王子の狐

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王子の狐

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 今時珍しい高下駄、前に抱えた大きな帯、きらびやかな打掛はふきの入った裾をからげており、大きく結った横兵庫には鮮やかなかんざしと櫛がこれでもかと彩りを添えている。

 白い顔にさくらんぼのようなおちょぼ口、目尻に紅を指しているのが艶かしい。

「どちらまで?」
 声がひっくり返る。
「王子までお願い致しんす」
 見惚れて事故を起こす前に、無理矢理視線を前に戻す。
 王子までなら悪い客じゃない。そう言えば祭りがあったなと思い出す。ハロウィンの様にコスプレで練り歩くのだろうか?
 何とはなしに居心地の悪さを感じて口を開いた。

「お客さん、芸能人?」
 最悪だ。デリカシーの欠片もない。
「いや、あんまり美人だから…」
 慌てて取り繕うが、後部座席の客は声を立てずに笑った。
「芸事は多少嗜んでおりんす。有名無名はわっちの決める事では…」
 軽く首を振る。
「あ、そうですよね」
「ここで」
 いつの間にやら王子に来ていた。

「あっ!」
 メーターを倒すのを忘れていた私に、客が一万円札を三枚差し出してきた。
「いや、多すぎますよ」
 お釣りを用意しようとする間にするりと車から降りる。
「お釣りは結構でありんす」
 鈴を転がすような声だけ残して、祭の人混みに紛れていった。
 これは不可抗力だな。

 営業所へ戻り、売上を数えようとポーチを開けると、金の他に楓の葉っぱが三枚入っていた。
 数えると、きっちり三万足りない。
 あれだ。あの客だ。

「どうしたの?」

 事務のオバチャンにあった事を説明すると、けらけらと笑われた。

「王子の祭には全国に散った狐共が年に一度、帰ってくるからねぇ」

 でっぷりとした腹を揺らして更に笑う。

「さぞかし美人だったろう? 狐は美男美女にしか化けられないからねぇ」

 ぽってりした尻尾が可笑しそうに左右に振れる。

 私は乗務員帽子をロッカーに描け、蒸れた耳を掻いた。

「狸は見慣れてるが、狐は150年ぶりだよ。してやられた」

 スーツを着替える。

 一介の狸に戻った私に、ファストフードの紙袋を差し出し、事務のオバチャン狸が労ってくれた。

「こんな日もあるわよ。お疲れ様でした」

 まぁ、化かされるのもたまには悪くない。

 さて、塒に帰って寝るかな。
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