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決意~いなくなったエナ~
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炎に包まれる町。
崩れていく城。
赤く染まる私の部屋。
逃げ惑う人々を襲う無慈悲な一撃。
心の中に渦巻く絶望感。
なぜ? どうして? 私が悪かったの?
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
流した涙すらも渇くような熱気に包まれた真紅に染まったその空間で、一人膝をつき謝り続ける少女。
そんな光景を、冷めたような目で私は見ていた。
ああ……これはあの時の夢だ。
しばらく見ないと思っていたのに、どうして今更こんなものを見せてくるのだろう?
忘れてはいけないの? 心に刻みつけておかないといけないの?
ほんの少しの幸せすら許されないの?
気が付けば涙が頬を伝っていた。
「……ここは……?」
目が覚めた時に視界に入ったのは、真っ白な知らない天井。
少し戸惑いながらも、こうなる直前の記憶を掘り起こしていく。
「そうか……私は力を使って……」
上半身だけを起こし、当時の状況を振り返る。
あの時はああするしかなかった……自分一人が倒れるだけで大好きなみんなが助かるならと、迷わず力を使うことを選んだ。
そうして私は、あの人との約束を破ってしまった。
意識を失う直前に見た、シューイチさんの後悔に押しつぶされたような表情を思い出すと、胸が苦しくなる。
優しい人だ……約束を破ったのは私だったのに、そうさせたのは自分だと言わんばかりに自分を責めていた。
そんな優しい彼だから……私は……。
「随分起きるのが早いような……」
窓の外に見える空を見ながら、今がお昼過ぎあたりだと認識した。
私が意識を失った時はすでに夕方近かったことを考えると、一日も寝てなかったのではないか?
自分の身体をあちこち触りながら、燃えるように熱かった身体の熱も収まっているのを確認する。
「身体が力に慣れてきてるんですね……」
使えば使うほど、私の身体はこの力に順応していく。それを繰り返すことで私は……。
胸の奥から顔を覗かせる絶望感を抑えるように、膝を抱えてうずくまる。
もうダメだ……これ以上みんなといられない。
私の事情に巻き込んで重荷を背負わせるわけにはいかない。
ベッドから降りた私は、裸足のまま立ち上がり体内の魔力を活性化させていく。
……倒れる前とは比べ物にならないほど、自身の魔力が高まっているのがわかる。予想されていた事態ではあるけど、今になっては都合がいい。
アーデンハイツ城で自分にあてがわれたあの豪華な一室を思い浮かべて、活性化させた魔力で道を作る。
「テレポート」
呟いた瞬間、目の前の景色がもはや見慣れた豪華な客室へと変わった。
どうにもこの部屋は自分には馴染まない……子供の頃はこれよりも豪華な部屋で過ごしていたにも関わらずだ。
「急がないと……!」
急いで服を着替えて荷物を纏めていく最中、心の中の冷静な自分が「本当にこれでいいのか?」と問いかけてくる。
良くはない、これは今まで私を信じてくれていた仲間たちの信頼を裏切る行為だ。
本来なら私はここまでシューイチさんについてくる気はなかったのだ。
折を見てパーティーから抜けようと思っていた。
けれどみんなといるのは楽しくて暖かくて……シューイチさんの隣は本当に居心地が良くて……私の決意をどんどん鈍らせていった。
「……っ!?」
思わず作業の手を止めてしまった私の元へ、何者かの魔力が向かってくるを感じた。
この魔力は……シューイチさん!? 私の元へ転移してくるつもりなのだろうか?
「どうしてシューイチさんが転移を……このままじゃ……!」
咄嗟に魔力を活性させて、自身の元へと転移させない半永続的な遮断魔法を掛けた。
突然のことだったからうまく機能するかは不安だったけど、どうやら成功したみたいでシューイチさんの魔力が届かないように上手く遮断できたようだ。その証拠に何度か向かってくるシューイチさんの魔力をうまく遮断し続けてくれている。
だがこれはあくまで転移してくるのを防ぐだけの物であり、直接この場所まで来られたらアウトだ。急がないといけない。
シューイチさんは察しのいい人だ、すぐにこの場所に当たりを付けて真っすぐに向かってくるだろう。
見つかるわけにはいかない……急いで荷物をかき集め、魔力で作った収納空間へと乱雑に放り込んでいく。
そうして最後に残ったのは、透明なケースに入った花の髪飾り。
とても……とても大切な思い出の詰まった、私の宝物。
今でもこれをくれた時のシューイチさんの表情は、手に取るように思い出せる。
恐らくこれがなかったら、私はもっと早くにこうしていたはずだ。
時間がないと分かっていても、私はそれを手に取りしげしげと眺めてしまう。
中には花の髪飾りの他に、この事態をあらかじめ想定して入れておいたお別れの言葉を書いた紙。
思わず目頭が熱くなる。
「ごめんなさいシューイチさん……ごめんなさい……」
溢れそうになる涙をこらえるように、それをギュッと抱きしめた。
10秒ほどそうした後、私は壊れ物を扱うかのように透明なケースをベッドの上へと置いた。
持っていくわけにはいかない……これを見たら私の決意が揺らいでしまうから。
再びもう一度心の中の冷静な自分が「本当にこれでいいのか?」と問いかけてくる。
「いいわけないじゃないですか……でも……」
部屋の隅に立てかけられた姿見に映る自身の顔を見る。
私の瞳は以前とは比べ物にならないほど真紅に染まっていた。
「私はもう、引き返せないところまで来てしまいましたから……」
その時―――
「エナさん、レリスですわ? いたら返事をくださいな!」
ノックと共に聞きなれたレリスさんの声が扉の向こうから部屋に響いた。
その声に反応するかのように、自身の魔力を活性化させて転移の準備をしていく。
とりあえずここじゃなければどこでもいい……この場から離れないと!
二日前にみんなで作戦会議をしたあの喫茶店がふと頭をよぎったので、その周辺の景色を思い出し、そこへ向けて魔力の道を作り私は転移する。
景色が切り替わる瞬間、部屋のドアが開かれてレリスさんが入ってくるのが見えた。
「間に合った……」
まさに間一髪だった。思わず大きなため息が出る。
なるべく人目の付きそうにない路地裏へ転移したので誰にも見つかってないはずだ。
路地裏から出て周囲を見渡すと、無残にもボロボロにされた光景が飛び込んできた。
崩れた建物に散乱する瓦礫、ひび割れてでこぼこになった地面……見れば未だに火の手が止まずに完全に消化の終わっていない建物もあるようだ。
この光景はいつかの辛い記憶を揺り起こす。
復活した青龍と、カルマ教団があちこちに隠して行った神獣薬から生み出された人工神獣によって、この国は滅茶滅茶にされてしまった。
最悪この国が地図から消えるほどの絶望的状況だったにも関わらず、この程度の被害で済んでいるのはまさに奇跡と呼べるだろう。ひとえに国の兵士と冒険者……そして仲間たちの頑張りの賜物だ。
そんなことを考えながら歩いていると、前方から見知った馬車がこちらに向かって来ていた。
この馬車はもしかして……。
「やはりエナ君か? もしかして復旧作業の手伝いをしているのかい?」
「ケニスさん!」
馬車から降りてきたケニスさんが、私の元へと駆け寄って来た。
ケニス=グウレシア……レリスさんの姉であるティニア=エレニカさんの婚約者……。
実のところ、私はこの人がちょっと苦手だ。
あのシューイチさんですら全幅の信頼を寄せるほどの人だ、私も一定の信頼を置いてはいるものの、この人の前に立つと心を覗かれる感覚がしてしまい、どうにも一歩引いてしまう。
いや……恐らく実際に心を覗かれているのだろう。
「これからハヤマ君のところに行くところなんだけど、もしよかったら一緒に……?」
そこまで言いかけたケニスさんの表情が怪訝な物に変わった。
「どこへ行くつもりなんだい?」
「……特に決めていません」
「彼らには話したのかい?」
「……いいえ」
ケニスさんが悲しそうに顔を伏せる。
やはりそうだ……この人は相手の考えていることがわかるのだ。それならそれで話は早い。
「私とここで会ったことは内緒にしてもらっていいですか?」
「君が以前から、彼らに対し何かしら引け目を感じて一線を引いているのはわかっていたけど……こうして何も言わずに姿をくらまさないといけないほどのことなのかい?」
どうやら完全に私の思考を読めているというわけではないようだ。
恐らく相手が自分を信頼すればするほど、思考を読む精度が上がっていくのだろうと、私は勝手に結論付けた。
「……わかった、彼らには内緒にしておくよ……絶対に「言わない」から安心してくれ」
「ごめんなさい……それでは私は急ぎますから」
ケニスさんへ一礼し、そのまま横を通り過ぎる。
振り返りこそするものの、彼は私を呼び止めるようなことはしなかった。
さて……どこへ行こう?
衝動的に出てきた関係で、明確な目的地を決めていたわけではないのだ。
「……久しぶりに先生に会いたいな……」
脳内に浮かぶのは魔法と蒸気の国と呼ばれるクルテグラ王国。あそこには私の魔法の師匠とも呼べる先生がいる。
柔和な表情を浮かべるあの人の顔が見たくなった私は、ひとまずの目的地をクルテグラへと決めた。
再び人目のつかない路地裏へと身を隠した私は、壁にもたれながら魔力を活性化し高めていく。
ここからクルテグラまでの距離は、馬車で行こうと思ったら一か月は覚悟しなければならない距離だ。
それほどの距離を転移で飛ぶことが出来るか不安はあるが、今の私の魔力量なら恐らく可能だろう。
先生の元にいきなり飛ぶこともできるけど、いきなりでは驚かせると思った私は、あの懐かしい蒸気に包まれた街並みを脳内に思い浮かべていき、そこへ魔力の道を作っていく。
これが最後の警告ですよ……本当にこれでいいんですか?
「……いいんですよ……遅かれ早かれこうなっていたはずですから」
誰に言うわけでもなく、そう呟いた私は転移の魔法を唱えた。
さようなら……大好きなみんな……大好きなあなた……。
「本当にエナお姉ちゃんいなくなっちゃったの?」
テレアの不安そうな声に、俺は小さく頷いた。
エナがいなくなり茫然自失となってしまった俺は、立ち上がる気力すら湧いてこずエナの部屋のベッドの傍でへたり込んだままだった。
そうしているうちにレリスが皆に声を掛けて、この場所へ集めてくれたらしい。
「なんでやの……なにかうちらに不満でもあったんか……?」
「恐らくそういうことではないと思いますが……」
「……昨日までは普通だった」
そう普通だったのだ。エナはいつも通り頼りになる俺の参謀みたいなポジションで、皆と共にこの国を守るために戦ってくれていた。
もしもいなくなった原因があるとすれば、多分一つしかない。
「天力とやらを使ったから……」
「でもリンデフランデの時にも、エナお姉ちゃんは同じことになったけど、その時はこんないなくなったりしなかったのに……」
何時までもこうして呆けている場合ではない、考えろ……あの時は何が違うんだ?
天力を使うほどに真紅に染まっていったエナの瞳が、多分ヒントなのだろうが、そこで思考が停止してしまう。
考えれば考えるほど、自分がエナのことを何も知らないことを痛感させられた。
「よくよく考えれば、わたくしたちエナさんのことを何も知らないですわね……」
「……どこで生まれたのかも知らない」
「シュウは何か聞いてないんか? 一番付き合い長かったんやろ?」
「聞いてたらここまでうろたえてないよ……」
何度かエナの元に転移できないか試したが、それも無理っぽいし……これでは完全にお手上げだ。
エナが宝物にすると言ったこの花の髪飾りを置いて行ったということは、俺たちと完全に決別したと見ていいだろう。
なんで何も言ってくれなかったんだよ……どうしてこの髪飾りを置いて行くようなことしたんだよ……!
けれど心に中に渦巻く怒りにも似た感情は、エナではなく自分へと向けられていく。
俺がもっとちゃんとエナの話を聞こうとしておけば……踏み込んで今の関係が壊れるのが怖いからと、目を背け続けてた結果がこれだ。
自分自身が許せなくて殺してしまいたくなる。
「やはりここにいたか……みんなちょっといいかな?」
開けっ放しになっていた扉から突然聞こえたその声に全員が振り返ると、そこには神妙な顔をしたケニスさんが立っていた。
「ケニス様」
「さっき町中でエナ君と会ったよ」
ケニスさんのその言葉に、俺はほんの少しだが一筋の光明を見た気がした。
崩れていく城。
赤く染まる私の部屋。
逃げ惑う人々を襲う無慈悲な一撃。
心の中に渦巻く絶望感。
なぜ? どうして? 私が悪かったの?
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
流した涙すらも渇くような熱気に包まれた真紅に染まったその空間で、一人膝をつき謝り続ける少女。
そんな光景を、冷めたような目で私は見ていた。
ああ……これはあの時の夢だ。
しばらく見ないと思っていたのに、どうして今更こんなものを見せてくるのだろう?
忘れてはいけないの? 心に刻みつけておかないといけないの?
ほんの少しの幸せすら許されないの?
気が付けば涙が頬を伝っていた。
「……ここは……?」
目が覚めた時に視界に入ったのは、真っ白な知らない天井。
少し戸惑いながらも、こうなる直前の記憶を掘り起こしていく。
「そうか……私は力を使って……」
上半身だけを起こし、当時の状況を振り返る。
あの時はああするしかなかった……自分一人が倒れるだけで大好きなみんなが助かるならと、迷わず力を使うことを選んだ。
そうして私は、あの人との約束を破ってしまった。
意識を失う直前に見た、シューイチさんの後悔に押しつぶされたような表情を思い出すと、胸が苦しくなる。
優しい人だ……約束を破ったのは私だったのに、そうさせたのは自分だと言わんばかりに自分を責めていた。
そんな優しい彼だから……私は……。
「随分起きるのが早いような……」
窓の外に見える空を見ながら、今がお昼過ぎあたりだと認識した。
私が意識を失った時はすでに夕方近かったことを考えると、一日も寝てなかったのではないか?
自分の身体をあちこち触りながら、燃えるように熱かった身体の熱も収まっているのを確認する。
「身体が力に慣れてきてるんですね……」
使えば使うほど、私の身体はこの力に順応していく。それを繰り返すことで私は……。
胸の奥から顔を覗かせる絶望感を抑えるように、膝を抱えてうずくまる。
もうダメだ……これ以上みんなといられない。
私の事情に巻き込んで重荷を背負わせるわけにはいかない。
ベッドから降りた私は、裸足のまま立ち上がり体内の魔力を活性化させていく。
……倒れる前とは比べ物にならないほど、自身の魔力が高まっているのがわかる。予想されていた事態ではあるけど、今になっては都合がいい。
アーデンハイツ城で自分にあてがわれたあの豪華な一室を思い浮かべて、活性化させた魔力で道を作る。
「テレポート」
呟いた瞬間、目の前の景色がもはや見慣れた豪華な客室へと変わった。
どうにもこの部屋は自分には馴染まない……子供の頃はこれよりも豪華な部屋で過ごしていたにも関わらずだ。
「急がないと……!」
急いで服を着替えて荷物を纏めていく最中、心の中の冷静な自分が「本当にこれでいいのか?」と問いかけてくる。
良くはない、これは今まで私を信じてくれていた仲間たちの信頼を裏切る行為だ。
本来なら私はここまでシューイチさんについてくる気はなかったのだ。
折を見てパーティーから抜けようと思っていた。
けれどみんなといるのは楽しくて暖かくて……シューイチさんの隣は本当に居心地が良くて……私の決意をどんどん鈍らせていった。
「……っ!?」
思わず作業の手を止めてしまった私の元へ、何者かの魔力が向かってくるを感じた。
この魔力は……シューイチさん!? 私の元へ転移してくるつもりなのだろうか?
「どうしてシューイチさんが転移を……このままじゃ……!」
咄嗟に魔力を活性させて、自身の元へと転移させない半永続的な遮断魔法を掛けた。
突然のことだったからうまく機能するかは不安だったけど、どうやら成功したみたいでシューイチさんの魔力が届かないように上手く遮断できたようだ。その証拠に何度か向かってくるシューイチさんの魔力をうまく遮断し続けてくれている。
だがこれはあくまで転移してくるのを防ぐだけの物であり、直接この場所まで来られたらアウトだ。急がないといけない。
シューイチさんは察しのいい人だ、すぐにこの場所に当たりを付けて真っすぐに向かってくるだろう。
見つかるわけにはいかない……急いで荷物をかき集め、魔力で作った収納空間へと乱雑に放り込んでいく。
そうして最後に残ったのは、透明なケースに入った花の髪飾り。
とても……とても大切な思い出の詰まった、私の宝物。
今でもこれをくれた時のシューイチさんの表情は、手に取るように思い出せる。
恐らくこれがなかったら、私はもっと早くにこうしていたはずだ。
時間がないと分かっていても、私はそれを手に取りしげしげと眺めてしまう。
中には花の髪飾りの他に、この事態をあらかじめ想定して入れておいたお別れの言葉を書いた紙。
思わず目頭が熱くなる。
「ごめんなさいシューイチさん……ごめんなさい……」
溢れそうになる涙をこらえるように、それをギュッと抱きしめた。
10秒ほどそうした後、私は壊れ物を扱うかのように透明なケースをベッドの上へと置いた。
持っていくわけにはいかない……これを見たら私の決意が揺らいでしまうから。
再びもう一度心の中の冷静な自分が「本当にこれでいいのか?」と問いかけてくる。
「いいわけないじゃないですか……でも……」
部屋の隅に立てかけられた姿見に映る自身の顔を見る。
私の瞳は以前とは比べ物にならないほど真紅に染まっていた。
「私はもう、引き返せないところまで来てしまいましたから……」
その時―――
「エナさん、レリスですわ? いたら返事をくださいな!」
ノックと共に聞きなれたレリスさんの声が扉の向こうから部屋に響いた。
その声に反応するかのように、自身の魔力を活性化させて転移の準備をしていく。
とりあえずここじゃなければどこでもいい……この場から離れないと!
二日前にみんなで作戦会議をしたあの喫茶店がふと頭をよぎったので、その周辺の景色を思い出し、そこへ向けて魔力の道を作り私は転移する。
景色が切り替わる瞬間、部屋のドアが開かれてレリスさんが入ってくるのが見えた。
「間に合った……」
まさに間一髪だった。思わず大きなため息が出る。
なるべく人目の付きそうにない路地裏へ転移したので誰にも見つかってないはずだ。
路地裏から出て周囲を見渡すと、無残にもボロボロにされた光景が飛び込んできた。
崩れた建物に散乱する瓦礫、ひび割れてでこぼこになった地面……見れば未だに火の手が止まずに完全に消化の終わっていない建物もあるようだ。
この光景はいつかの辛い記憶を揺り起こす。
復活した青龍と、カルマ教団があちこちに隠して行った神獣薬から生み出された人工神獣によって、この国は滅茶滅茶にされてしまった。
最悪この国が地図から消えるほどの絶望的状況だったにも関わらず、この程度の被害で済んでいるのはまさに奇跡と呼べるだろう。ひとえに国の兵士と冒険者……そして仲間たちの頑張りの賜物だ。
そんなことを考えながら歩いていると、前方から見知った馬車がこちらに向かって来ていた。
この馬車はもしかして……。
「やはりエナ君か? もしかして復旧作業の手伝いをしているのかい?」
「ケニスさん!」
馬車から降りてきたケニスさんが、私の元へと駆け寄って来た。
ケニス=グウレシア……レリスさんの姉であるティニア=エレニカさんの婚約者……。
実のところ、私はこの人がちょっと苦手だ。
あのシューイチさんですら全幅の信頼を寄せるほどの人だ、私も一定の信頼を置いてはいるものの、この人の前に立つと心を覗かれる感覚がしてしまい、どうにも一歩引いてしまう。
いや……恐らく実際に心を覗かれているのだろう。
「これからハヤマ君のところに行くところなんだけど、もしよかったら一緒に……?」
そこまで言いかけたケニスさんの表情が怪訝な物に変わった。
「どこへ行くつもりなんだい?」
「……特に決めていません」
「彼らには話したのかい?」
「……いいえ」
ケニスさんが悲しそうに顔を伏せる。
やはりそうだ……この人は相手の考えていることがわかるのだ。それならそれで話は早い。
「私とここで会ったことは内緒にしてもらっていいですか?」
「君が以前から、彼らに対し何かしら引け目を感じて一線を引いているのはわかっていたけど……こうして何も言わずに姿をくらまさないといけないほどのことなのかい?」
どうやら完全に私の思考を読めているというわけではないようだ。
恐らく相手が自分を信頼すればするほど、思考を読む精度が上がっていくのだろうと、私は勝手に結論付けた。
「……わかった、彼らには内緒にしておくよ……絶対に「言わない」から安心してくれ」
「ごめんなさい……それでは私は急ぎますから」
ケニスさんへ一礼し、そのまま横を通り過ぎる。
振り返りこそするものの、彼は私を呼び止めるようなことはしなかった。
さて……どこへ行こう?
衝動的に出てきた関係で、明確な目的地を決めていたわけではないのだ。
「……久しぶりに先生に会いたいな……」
脳内に浮かぶのは魔法と蒸気の国と呼ばれるクルテグラ王国。あそこには私の魔法の師匠とも呼べる先生がいる。
柔和な表情を浮かべるあの人の顔が見たくなった私は、ひとまずの目的地をクルテグラへと決めた。
再び人目のつかない路地裏へと身を隠した私は、壁にもたれながら魔力を活性化し高めていく。
ここからクルテグラまでの距離は、馬車で行こうと思ったら一か月は覚悟しなければならない距離だ。
それほどの距離を転移で飛ぶことが出来るか不安はあるが、今の私の魔力量なら恐らく可能だろう。
先生の元にいきなり飛ぶこともできるけど、いきなりでは驚かせると思った私は、あの懐かしい蒸気に包まれた街並みを脳内に思い浮かべていき、そこへ魔力の道を作っていく。
これが最後の警告ですよ……本当にこれでいいんですか?
「……いいんですよ……遅かれ早かれこうなっていたはずですから」
誰に言うわけでもなく、そう呟いた私は転移の魔法を唱えた。
さようなら……大好きなみんな……大好きなあなた……。
「本当にエナお姉ちゃんいなくなっちゃったの?」
テレアの不安そうな声に、俺は小さく頷いた。
エナがいなくなり茫然自失となってしまった俺は、立ち上がる気力すら湧いてこずエナの部屋のベッドの傍でへたり込んだままだった。
そうしているうちにレリスが皆に声を掛けて、この場所へ集めてくれたらしい。
「なんでやの……なにかうちらに不満でもあったんか……?」
「恐らくそういうことではないと思いますが……」
「……昨日までは普通だった」
そう普通だったのだ。エナはいつも通り頼りになる俺の参謀みたいなポジションで、皆と共にこの国を守るために戦ってくれていた。
もしもいなくなった原因があるとすれば、多分一つしかない。
「天力とやらを使ったから……」
「でもリンデフランデの時にも、エナお姉ちゃんは同じことになったけど、その時はこんないなくなったりしなかったのに……」
何時までもこうして呆けている場合ではない、考えろ……あの時は何が違うんだ?
天力を使うほどに真紅に染まっていったエナの瞳が、多分ヒントなのだろうが、そこで思考が停止してしまう。
考えれば考えるほど、自分がエナのことを何も知らないことを痛感させられた。
「よくよく考えれば、わたくしたちエナさんのことを何も知らないですわね……」
「……どこで生まれたのかも知らない」
「シュウは何か聞いてないんか? 一番付き合い長かったんやろ?」
「聞いてたらここまでうろたえてないよ……」
何度かエナの元に転移できないか試したが、それも無理っぽいし……これでは完全にお手上げだ。
エナが宝物にすると言ったこの花の髪飾りを置いて行ったということは、俺たちと完全に決別したと見ていいだろう。
なんで何も言ってくれなかったんだよ……どうしてこの髪飾りを置いて行くようなことしたんだよ……!
けれど心に中に渦巻く怒りにも似た感情は、エナではなく自分へと向けられていく。
俺がもっとちゃんとエナの話を聞こうとしておけば……踏み込んで今の関係が壊れるのが怖いからと、目を背け続けてた結果がこれだ。
自分自身が許せなくて殺してしまいたくなる。
「やはりここにいたか……みんなちょっといいかな?」
開けっ放しになっていた扉から突然聞こえたその声に全員が振り返ると、そこには神妙な顔をしたケニスさんが立っていた。
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