樹木母

右左上左右右

文字の大きさ
1 / 1

樹木母

しおりを挟む
 てんてんてまり はなでまり
 かわいいややこ うめたばしょ
 きれいなおはな さきみだれ
 あまいにおいで てをまねく
 てんてんてまり はなでまり
 ややこのともだち うめたばしょ
 きれいなおはな さきほこり
 あまいかおりで てをまねく
 てんてんてまり はなでまり
 てんてんてまり はなでまり

 昔、山寺に乳房を持つ木があり、乳の出ない母達が願掛けに訪れていた。
「乳の木の神様、乳の木の神様。この子が吸えるだけの乳をわけてくだせぇ」
 ある日、思い余った母が子に木の乳房を吸わせた。子は無我夢中で吸い、母は、これで子は生きられると思った。
 夜中、ドンドンと乱暴に寺の門が叩かれ、住職が何事かと飛び出すと、麓村ふもとむらのまだ若い女が立っていた。
「子が、あたしの子が居なくなって……」
「落ち着きなさい。一体どうしたんだね」
「子供が居なくなったんです。まだ歩けやしないのに」
「そりゃあ大変だ」
 動物に拐われたのか、神隠しにあったのか。
 村長の役目も担う住職は、とにかく若い母親を落ち着かせるために門の内側へ招き入れた。
「ああ……!」
 子が、あの木の乳房を吸っていた。
「坊や! 坊や!」
 乳房の木へ駆け寄り、赤ん坊を抱き締めて泣く母親を家へ帰らせ、乳房の木に住職は語りかけた。
「あれはお前の子ではない」
『あれは私の乳を吸い、生きながらえた。私の子だ』
「あれを産んだ母が、乳が出ずに悩んでいたのだ」
『ならば私が乳を与えよう』

 翌晩、再び寺の門が叩かれた。
 今度は、落ち着きを持ってゆっくりと。
「坊は、子は、またこちらでしょうか?」
 やつれた顔で訪れたのは、昨晩の若い母親だ。
 子は、二晩ふたばん続けて、乳房の木の乳を貪っていた。
 若い母親はそれを眺め、子が満足するのを待ってから、おのが子を抱いて帰った。
 乳房の木に住職は語りかけた。
「あれはお前の子ではない」
『あれは私の乳を吸い、生きながらえた。私の子だ。私が乳を与えよう』
 その翌日も、翌翌日も、更にその次の日も、毎晩、子は家から消え、乳房の木で見つかった。
 そして、毎晩、住職は乳房の木へ語りかけた。
 だが、乳房の木の返事はいつも同じだった。
「あれはお前の子ではない」
『あれは私の乳を吸い、生きながらえた。私の子だ』
「あれを産んだ母が、乳が出ずに悩んでいたのだ」
『ならば私が乳を与えよう』
 語らいは一月ひとつきに及んだ。

 その間も子は木の乳を吸い、母は毎日寺へ来て子の世話をした。
 一月ひとつきが過ぎた頃、いつもの様に子が満足するまで乳房の木の乳を貪り、子の母が子を抱くと、子の父が現れた。
「嫁と子を迎えに来た」
 苛々いらいらとした様子を隠そうともせず、子を抱いた母親である嫁の腕を掴み、引き寄せる。
「あんた、何を……」
「何をも何も、こいつが全部悪いんだろうが」
 手に持った斧で、住職の背後の乳房の木を指し示す。
「いかん、何をする気じゃ!」
「俺ぁなぁ、ここ一月ひとつき、嫁も抱けねぇ。夜もマトモに寝れねぇ。嫁と子が毎晩毎晩どこかへ消えやがる」
「やめんか!」
 斧を大きく振りかぶり、そして思いきり叩きつけた。
 乳房の木が真っぷたつに避けた瞬間、うおおおおおおおん……と山全体が震え、子が木と同じ様に裂けた。
 子の母の悲鳴が辺りを占める。
「なんと……なんと言う事だ……」
「……あああああああああ……」
 子の母は、真っぷたつの子を抱いたまま、ふらふらと山奥へと歩き入って行き、その内、見えなくなった。
 誰にも止める事が出来なかった。

 暫くして、乳房の木のあった場所には、一面、白い花が咲き乱れた。
 見た事の無い花だった。
 花は、夜毎に歌う。

 てんてんてまり はなでまり
 かわいいややこ うめたばしょ
 きれいなおはな さきみだれ
 あまいにおいで てをまねく
 てんてんてまり はなでまり
 ややこのともだち うめたばしょ
 きれいなおはな さきほこり
 あまいかおりで てをまねく
 てんてんてまり はなでまり
 てんてんてまり はなでまり

 その山には今も、真っ二つに裂けた子を抱いた女がさ迷っていると言う。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

処理中です...