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Ⅲ◆23歳・夏至 ー邂逅ー
3. …
しおりを挟むーーーポタッ……ポタッ……
頬に、上から落ちてきた冷たい雫が当たる。
夕人は恐る恐る目を開けた。
「ーーーそんなに、俺といるのが嫌……?」
そこには瞳を真っ赤にして、大粒の涙を零す速生の顔があった。
その光景を目の当たりにした夕人は、驚きよりも先にーー………ある想いが胸の中を駆け巡る。
ーーーああ。
ーーー知ってる、この、速生の表情を。
俺に初めて、好きだって言った…あの日の、あの時と同じ表情だ。
やっぱり……自分でも嫌になる程に。
鮮明に思い出せる。
5年も前のことのはずなのに。
そんなふうにはまったく思えず、まるで握り潰されているかのように胸の奥の心臓がぎゅうっと締め付けられ痛くて堪らなくて。
「夕人。
俺のこと、まだ、そんなにも嫌い………?」
「ち、違う………っ」
「じゃあ、どうして。
夕人ーー……なぁ、なんで?
なんで今日、横断歩道で、あの時ーー…俺に気付いたの?
気付いてーーー…俺の目を見て、あんな表情したんだよ?
あんなに泣きそうな、つらそうな……
俺のことを、忘れてないって表情ーーー…」
それは速生にとってーーー……
5年越しの、やっと、夕人と目を合わせることが出来た瞬間だったのだ。
(どんなに願っただろう、この時を……。
夕人が、俺を見てくれることを。
俺に目を合わせてくれることを。
こんな形で巡り合わせるなんて、まさか思いもしなかったんだ。
ーーーだけど、それでも、わかっていた。
期待なんてしていなかったよ。
きっともう、夕人は、忘れているんだと思っていた。
東京で、もうとっくに俺のことなんて忘れて、幸せに過ごしているんだろうと……。
だから………)
「気付いてないふりして、そのまま、通り過ぎてくれれば良かったじゃないか。
そうしてくれてれば、俺だってーーー…。
ーーどうして、振り返ってあの場から逃げ出したりしたんだよ?そんなことされたら、追いかけちゃうに決まってんだろ。夕人……。
何なんだよ?
なぁ、なにがしたいの。
もう、わかんねぇよーーーー……っ」
とめどなく溢れて、零れ落ちてくる大粒の涙。
速生のそのつらそうな表情、言葉、声、呼吸。
体温、胸の音、手の温もり、優しい眼差し。
すべてーーーーー
知ってるんだ。
それは全部、何よりも、愛しいものすべてだった。
思い出したんじゃない。
忘れたことなんてなかったんだ、一日だって。いつだって、常に心の中にいた。
その記憶だけを抱きしめて、今まで、何とか…生きてきたから。
「ーーっ……うっ……っ…ぐす、…っ……っう……っ」
嗚咽をおさえようと咽びながら、肩を震わせてしゃくりあげて、ただただ涙を流す速生の姿。
瞳に映る。
愛しいその、すべてーーーー。
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