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吹雪~困惑の再会~
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「きちんと確認したわけじゃないけど……あれはたしかに以前ルーデンスさんに見せてもらった国章でしたね」
思わず転移を止めて考え込んでしまう。
皆と袂を絶った私がいまさら何をと思ってしまうが、一度気になってしまうと放っておくことが出来ない性分なので仕方がない。こんなところまで先生の影響を受けなくてもよかったのになぁ……。
「もしそうならフリルちゃんの出生に関するヒントが得られるのかも……」
シューイチさんがルーデンスさんの後を継いで、フリルちゃんの生まれ故郷を密かに調べていたのを私は知っている。
神獣を探さなければならないという重大な役目がある以上、それに隠れて彼一人で独自に調べていたみたいだが、残念ながら私にはお見通しだった。
「白虎の封印を解いたという「彼ら」と関係が深そうですね……」
上手く背後関係を洗い出すことが出来れば、なぜ白虎の封印が解かれているのに暴走をしていないのかなどの謎も解けるかもしれない。
白虎には先ほど手傷を負わせたので、今なら私一人でもなんとかできるかもしれない。
いくら神獣といえど、あの力でつけられた傷をそう簡単に回復できるとは思えないし……。
「いなくなった先に来ていた冒険者のことも知っていたみたいですし、ここで帰ってしまったらもうチャンスはこないかも」
そうなれば善は急げだ。
私は再び魔力を活性化させてテレポート発動の準備をしていく。
行先は勿論……先ほど白虎と戦ったあの場所だ。
「マジック・ニードル!!」
俺の放った魔力針が白虎の眷属の方目に突き刺さり、叫び声を上げなら大きくのけぞった。
「シューイチ様、ナイスアシストですわ!!」
その隙を見逃さず、レリスが朱雀の力を乗せて強化した剣にて白虎の眷属の首を切り落とす。
「グゴアァァ……!」
首を切り落とされた白虎の眷属が、まるで煙のように搔き消えてしまったのを確認し、俺たちは戦闘体勢を解いて大きく息を吐きだした。
「どうだテレア?」
「……うん、もういないみたい」
「予想通りまたうちらのこと襲ってきたな」
どうやら俺たちは白虎に敵として認識されているのだろう。
俺たちがエナの捜索を再開してから30分ほどした後、突如現れた白虎の眷属の奇襲を受けた。
幸いテレアが感づいたおかげで、こちらに被害が出ることなく対処できたが、予想以上に倒すのに手間取ったな。
「……また襲ってくるかも」
「その可能性が高いですわね……しかし先ほどは開けた場所だったから視界も良く戦いやすかったですが、こういった林の中で襲われるのは心臓に悪いですわね」
まあ奇襲としては正しい姿なのかもしれないが、やられるこっちとしてはたまったものではない。
今回は上手くテレアが気付けて対処できたが、次は上手くいくとは限らないからな。
「う~ん……」
「どうしたんシュウ?」
「いや、このままエナの捜索を続けてもいい物かと考えてしまってなぁ……」
エナの発見と保護が俺たちの最優先事項ではあるが、白虎の眷属が介入してきたことで少し事情が変わってきてしまった。
ただでさえ雪に阻まれて捜索が難航しているのに、今後も襲い掛かってくるだろう白虎の眷属を倒しながらエナの捜索をするのは予想以上に困難を極めるだろう。
何が言いたいかというと、このままエナの捜索を続けるか、白虎の問題を先に片づけた方がいいのかの二択を迫られているんじゃないかということだ。
「たしかになぁ……このままあの虎が襲い掛かって来る中でエナのことを探すのは難しいわな」
「だろ? だからいっそのことエナのことは後回しにして先に白虎の問題を片付けるのも手だとは思うんだよ?」
「でもこのままエナお姉ちゃんのことを放っておくも危ないよね?」
「そうなんだよなぁ……」
せめてエナが今どんな状況に置かれているのか分かれば、俺たちの目的をもっと明確にできるんだけどなぁ……。
テレアの話ではどこかの洞窟で意識を失っているとのことだが。
「……テレア、エナっちはまだ動いてないの?」
「ちょっと待っててね……えっと……あれ?」
意識を集中しエナの居場所の探知を始めたテレアが、驚きと共に声を上げて目を開いた。
「エナお姉ちゃん、移動してる!」
「なんですって!?」
もしかして、俺たちが白虎の眷属に襲われている間に目を覚まして行動を再開したのか!?
「マジか!? 今どこにいるん?」
「えっと……さっきまでテレアたちが休憩してた場所にいるみたい」
完全に入れ違いになってるのかよ……そうとわかればこうしちゃいられないな!
「さっきのところまで戻ろう!」
「ええ! 急ぎませんと!」
俺たちは踵を返し、大急ぎで来た道を戻っていく。
ぼやぼやしてたらまた転移で移動してしまうかもしれないし、急がないといけない。
どうして面倒ごとというのは、一斉にやってくるのだろうか?
ただでさえ林の中を歩いていて視認性が最悪な上、雪で足を取られるので思うように進めないながらも、俺たちは必死に林を抜けていく。
「なんか気のせいか、雪降って来とらん?」
「気のせいではありませんわね……なんとなく降ってくるのではと思っていましたが、ついにですか……」
天気も崩れてきていたし、そろそろかなとは思っていたが……ていうかこんな時に降ってくるなよ!
「……吹雪いてきた」
「うう……全然前が見えない」
降りゆく雪はあっという間に豪雪へと姿を変えて、俺たちの進行を完全に妨げに来ていた。
エナに動きがあった途端にこれか……このパターンだともしかして……。
「……みんな気を付けて! また白虎さんの眷属がその辺にいるみたい!」
「はあ!? こんなときにか!?」
まさにこんな時にだからこそだろうな。
しかしまずいな、この状況で襲われるのはさすがに対処できないぞ。
林の中で視認性は最悪だし、しかもこの吹雪のせいでそれに拍車をかけているし……状況は最悪だと言える。
「さっきの岩のところまではさすがに距離があるから、途中にあった少し開けた場所へ行こう! こんなところでぼやぼやしてたら襲ってくださいって言ってるようなもんだ!」
「それはええけど、あそこまで戻れるんかうちら!?」
休憩してた岩のところまで戻るよりも距離は短い物の、それすらも困難だよな……だがそれでもここでじっとしているよりはマシなはずだ。
「テレア! とにかく今は白虎の眷属の動向に注意しておいてくれ! レリスは朱雀に頼んで今までよりもさらに強化した炎の結界を!」
「うん!」
「了解ですわ! 朱雀!」
朱雀の力でさらに強化された炎の結界に触れた雪がその熱で溶かされ消えていく。
吹雪による直接的な被害自体は避けられるものの、視認性の悪さだけはどうしようもないな……何しないよりはましだけども。
しかしこの吹雪だ、もしかしたらエナも……。
「お兄ちゃん!!」
「え?」
テレアの叫びと、俺の腹のあたりに違和感を感じるのとはほぼ同時だった。
違和感の元となる胸のあたりに視線を落とすと、白虎の眷属の太い前足から生えた鋭い爪が、俺の腹に突き刺さっている光景が飛び込んできた。
え? なにこれ?
「シュウ!?」
突然の理解できない光景に声すら出せなかった。
白虎の眷属が俺の胸を爪で貫いたまま、前足を大きく振り上げて……勢いよく振り下ろした。
自身の身体が林をすり抜け、風を切りながら飛んでいく。
自分が胸を爪で貫かれて放り投げられたことをようやく理解した瞬間、俺の身体は林を抜けて切り立った崖の上に放り出されていた。
ああ、そういえば今歩いてる林は割と崖に近いところだったな……って!?
「ぐああぁぁぁああぁ!?」
ようやく脳みそが現在の状況を理解し、それを痛みという形で俺に伝えてくる。
なんだこれ!? 痛いなんてもんじゃないぞ!?
痛みで意識がはっきりすると、今の自分の状況がはっきりと理解できる。
突然現れた白虎の眷属に胸を貫かれた挙句、勢いよく放り投げられた俺は林をうまいことすり抜けて崖に放り出されて、現在落下中ってわけか……って嘘だろ!?
「ぜっ全裸に……!」
なってる暇なんてないよな!? やばいぞ、このままだと地面に真っ逆さまに落ちて、つぶれた真っ赤なトマトエンドだ!
崖自体はそこまで高かったわけではないらしく、俺の視界には地面が見えてきている。
うだうだ考えてる暇はないな……!
「え……エア・バースト……!」
胸から全身に回っていく激痛に耐えながら、なんとか魔力を活性化させた俺は、両手を突き出しそこから魔法による突風を地面に向けて放つ。
これで落下のスピードを少しでも和らげられれば……あとはありったけの魔力で身体強化を発動させて、激突時のダメージを減らさないと……!
地面に落下した自分の姿を想像してしまい、恐れと恐怖が一瞬だけ俺の思考を支配するものの、それを頭を振って無理やり振り払って、俺は全身にありったけの魔力で身体強化を施し、地面との激突に備える。
まるでトラックにでもはねられたかのような衝撃が全身を走ったかと思うと、俺の意識は俺自身の意志を無視して真っ暗に暗転した。
「なんでこういう時に限って、吹雪いてくるんですかねぇ……」
先ほど白虎と戦った大きな岩のある開けた場所まで転移で飛んできた私は、突然の吹雪により身動きが取れずにいた。
白虎を叩きつけた巨大な岩を背にして、吹雪により真っ白になった視界の先をぼんやりと眺める。
これからどうしよう? 山の天気は変わりやすいし、この吹雪だって私の予想に反してすぐに止むかもしれない。
とはいえ一度転移でクルテグラに戻って出直すという選択もある。
「白虎はどこに消えたんですかねぇ」
もしかしてまだ近くにいるかもと思い、私は意識を集中させて周囲の魔力を探る。
特にこれといった魔力は感じられず、魔力探知を止めようとした矢先、突如何者かの魔力が膨れ上がるのをここからそう離れてないところで確認した。
その魔力を注意深く探知し続けていると、どんどん下に向けて落下しているようだ。
もしや先に山に来ていた冒険者……? でも白虎が言うには、その人たちはもうここにはいないらしいし……というかこの魔力の感じって……。
「シューイチさん!?」
叫びながら思わず立ち上がる。
なぜ? どうしてあの人がここに!? アーデンハイツにいるはずじゃ!?
そう言った疑問よりも先に私はすぐに魔力を活性化させて、今なお落下中の彼の魔力を補足して転移するために魔力の道を作っていく。
「テレポート!!」
咄嗟だからうまく彼の元に行けるかどうかは賭けだったが、視界が切り替わったのを見るにどうやらうまくいったようだ。
「シューイチさん! どこですか!?」
転移の精度が甘かったらしく彼のすぐそばに出ることが出来なかったので、私は大声で呼びかけながら吹雪の中彼の姿を探す。
凄い勢いで落下していた……恐らく地面に激突して重傷を負っているかもしれない!
「シューイチさん!! 返事してください!!!」
二分ほど探していると、吹雪で濁る視界の先に誰かが倒れているのを発見した。
「シューイチさん!!」
思わず駆け寄っていき、彼の傍らに腰を落とす。
「しっかりしてください! シューイチさん!!」
倒れてピクリとも動かない彼の肩を掴んで軽く揺さぶる。
まだかろうじて息をしているのを見て、私は少しだけ胸をなでおろしたものの、彼の胸から大量の血が流れて出ているのを見て、私の頭から血の気が引いていく。
まったく理解の及ばない状況ではあるものの、今自分が出来ることだけはわかった。
「シューイチさん、少しだけ失礼しますね……よいしょっ!」
彼の腕を私の肩に回し、どうにかして立たせた私は再び魔力を活性化させて、魔力の道を作っていく。
行先は……あの洞窟!
「テレポート!」
魔力を開放した瞬間、私の視界が先程まで私の寝ていた洞窟へと一気に切り替わった。
ここなら吹雪から身を守ることが出来るし、シューイチさんの怪我の治療に専念できる!
「シューイチさん……」
私の元に転移できないようにしていたはずなのに、どうしてここにいるのだろう?
そしてなぜこんな大けがを負って崖から落ちてきたのだろう?
色々と疑問は尽きないが、彼の顔を見てとても安心してしまっている自分もいる。
今の今までシューイチさんとは二度と会えないなんて思っていたのに……何とも言えず皮肉な物だった。
思わず転移を止めて考え込んでしまう。
皆と袂を絶った私がいまさら何をと思ってしまうが、一度気になってしまうと放っておくことが出来ない性分なので仕方がない。こんなところまで先生の影響を受けなくてもよかったのになぁ……。
「もしそうならフリルちゃんの出生に関するヒントが得られるのかも……」
シューイチさんがルーデンスさんの後を継いで、フリルちゃんの生まれ故郷を密かに調べていたのを私は知っている。
神獣を探さなければならないという重大な役目がある以上、それに隠れて彼一人で独自に調べていたみたいだが、残念ながら私にはお見通しだった。
「白虎の封印を解いたという「彼ら」と関係が深そうですね……」
上手く背後関係を洗い出すことが出来れば、なぜ白虎の封印が解かれているのに暴走をしていないのかなどの謎も解けるかもしれない。
白虎には先ほど手傷を負わせたので、今なら私一人でもなんとかできるかもしれない。
いくら神獣といえど、あの力でつけられた傷をそう簡単に回復できるとは思えないし……。
「いなくなった先に来ていた冒険者のことも知っていたみたいですし、ここで帰ってしまったらもうチャンスはこないかも」
そうなれば善は急げだ。
私は再び魔力を活性化させてテレポート発動の準備をしていく。
行先は勿論……先ほど白虎と戦ったあの場所だ。
「マジック・ニードル!!」
俺の放った魔力針が白虎の眷属の方目に突き刺さり、叫び声を上げなら大きくのけぞった。
「シューイチ様、ナイスアシストですわ!!」
その隙を見逃さず、レリスが朱雀の力を乗せて強化した剣にて白虎の眷属の首を切り落とす。
「グゴアァァ……!」
首を切り落とされた白虎の眷属が、まるで煙のように搔き消えてしまったのを確認し、俺たちは戦闘体勢を解いて大きく息を吐きだした。
「どうだテレア?」
「……うん、もういないみたい」
「予想通りまたうちらのこと襲ってきたな」
どうやら俺たちは白虎に敵として認識されているのだろう。
俺たちがエナの捜索を再開してから30分ほどした後、突如現れた白虎の眷属の奇襲を受けた。
幸いテレアが感づいたおかげで、こちらに被害が出ることなく対処できたが、予想以上に倒すのに手間取ったな。
「……また襲ってくるかも」
「その可能性が高いですわね……しかし先ほどは開けた場所だったから視界も良く戦いやすかったですが、こういった林の中で襲われるのは心臓に悪いですわね」
まあ奇襲としては正しい姿なのかもしれないが、やられるこっちとしてはたまったものではない。
今回は上手くテレアが気付けて対処できたが、次は上手くいくとは限らないからな。
「う~ん……」
「どうしたんシュウ?」
「いや、このままエナの捜索を続けてもいい物かと考えてしまってなぁ……」
エナの発見と保護が俺たちの最優先事項ではあるが、白虎の眷属が介入してきたことで少し事情が変わってきてしまった。
ただでさえ雪に阻まれて捜索が難航しているのに、今後も襲い掛かってくるだろう白虎の眷属を倒しながらエナの捜索をするのは予想以上に困難を極めるだろう。
何が言いたいかというと、このままエナの捜索を続けるか、白虎の問題を先に片づけた方がいいのかの二択を迫られているんじゃないかということだ。
「たしかになぁ……このままあの虎が襲い掛かって来る中でエナのことを探すのは難しいわな」
「だろ? だからいっそのことエナのことは後回しにして先に白虎の問題を片付けるのも手だとは思うんだよ?」
「でもこのままエナお姉ちゃんのことを放っておくも危ないよね?」
「そうなんだよなぁ……」
せめてエナが今どんな状況に置かれているのか分かれば、俺たちの目的をもっと明確にできるんだけどなぁ……。
テレアの話ではどこかの洞窟で意識を失っているとのことだが。
「……テレア、エナっちはまだ動いてないの?」
「ちょっと待っててね……えっと……あれ?」
意識を集中しエナの居場所の探知を始めたテレアが、驚きと共に声を上げて目を開いた。
「エナお姉ちゃん、移動してる!」
「なんですって!?」
もしかして、俺たちが白虎の眷属に襲われている間に目を覚まして行動を再開したのか!?
「マジか!? 今どこにいるん?」
「えっと……さっきまでテレアたちが休憩してた場所にいるみたい」
完全に入れ違いになってるのかよ……そうとわかればこうしちゃいられないな!
「さっきのところまで戻ろう!」
「ええ! 急ぎませんと!」
俺たちは踵を返し、大急ぎで来た道を戻っていく。
ぼやぼやしてたらまた転移で移動してしまうかもしれないし、急がないといけない。
どうして面倒ごとというのは、一斉にやってくるのだろうか?
ただでさえ林の中を歩いていて視認性が最悪な上、雪で足を取られるので思うように進めないながらも、俺たちは必死に林を抜けていく。
「なんか気のせいか、雪降って来とらん?」
「気のせいではありませんわね……なんとなく降ってくるのではと思っていましたが、ついにですか……」
天気も崩れてきていたし、そろそろかなとは思っていたが……ていうかこんな時に降ってくるなよ!
「……吹雪いてきた」
「うう……全然前が見えない」
降りゆく雪はあっという間に豪雪へと姿を変えて、俺たちの進行を完全に妨げに来ていた。
エナに動きがあった途端にこれか……このパターンだともしかして……。
「……みんな気を付けて! また白虎さんの眷属がその辺にいるみたい!」
「はあ!? こんなときにか!?」
まさにこんな時にだからこそだろうな。
しかしまずいな、この状況で襲われるのはさすがに対処できないぞ。
林の中で視認性は最悪だし、しかもこの吹雪のせいでそれに拍車をかけているし……状況は最悪だと言える。
「さっきの岩のところまではさすがに距離があるから、途中にあった少し開けた場所へ行こう! こんなところでぼやぼやしてたら襲ってくださいって言ってるようなもんだ!」
「それはええけど、あそこまで戻れるんかうちら!?」
休憩してた岩のところまで戻るよりも距離は短い物の、それすらも困難だよな……だがそれでもここでじっとしているよりはマシなはずだ。
「テレア! とにかく今は白虎の眷属の動向に注意しておいてくれ! レリスは朱雀に頼んで今までよりもさらに強化した炎の結界を!」
「うん!」
「了解ですわ! 朱雀!」
朱雀の力でさらに強化された炎の結界に触れた雪がその熱で溶かされ消えていく。
吹雪による直接的な被害自体は避けられるものの、視認性の悪さだけはどうしようもないな……何しないよりはましだけども。
しかしこの吹雪だ、もしかしたらエナも……。
「お兄ちゃん!!」
「え?」
テレアの叫びと、俺の腹のあたりに違和感を感じるのとはほぼ同時だった。
違和感の元となる胸のあたりに視線を落とすと、白虎の眷属の太い前足から生えた鋭い爪が、俺の腹に突き刺さっている光景が飛び込んできた。
え? なにこれ?
「シュウ!?」
突然の理解できない光景に声すら出せなかった。
白虎の眷属が俺の胸を爪で貫いたまま、前足を大きく振り上げて……勢いよく振り下ろした。
自身の身体が林をすり抜け、風を切りながら飛んでいく。
自分が胸を爪で貫かれて放り投げられたことをようやく理解した瞬間、俺の身体は林を抜けて切り立った崖の上に放り出されていた。
ああ、そういえば今歩いてる林は割と崖に近いところだったな……って!?
「ぐああぁぁぁああぁ!?」
ようやく脳みそが現在の状況を理解し、それを痛みという形で俺に伝えてくる。
なんだこれ!? 痛いなんてもんじゃないぞ!?
痛みで意識がはっきりすると、今の自分の状況がはっきりと理解できる。
突然現れた白虎の眷属に胸を貫かれた挙句、勢いよく放り投げられた俺は林をうまいことすり抜けて崖に放り出されて、現在落下中ってわけか……って嘘だろ!?
「ぜっ全裸に……!」
なってる暇なんてないよな!? やばいぞ、このままだと地面に真っ逆さまに落ちて、つぶれた真っ赤なトマトエンドだ!
崖自体はそこまで高かったわけではないらしく、俺の視界には地面が見えてきている。
うだうだ考えてる暇はないな……!
「え……エア・バースト……!」
胸から全身に回っていく激痛に耐えながら、なんとか魔力を活性化させた俺は、両手を突き出しそこから魔法による突風を地面に向けて放つ。
これで落下のスピードを少しでも和らげられれば……あとはありったけの魔力で身体強化を発動させて、激突時のダメージを減らさないと……!
地面に落下した自分の姿を想像してしまい、恐れと恐怖が一瞬だけ俺の思考を支配するものの、それを頭を振って無理やり振り払って、俺は全身にありったけの魔力で身体強化を施し、地面との激突に備える。
まるでトラックにでもはねられたかのような衝撃が全身を走ったかと思うと、俺の意識は俺自身の意志を無視して真っ暗に暗転した。
「なんでこういう時に限って、吹雪いてくるんですかねぇ……」
先ほど白虎と戦った大きな岩のある開けた場所まで転移で飛んできた私は、突然の吹雪により身動きが取れずにいた。
白虎を叩きつけた巨大な岩を背にして、吹雪により真っ白になった視界の先をぼんやりと眺める。
これからどうしよう? 山の天気は変わりやすいし、この吹雪だって私の予想に反してすぐに止むかもしれない。
とはいえ一度転移でクルテグラに戻って出直すという選択もある。
「白虎はどこに消えたんですかねぇ」
もしかしてまだ近くにいるかもと思い、私は意識を集中させて周囲の魔力を探る。
特にこれといった魔力は感じられず、魔力探知を止めようとした矢先、突如何者かの魔力が膨れ上がるのをここからそう離れてないところで確認した。
その魔力を注意深く探知し続けていると、どんどん下に向けて落下しているようだ。
もしや先に山に来ていた冒険者……? でも白虎が言うには、その人たちはもうここにはいないらしいし……というかこの魔力の感じって……。
「シューイチさん!?」
叫びながら思わず立ち上がる。
なぜ? どうしてあの人がここに!? アーデンハイツにいるはずじゃ!?
そう言った疑問よりも先に私はすぐに魔力を活性化させて、今なお落下中の彼の魔力を補足して転移するために魔力の道を作っていく。
「テレポート!!」
咄嗟だからうまく彼の元に行けるかどうかは賭けだったが、視界が切り替わったのを見るにどうやらうまくいったようだ。
「シューイチさん! どこですか!?」
転移の精度が甘かったらしく彼のすぐそばに出ることが出来なかったので、私は大声で呼びかけながら吹雪の中彼の姿を探す。
凄い勢いで落下していた……恐らく地面に激突して重傷を負っているかもしれない!
「シューイチさん!! 返事してください!!!」
二分ほど探していると、吹雪で濁る視界の先に誰かが倒れているのを発見した。
「シューイチさん!!」
思わず駆け寄っていき、彼の傍らに腰を落とす。
「しっかりしてください! シューイチさん!!」
倒れてピクリとも動かない彼の肩を掴んで軽く揺さぶる。
まだかろうじて息をしているのを見て、私は少しだけ胸をなでおろしたものの、彼の胸から大量の血が流れて出ているのを見て、私の頭から血の気が引いていく。
まったく理解の及ばない状況ではあるものの、今自分が出来ることだけはわかった。
「シューイチさん、少しだけ失礼しますね……よいしょっ!」
彼の腕を私の肩に回し、どうにかして立たせた私は再び魔力を活性化させて、魔力の道を作っていく。
行先は……あの洞窟!
「テレポート!」
魔力を開放した瞬間、私の視界が先程まで私の寝ていた洞窟へと一気に切り替わった。
ここなら吹雪から身を守ることが出来るし、シューイチさんの怪我の治療に専念できる!
「シューイチさん……」
私の元に転移できないようにしていたはずなのに、どうしてここにいるのだろう?
そしてなぜこんな大けがを負って崖から落ちてきたのだろう?
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