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次女~犯人は犯行現場に戻る~

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 テレアの掌に乗せられた錠剤を目にし、つい憎々しげにつぶやく。

「……これが?」
「うん、テレアも見たから間違いないよ」

 昨日の時点ですでに全員に神獣薬についての説明は済ませてあり、フリルが興味ありげに神獣薬を眺める。
 しかし前から思ってたけど、神獣薬ってネーミングどうにかならなかったのだろうか?

「こいつがこんなところに隠されるように配置されていたことを考えると、教団連中がこの薬を使って何か企んでるのは間違いないな」

 性悪三姉妹の足取りを追っていたはずなのに、意外な物を発見してしまったな。
 どうしようかなこれ……回収することは勿論のこと、スチカ辺りに渡せば解析してくれるかな?
 いやそれよりも、もっとちゃんとした適任者が目の前にいるか。

「フリル、悪いけど玄武を呼び出してくれないか?」
「……うい」

 俺の指示を受けたフリルが目を閉じて集中し始めると、例によって光と共にミニサイズの玄武が姿を現した。

「よお、悪いな?」
『構わん……それが例の我の力を解析して作り出されたとされる奇妙な薬か?』

 宙をふよふよと浮かびながら、テレアの手元まで近寄って来た玄武が神獣薬を興味深く眺める。

『ふむ、我の力がベースなのは間違いないが、それとは別に邪神カルマと同質の魔力も混じっているようだな』
「邪神っていうと、あの封印されているっていう?」
『左様、しかしなぜここまではっきりとカルマの魔力が……封印は解けておらぬはずだが?』
「結界のほころびから力を漏れさせて、この世界に悪影響を及ぼしてるんだろ? そういうのを利用してるとかじゃないのか?」

 それ自体は以前に玄武自体が言っていたことだ。
 つくづく、せこい手段で干渉してるなぁ……。

『それにしても、ここまではっきりとした魔力を感じるのはさすがにおかしい……』
「……邪神の分け身とかいるんじゃないの?」

 フリルのその言葉に、その場の全員が一斉にフリルへと顔を向けた。
 そうだよ! 青龍にだって分け身がいるんだし、カルマにだって分け身がいたって何ら不思議じゃない!
 しかし邪神の分け身か……できれば気が付きたくなかったなぁ……。

『なるほど、それならばこれだけはっきりした魔力も納得できるな!』
「納得してるところ悪いけど、それって相当ヤバいってことじゃないの!?」
『たしかにお主の言う通りだが、我が予想するにそこまで強力な力を持ってはおらぬと思う。もしもそうであればさすがに我も朱雀も気が付くはずだ』
「でも青龍さんの分け身みたいにわからないようにされてるんじゃ……?」

 不安げに呟いたテレアの言葉を受けた玄武だったが、首を横に小さく振ってさらに言葉を続けていく。

『もしも分け身が強力な力を持っていて我らが気が付かないように自身に細工していようと、この世界に干渉するほどの力を持ちそれを酷使すれば、さすがに感知することができる』
「ようするに、それをしてくる気配がないからそこまでの力は持ってないだろう……と?」
『そういうことだ。まあ用心するに越したことはないがな』

 本当かよ……お前さんの推理あんまり当たったことないからフラグにしか聞こえないぞ?

「とにかくちょっと話を整理しよう? えっと……教団にはカルマの分け身に相当する何者かがすでに存在していて、この薬を作るのに一役買っているってことでいいんだよな?」
『その認識で間違いない』

 しかし邪神の分け身か……よく考えればそう言う物が存在するのは当たり前のことだよな。
 奴らは宗教団体なんだから、間違いなく祀り上げるに値する何かが存在するはずだろうし……ということはその邪神の分け身がカルマ教団を生み出す切っ掛けになったとも考えられるな?
 色々と考察は捗るものの、今はそれを考えてる時じゃないんだった。

「とりあえず邪神の分け身については保留にしよう。今考えなきゃいけないのは、こうして神獣薬が見つかったという事実だ」
「もしかして、こんな風に国中にこの薬が隠してあるんじゃ……?」
「……間違いないと思う」

 だとしたらこの国は俺たちが思っている以上に危険な状況下に置かれていることになる。
 なぜならこの薬は魔力を注ぎ込むことで、人工的に暴走状態の神獣を作り出すことができる厄介な代物なのだ。
 例えば何かをトリガーとして、自動的に国中に隠された神獣薬に魔力が流れ込む仕掛けでも施されていたら、アーデンハイツの至る所で人工神獣が出現することになる。
 もしもそんな事態に陥ったら、最悪この国が地図から消えることになるかもしれない。

「まいったな……性悪三姉妹も探さないといけないのに、それと並行して神獣薬も探して回収しないといけなくなったぞ……」
「……亀ならこの薬がどこにあるかわかるんじゃ?」
『残念ながらわからぬ……ここまで厳重に隠されておるとよほど接近せねば発見には至らぬ』
「……亀にはがっかりした」
『フリルよ、もう少し我に優しくしてくれても罰は当たらぬと思うが……』

 なんか玄武が泣きそうな顔でフリルに訴えているが、そこはスルーだ。

「お兄ちゃん、どうしよう?」
「とりあえず一度エナたちと連絡を取って合流しよう。俺たちだけで判断していい問題じゃないからな」

 そう言って俺はため息を吐きながら、ポケットの中の通信機へと手を伸ばすのだった。




「なんかもう次から次へと厄介な物が見つかりますわねぇ……」
「本当にあの教団は碌なことをしませんね……」

 カルマ教団のことになると冷静さを欠くエナが、わかりやすく怒りを表情に浮かべながら吐き捨てる。
 あれからすぐに連絡を取り合った俺たちは、30分ほどで近場にあった喫茶店へと集まった。
 一つのテーブルを囲みながら例の神獣薬が見つかった件について意見を交わしていく。

「しかし、先程シューイチさんが言った通りになると考えると、相当まずいことになりますよね」
「それを防ぐためにも国中にあるかもしれないこの薬を探し出さないといけないんだけど……」

 これ一つ見つけるのに、テレアが神獣に似た気を感知し、さらに現場に張られている地味に強力な隠蔽魔法を解除しなければならないという、二段構えのプロセスが必要になってくるのだ。
 もう面倒くさいなんてもんじゃないが、見つけてしまった以上放置することも出来ない。
 放っておいて、いざという時にそこらじゅうで人工神獣が発生するなんて事態になってしまったら手遅れなのだ。

「しかしこれがあの時の変な薬なんか……ちょい見せてもらってもええか?」

 そう言ってスチカが神獣薬を指で掴み、しげしげと眺める。

「間違っても飲み込むなよ?」
「間違ってもそんなことせんわ。つーかうちがこれ飲んでも効果あるとは思えんしな」

 スチカには魔力がないからなぁ……もしかしたら一時的に魔力を得られる効果があるかもしれないけど、試すわけにもいかないしな。
 そんなことを思いながらスチカを見ていると、興味深く神獣薬を見ていたスチカが口を開く。

「なあ、こいつうちが預かってもええか?」
「それは構いませんが……何に使うんですか?」
「城の宮廷魔術師に解析させて上手いこと成分が判明すれば、この薬を見つけ出せる探知機が作れるかもしれん」
「マジかよ!?」

 思わず盛り上がってしまったが、ふとあることに気が付いて盛り上がった気持ちが一瞬で萎えた。

「……その探知機とやらが作れるとして、それが完成するのはいつになるんだ?」
「一から作ったらそら時間かかるけど、魔力探知機自体は試作品があるからそいつをちょっと改良すれば、上手くすりゃ明日には出来るで?」
「そんなに早くできるのか……」

 今後こういう事態が起きないとも限らないし、ここでスチカに探知機を作り出してもらっておけば役に立つよな……。
 それに明日には出来ると言うなら、この国にばらまかれてる神獣薬を見つけるのに一役買ってくれそうだし。

「じゃあ頼めるか?」
「もちのろんや! 任せとき! そんじゃ悪いけどうちは城に戻ってこの薬のこと調べてくるわ!」

 なんか新しいおもちゃを手にした子供のような輝きを瞳に宿らせたスチカが、神獣薬を紙で包んで懐にしまい込んで立ち上がり、ダッシュで店から出て行った。
 ああいう決めたら即実行の精神がスチカたる所以だよなぁ……あの行動力は目を見張るものがある。

「わたくしたちはどうしましょうか?」
「そうだなぁ……本音を言うと神獣薬も捜索に追加したいけど、あれを探すのに面倒くさい手順を踏まないといけないしテレアの負担も増えちゃうから、神獣薬については探知機の完成を待った方がいいと思う」
「そうなると、私たちはこのままケニスさんの妹たちを探す方針で良さそうですね」
「その肝心の性悪三姉妹がどこにいるかもわかってないわけだけど……」

 とそこで、俺は一つの可能性を思いついた。
 あの薬をあの場所で見つけてから、まだ一時間も経ってないからもしかしたら……。
 こうしてはいられないとばかりに、俺は席を立った。

「どうしました、シューイチ様?」

 そんな俺をみんなが驚いた顔で見上げて、そんな皆の気持ちを代弁するかのようにレリスが恐る恐る俺に尋ねる。

「ちょっとゆっくりしてられない事情が出来た! 誰でもいいから二人ほど俺についてきてくれないか?」
「よくわかりませんが、それならわたくしが」
「……わたしも行く」

 俺の言葉に反応したフリルとレリスが揃って立ち上がる。

「私たちは?」
「エナとテレアはここで少し休んでから引き続き三姉妹の捜索を続けてくれ! フリル、さっきの路地裏の場所覚えてるか?」
「……もち」
「よし! じゃあ急で悪いけど急いであの場所まで戻るぞ!」

 そうして俺たちは、未だ呆気に取られているエナとテレアと別れて、先程の路地裏へと急行するになった。




 五分ほど走った俺たちは、ほどなくして先ほど神獣薬の見つかったあの路地裏付近へと到着した。

「この先の路地裏で例の神獣薬が見つかったのですか?」
「ああ……俺の予想が正しければもしかしたら……」
「……誰かいる」

 建物に隠れるようにして路地裏を覗き込むと、ざっと見て四人ほどローブを被った何者かが固まって何やら話し合っていた。
 どうやら俺の予想は当たったようだ。

「何者なのでしょうか?」
「恐らくはカルマ教団の連中だ。もしもあの隠蔽魔法が解除された時にそれを感知できる仕掛けが施されているかも……って考えたら、急いで様子を見に来るだろうって思ったんだけど、ドンピシャだったな」

 要約すると、労せずとも奴らをおびき出すことに成功したわけだ。

「……シューイチ、冴えてるぅ~」
「よせやい」
「どうしましょうか?」

 このまま様子を見つつ尾行することも考えたが、もしも奴らに転移魔法を使える手段があることを考えるとそれでは逃げられてしまう。
 そうなるとこちらが取れる手段は一つしかない。

「勿論、この場であいつらをとっ捕まえて情報を吐き出させる!」
「決まりですわね……では!」

 顔を見合わせ互いに頷きあった俺たちは、意を決して路地裏へと飛び出して行った。
 突然現れた俺たちを見て、ローブを被った連中が騒然となる。

「なっ何者だ!?」
「それはこっちの台詞ですわ! そちらこそ正体を見せなさいな!」

 レリスが引き抜いた剣を構えながら、ローブを着た連中に向けて叫ぶ。
 それを受けたローブを着た人物の一人が露骨に取り乱し始めた。

「はわわ! レリス=エレニカ!!」
「……この声は……?」

 もしかしてレリスの知り合いがこの中にいるのか?
 ……そうなるともしかして……?

「にっ逃げるのです! はやく転移魔法を……!」
「させませんわ! 朱雀!!」
『任せて! アンチ・ポータルフィールド!』

 瞬時にレリスから具現化された朱雀が、転移を妨害するフィールドを展開した。
 さすが……判断が早くて頼りになるわぁ。

「悪いけど逃がしませんわよ? いい加減そんなローブを被ってないで素顔を見せなさい、マリー!」
「はうう……」

 マリーっていうと……ケニスさんの妹のうちの一人じゃねーか!?
 思わぬところで、探している人物の一人を見つけることに成功してしまったな。
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