アイオライト・カンヴァス 【下】【前編完結済み】

オガタカイ

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23歳・立秋 ー混ざり合い、重なるー

1.営業車のなかに満ちる葛藤と愛憎

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照りつける日差しの下、コンビニエンスストアの駐車場。

一番端のスペースに停めた営業車の中、冷房の温度を少し下げる。



(ーーー…すき焼き……?)


突然電話を切られてしまった速生はスマホの画面を見つめるが、掛け直すことはしなかった。


電話口の向こうの、夕人の背後で何が起きていたのかなんとなく察して、少し罪悪感に駆られる。



(ああ…。
いくら何でもちょっと無理言いすぎたかな……夕人もいま仕事中だっていうのに)


自分とのお決まりのやりとりに、まったく慣れた様子も見せず照れて慌てふためく夕人の態度を思い出す。



(ーーーー…ああもう。可愛すぎかよ。) 



困らせているのはわかっている。

だけど、やっぱりどこか不安で仕方なくて。




教師として、画家として……そしてひとりの夕人という人間ひととして。



名門美大を卒業して教職に就き、周りからの人望も厚く、そして数々のコンクールを受賞し続ける容姿端麗な“相模夕人”という人物。



なんだか、どんどん、手の届かない存在になってしまうようで。
 


きっと本人に自覚はないだろうが、そっちの世界ではかなり名前も知れ渡っていると、他業種の職につく速生でも知っていた。

下手すれば近々ファンと名乗るものが目の前に現れるかもしれない。



もし、変なやつに目をつけられでもしたら……。



(ーーーただでさえ、一緒にいられる時間は少ないのに。
守ってあげられない。)


夕人が美術の分野で功績を讃えられ評価されることも、活躍することも純粋に嬉しいと思う。応援したい気持ちはもちろんある。


だけど正直。

自分の手中に収めていたいという強い気持ちが、日に日に増して行く。



嫉妬、独占欲、束縛。

心の中で渦巻く、どろどろとした黒い感情。



(本当は、俺の家に閉じ込めて、どこにも行けなくしてやりたいくらいだ。
欲しいものがあるなら何だって与えてあげる。
だから、俺のことだけ見て……俺のことだけ考えてて欲しい)



もし夕人が頷いてくれるなら。

そのためなら、何だって、出来るのにーーー。










(ーーーああ。
俺、本当に、いよいよヤバいかも)



1日のうちに何度同じようなことばかり考えているのか。
そしてふと冷静になり、おかしな考えの自分を“ダメだろ”と諌める。


こんなのは愛じゃない、そう言い聞かせる。



(俺も頑張って、もっともっと、たくさん。
夕人に見合う男にならないと)


だからこそ大手に就職しておいて良かったと思えた。

新卒2年目でいまはまだ心許ない給与でも、これから先頑張れば頑張った分だけ比例して増え、貰える対価、評価されればきっと年収は上がり続けるはずだ。


評価され続ける夕人と対等の存在でいられるように、自分もなんとか、頑張り続けるしかないのだ。





『♪♪』

メッセージ着信の音に、速生はスマホの画面を開いた。



”さっきはごめん
週末、夕方まで時間作れそう
そっちに行くから”


「………………」



一方的で、端的で、少し無愛想にも感じるメッセージ。


そこに深い深い愛を感じて、
思わず胸が熱くなる。




「ーーー…よし」



車のエンジンを掛ける。

コンビニで購入したブラックコーヒーを口に流し込み、速生はぎゅ、とハンドルを握りしめた。









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