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「眠れない夜に贈る物語集◇第一夜◇〜お隣さん〜」
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眠れない夜に贈る物語。あなたのお好みのラストをお選び下さい。もちろん、途中で寝てもかまいません。さぁ行ってらっしゃい。
『お隣さん』
都会に来て初めて「近いお隣さん」ができた。以前お隣さんと言っても徒歩十分はかかったのだ。だから、どんな人なんだろうと少しワクワクしていた。けれども、いざマンションに住み始めるとあまり交流がないことがすぐにわかった。通りすがりの挨拶さえも中々なかったし、慣れてくるとこちらもしなくなる。そんな風に都会に溶け込んでいったある日のことだ。どうやら左隣の人が越してきたらしい。数日経って、ドアを叩くものがあった。
コンコンコンコン。
「はーい」
ドアを開けると見知らぬ女の人が立っている。なんとなくどこかで見たような気もしていた。
「隣に越してきた加藤です。よろしくお願いします」
深々と頭を下げた彼女に思わずつられて、
「川田です。よろしくお願いします」
と同じ角度で頭を下げた。彼女はニコッと笑って、提げていた東京バナナを手渡した。
「迷ったんですけど、王道かなと思って」
紙袋を丁寧に受け取り、
「わざわざありがとうございます」
と心底思いながらお礼を言った。
①穏やかな眠り
その夜、不思議な夢を見た。彼女がオルゴールの中のバレリーナになっているという夢だ。普段夢をみないから、よく覚えている。彼女がオルゴールの中で踊っていると、僕も一緒になって踊りだす。そして最後にお辞儀をして別れるのだ。別れると電気が消えて、彼女の
「よろしくお願いします」
の声が反響してくるのだった。
そのことがどうしても気になって、僕は祖母のオルゴールを探した。『あんたが女の子だったら良かったんだけんど、ごめんねぇ』と言う声が蘇ったのだ。あの人に渡したらどうだろうか。ふとそんな事を思いついた。その時は迷惑がられるんじゃないかとか、祖母がどう思うかについてはすっかり考えていなくて、まったく勢いだったのだと思う。気がつくとお隣さんのドアを叩いていたのだから。
「はーい」
少しだけ開いたドアに会釈する。
「突然すみません」
「何でしょう?」
「今からすごく変なことを言います。どうか最後まで聞いてください」
彼女は戸惑った顔をしていた。それも当然だろう。
「このオルゴール、多分あなたが持っているべきなんだと思うんです」
さっきよりもドアが広く開いた。
「とりあえず、熱中症が心配なので部屋に上がってください」
その言葉に甘えると、冷えた部屋に通され、麦茶を飲みながら話は再開された。
「それで、なんでしたっけ?」
「あ、あの。昨日夢を見たんです。あなたがこのオルゴールの中に……」
どんな顔をするだろうかと控えめに見ると彼女は案外懐かしそうな、穏やかな顔をしていた。
「そのオルゴール、ちょっと見せてもらえませんか?」
長い間開けられなかったオルゴールはキュウウウと奇妙な音を立てて開き、一気に僕らを引き込んだ。
「この人……」
彼女はバレリーナを見て目を瞠っていた。
「どうかしましたか?」
僕はそう言いながら、バレリーナに注目した。白のレオタードの彼女は肌も雪のようで、赤いリップが際立っている。髪は黄色で、目は透けた青だ。
「これは祖母から受け継いだものなんです」
一言話すと、息をするように言葉が出てきた。
「昨日夢であなたを見ました。このオルゴールにいるあなたを」
軽く相づちを打ってくれたかと思うと、小さく口を開き始めた。
「実は私、バレリーナを目指していたんです。小さい頃。でも、だめだったぁ。向いてなかったんですよね」
僕は慎重にうなずく。彼女は懐かしそうな顔でネジを巻き始めた。聞き覚えのあるクラシックが部屋を満たす。
「これ、もらってもいいですか?」
彼女は遠慮がちに聞いてきた。
「もちろんです。良ければたまに僕にも聴かせてください」
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
そう言って笑った彼女の目はほんの一瞬、透けた青色になった気がした――。
②空腹感が残る眠り
彼女と別れると、僕はすぐに袋を開けた。思えば朝から何も食べていない。一人暮らしなのに九個入りという多さだった。きっと田舎者だなと思い、顔がほころぶ。これからあの人と会うときはちゃんと挨拶をしようと心に決めて、二袋目に手をかけた。二つ食べると止まらないもので、気がついた頃には最後の一個になっていた。隣で配達の人の声がする。野菜でも届けられたのかな?と内心思っていると、しばらくして再びノックの音がした。
「はーい」
早足で玄関まで行き、ドアを開くとやはり彼女がいた。
「これ、実家から届いたナスなんですけど良かったらもらってください」
濃い紫で、随分と立派だ。
「こんなに良いんですか?」
「いいんです! むしろ消費できそうになくて困ってて」
正直な人だなと思って笑ってしまった。
「僕もよく野菜送られてくるので、気持ちわかります。ありがたくいただきますね」
そうやってもらったナスはつやつやで、食べるのが楽しみになった。今夜はカレーにしようかなと思うと、お腹がなってしまうほどだった。
③太陽が待ち遠しくなる眠り
水しぶきを上げてバナナボートにまたがる。今年の夏は海に来たのだ。肩につかまる彼女の手は程よく日焼けしていて、ひんやりとしていた。
「そういえば去年の今頃、引っ越しの挨拶に来たよね」
「そうだっけ?」
「そうだよ。俺一人暮らしなのに九個入りのお菓子くれてさ」
「あー! たしかに。それで二人で食べたんだよね」
そう言って楽しそうに笑う彼女は海の光に照らされていた。
夕方になると人は段々帰っていき、波の音が響きわたっていた。帰りを惜しむ恋人たちが浜辺を散歩している。俺たちもその中の一組だった。しんみりとした空気に彼女は突然笑い出した。
「どうした?」
そう言いつつも俺まで笑いが移ってしまう。
「名残り惜しくて離れがたいと思ってたんだけどね。よく考えたら私たち隣同士じゃない? なんでこんなにしんみりしてるんだろうって思ったらおかしくて」
彼女は笑い涙を右手で拭って、
「帰ろっか」
と言った。帰りの車でも彼女はずっと笑顔で、すっかり暗くなってしまった空には似合わない、太陽だな、と思った。
さて、今夜はここまでにしておきましょう。物語にはいくつもの道があります。皆さんはどの道がお好きでしたか?夢に出てくるかもしれませんよ。それでは、おやすみなさい。
『お隣さん』
都会に来て初めて「近いお隣さん」ができた。以前お隣さんと言っても徒歩十分はかかったのだ。だから、どんな人なんだろうと少しワクワクしていた。けれども、いざマンションに住み始めるとあまり交流がないことがすぐにわかった。通りすがりの挨拶さえも中々なかったし、慣れてくるとこちらもしなくなる。そんな風に都会に溶け込んでいったある日のことだ。どうやら左隣の人が越してきたらしい。数日経って、ドアを叩くものがあった。
コンコンコンコン。
「はーい」
ドアを開けると見知らぬ女の人が立っている。なんとなくどこかで見たような気もしていた。
「隣に越してきた加藤です。よろしくお願いします」
深々と頭を下げた彼女に思わずつられて、
「川田です。よろしくお願いします」
と同じ角度で頭を下げた。彼女はニコッと笑って、提げていた東京バナナを手渡した。
「迷ったんですけど、王道かなと思って」
紙袋を丁寧に受け取り、
「わざわざありがとうございます」
と心底思いながらお礼を言った。
①穏やかな眠り
その夜、不思議な夢を見た。彼女がオルゴールの中のバレリーナになっているという夢だ。普段夢をみないから、よく覚えている。彼女がオルゴールの中で踊っていると、僕も一緒になって踊りだす。そして最後にお辞儀をして別れるのだ。別れると電気が消えて、彼女の
「よろしくお願いします」
の声が反響してくるのだった。
そのことがどうしても気になって、僕は祖母のオルゴールを探した。『あんたが女の子だったら良かったんだけんど、ごめんねぇ』と言う声が蘇ったのだ。あの人に渡したらどうだろうか。ふとそんな事を思いついた。その時は迷惑がられるんじゃないかとか、祖母がどう思うかについてはすっかり考えていなくて、まったく勢いだったのだと思う。気がつくとお隣さんのドアを叩いていたのだから。
「はーい」
少しだけ開いたドアに会釈する。
「突然すみません」
「何でしょう?」
「今からすごく変なことを言います。どうか最後まで聞いてください」
彼女は戸惑った顔をしていた。それも当然だろう。
「このオルゴール、多分あなたが持っているべきなんだと思うんです」
さっきよりもドアが広く開いた。
「とりあえず、熱中症が心配なので部屋に上がってください」
その言葉に甘えると、冷えた部屋に通され、麦茶を飲みながら話は再開された。
「それで、なんでしたっけ?」
「あ、あの。昨日夢を見たんです。あなたがこのオルゴールの中に……」
どんな顔をするだろうかと控えめに見ると彼女は案外懐かしそうな、穏やかな顔をしていた。
「そのオルゴール、ちょっと見せてもらえませんか?」
長い間開けられなかったオルゴールはキュウウウと奇妙な音を立てて開き、一気に僕らを引き込んだ。
「この人……」
彼女はバレリーナを見て目を瞠っていた。
「どうかしましたか?」
僕はそう言いながら、バレリーナに注目した。白のレオタードの彼女は肌も雪のようで、赤いリップが際立っている。髪は黄色で、目は透けた青だ。
「これは祖母から受け継いだものなんです」
一言話すと、息をするように言葉が出てきた。
「昨日夢であなたを見ました。このオルゴールにいるあなたを」
軽く相づちを打ってくれたかと思うと、小さく口を開き始めた。
「実は私、バレリーナを目指していたんです。小さい頃。でも、だめだったぁ。向いてなかったんですよね」
僕は慎重にうなずく。彼女は懐かしそうな顔でネジを巻き始めた。聞き覚えのあるクラシックが部屋を満たす。
「これ、もらってもいいですか?」
彼女は遠慮がちに聞いてきた。
「もちろんです。良ければたまに僕にも聴かせてください」
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
そう言って笑った彼女の目はほんの一瞬、透けた青色になった気がした――。
②空腹感が残る眠り
彼女と別れると、僕はすぐに袋を開けた。思えば朝から何も食べていない。一人暮らしなのに九個入りという多さだった。きっと田舎者だなと思い、顔がほころぶ。これからあの人と会うときはちゃんと挨拶をしようと心に決めて、二袋目に手をかけた。二つ食べると止まらないもので、気がついた頃には最後の一個になっていた。隣で配達の人の声がする。野菜でも届けられたのかな?と内心思っていると、しばらくして再びノックの音がした。
「はーい」
早足で玄関まで行き、ドアを開くとやはり彼女がいた。
「これ、実家から届いたナスなんですけど良かったらもらってください」
濃い紫で、随分と立派だ。
「こんなに良いんですか?」
「いいんです! むしろ消費できそうになくて困ってて」
正直な人だなと思って笑ってしまった。
「僕もよく野菜送られてくるので、気持ちわかります。ありがたくいただきますね」
そうやってもらったナスはつやつやで、食べるのが楽しみになった。今夜はカレーにしようかなと思うと、お腹がなってしまうほどだった。
③太陽が待ち遠しくなる眠り
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「そういえば去年の今頃、引っ越しの挨拶に来たよね」
「そうだっけ?」
「そうだよ。俺一人暮らしなのに九個入りのお菓子くれてさ」
「あー! たしかに。それで二人で食べたんだよね」
そう言って楽しそうに笑う彼女は海の光に照らされていた。
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「どうした?」
そう言いつつも俺まで笑いが移ってしまう。
「名残り惜しくて離れがたいと思ってたんだけどね。よく考えたら私たち隣同士じゃない? なんでこんなにしんみりしてるんだろうって思ったらおかしくて」
彼女は笑い涙を右手で拭って、
「帰ろっか」
と言った。帰りの車でも彼女はずっと笑顔で、すっかり暗くなってしまった空には似合わない、太陽だな、と思った。
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