイシャさんのその言葉にテレアが一瞬だけ怯えた表情になるものの、それは一瞬のことですぐさま力強い表情になり、大きく頷いた。

「……見た目よりも根性はありそうだな……おいスチカ、この城の訓練場ちょっと借りるぞ?」
「ええけど……あんまりやりすぎたらあかんで?」
「何をもってやりすぎというかはわからんが……気功術の習得事態本当はもっと時間をかけて行うものだ。それを基礎だけとはいえ今日中に覚えたいというならそれに見合った対価を払うのは当然のことだろう?」
「あかん……こいつなにもわかっとらんわ……」

 あのスチカがゲンナリしてしまっていることから、想像を絶する苦労があるんだろうな……。

「テレア、本当に大丈夫か?」
「うん……ちょっと不安だけど、テレアもっと強くなってお兄ちゃんの役に立てるようになりたいから」

 なんともはや、健気な子で……お兄ちゃん感動でむせび泣きそうだよ。

「よし、なら城の訓練所に行くから付いてこい。まずはお前の力から見せてもらう」
「はっはい!」

 そんなわけで力強く歩いて行くメイシャさんの後ろを、少し自信なさげにテレアが付いて行ったのだった。




 といった経緯が存在するんだが、まさかここまでテレアを追いこんでいるばかりか、俺まで締め落とされるとは夢にも思わなかった。
 こんなにボロボロになってるテレアを見るのはさすがに初めてだから、エナの怒る気持ちもわかるんだけどね。

「かと言って、もし死んじゃったらどうするんですか!?」
「人はそんなに簡単には死なんぞ? それにこいつもお前らが思ってる以上に根性もあるしな」

 あっけらかんと言い放ったメイシャさんを前にして、詰め寄っていたエナがなんだか毒気を抜かれたような表情になり、一歩また一歩と後ろに下がっていく。

「ダメだこの人……私とは全く違う常識で動いてる……」

 うんまあそれについては俺も同意かな?
 そんなことを呟いたエナなど眼中にないとばかりに、メイシャさんがテレアに振り返り口を開く。

「今ので感覚は掴んだだろう? もう一度さっきのように私の結界を破ったときのことを思いだして、気を身体に循環させてみろ?」
「はあはあ……えっと……」

 メイシャさんに促されたテレアが肩で息をしながらも身体に力を入れると、メイシャさんほどではないがうっすらと発光し始めた。

「よし上出来だ! わずか一時間足らずで、ここまで出来るようになるとは中々の物だ! こいつの首を絞めた甲斐もあったというものだな」

 そうか……俺が首を絞められたことも無駄じゃなかったんだな……しかしこれでテレアに何も変化がなかったら、さすがの俺も一言物申していたと思うけどね。

「身体に何か変化はないか?」
「えっと……身体中がポカポカしてて……少しだけ楽になったような……?」
「ほう? 無意識化に気功で自然治癒能力を高めているみたいだな……はは、面白いじゃないか!」

 そうやって笑いながらメイシャさんが膝をつきテレアと視線を合わせてから顔を耳元に近づけて、なにやらそっと呟いた。
 それを聞いたテレアの表情が少し驚いた物に変わった。

「さて……基礎は教えてやったがこの後はどうする? 簡単な応用なら教えてやれるがどうだ?」
「うん! テレアもっといろんなことを覚えたい!」
「そうか、また少ししんどい思いをすることになるだろうが平気か?」
「テレア、頑張るよ!!」

 あのテレアがやる気に満ち溢れている……そしてそんなテレアを見たメイシャさんがニヤリと笑った。

「おいシューイチ、こいつもう少しだけ借りるぞ? 私も本気でこいつが今日一日で、どこまで気功術を扱えるようになるか興味が湧いてきた」
「テレアがやる気になってるのに、俺がそれを止める権利なんてありませんよ」
「お兄ちゃん! テレア頑張るからね!!」

 張り切るテレアの頭をそっと撫でながら「無理だけはするなよ?」と付け加え手を離すと、先に訓練場の奥へと歩いて行ったメイシャさんの後を駆け足で追いかけて行った。

「いいんですかシューイチさん! あの人に任せてたら、テレアちゃんがボロボロにされてしまいますよ!?」
「んー大丈夫じゃないかな? 色々と俺たちの常識から外れた人だと思うけど、根は悪人じゃないだろうし、むしろ善人だろうからさ?」

 テレアのことを心配して俺に進言して来たエナにそう言って、穏便に窘めた。
 なぜそんなことを思うかって? 辛うじて俺の耳にも届いた、先ほどメイシャさんがテレアに呟いた言葉が俺にそう思わせるのだ。

「色々厳しいことを言って悪かったな」

 そう言ったメイシャさんの横顔は先ほどまでの厳しさとは打って変わって優しい表情だった。
 文字通りテレアに気功術の基礎を叩きこむために、多少無茶だと分かっていながらのあの態度だったのだろう。
 我ながら単純だと思うが、たったそれだけで俺はメイシャさんにテレアを任せても大丈夫だと思ってしまったのだ。

 ちなみこれはちょっとした後日談だが、夕食時になってようやくメイシャさんの地獄のしごきから解放されてヘロヘロになり、食事も喉を通らないほど疲弊したテレアを見て、再びエナがメイシャさんに詰め寄る光景が展開されたのだが……まあこれは余計な話だよな?



 気功術の特訓を続けるテレアとメイシャさんを訓練所に残し、客室にて今後についてみんなで話し合っていると、王様との謁見を終えたケニスさんとティニアさんが客室へとやって来た。

「お疲れ様です。どうなりました?」
「どうなったもなにも、恐らくは君の予想してる通りだと思うんだけどね」

 まあ例えそうだとしても、本人たちから詳しい話を聞かないといけないからな。
 レリスが入れてくれたお茶を飲んで一息ついたティニアさんとケニスさんの二人が、ぽつぽつと王様との謁見内容を語り始めた。

「事が事だからね……危うくグウレシア家の爵位を剥奪されそうになったが、そこはなんとか回避できたよ……条件付きでね」
「条件付き……でございますか?」

 レリスの言葉に、ケニスさんが小さく頷く。

「少なくとも三日以内に、今回の事件に関わっている僕の妹たち全員を捕まえて、国へ引き渡すことと言う難題を吹っ掛けられた」
「それは確かに難題でしょうね……」
 
 なにせケニスさんの妹たちのバックにはカルマ教団が付いてるっぽいし、そう上手くはいかないだろうな。

「とても明日書類の上だけとはいえケニスと結婚する状況ではなくなってしまったわね」
「それについては仕方ない……とは言えないな。あれほどティニアとの結婚を急がせていた妹たちのせいで結婚を遅らせるとこになるとは……皮肉だな」

 そう言ってケニスさんが力なく笑う。そりゃあ確かに皮肉もいいところだよな。

「それと明日には国中に僕の妹たちを国家反逆を目論む者たちとして指名手配のお触れを出すそうだよ。これについてはどうしようもなかった」
「爵位剥奪を免れただけでも御の字だったわね」

 王様自身もケニスさんの人となり自体は評価していたし、かなり譲歩してこの結果なんだろうな。
 これでケニスさんがもしも悪人だったら爵位剥奪どころか、この場で速攻で捕まって牢屋に叩きこまれていただろう。

「俺たちに出来ることはありませんか?」
「勿論沢山あるとも。というか君たちの協力なくして今回の件を解決させることなんて無理だろうね」
「どうか私たちに力を貸してはいただけないでしょうか?」

 言いながらケニスさんとティニアさんが揃って俺たちに頭を下げてきた。
 それに対する答えなんて、悩む必要すらない。

「勿論ですよ! そもそも俺たちそのためにこの国にきたようなもんですし」
「いや、元々は青龍の件で来たはずですけど?」
「……シューイチ、頭大丈夫?」

 あれぇ? 周りの反応が冷たいぞぅ?

「まあそれは冗談として……カルマ教団が関わっている以上、放っておいたらこの国を確実に滅茶苦茶にされますし、無視するなんてできませんよ!」
「……エナっちの言う通り」

 なんなんだよ君等は? 俺泣いちゃうぞ!?

「とりあえず今後の行動方針を決めないといけないですね」
「まず第一に妹たちの身柄を確保することだね。それさえできれば背後関係も洗い出すことも出来るだろうし」
「恐らくはもうグウレシア家にはいないでしょうね……そうなるともう探すだけで困難ですよ」

 エナの言葉にこの場の全員が沈黙してしまう。

「そういえば……この国はカルマ教団の支部とかあるんですか?」
「二か月ほど前に国によって取り壊されたよ」

 時期的には俺がリンデフランデで神獣事件に巻き込まれて奔走してる時だな。
 クエスさんも俺のおかげで教団の異常性が各国に伝わったって言ってたし、その関係でこの国の教団支部が取り壊されたとみて間違いないだろう。

「支部が残っていればそこに潜伏していた可能性もありましたが……そうなるともう自力で探し出すほかありませんね」

 この後も二時間ほど話し合いが続いたが、結局これといった案が出てくることはなく、人海戦術にて手当たり次第にこの国を探すという結論に落ち着いたのだった。
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