Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 狂濤Ⅱ】

《第三週 月曜日 業後》

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授業の後半から小曽川さんが入ってきて、先生になにか告げると再び出ていった。結局小曽川さんはそのまま出ていき授業には参加しなかったので、おれは授業終了後の片付けも手伝った。午前中剖検で時間いっぱい立ち仕事であっただろう先生ひとりで持たせるのも気の毒だったので、機材はおれが運ぶことにした。先生はおれに荷物を任せて少し前を歩いている。
「先生やっぱ小柄な割に歩くの早いなとは思ってたですが、新宿で見つけたときはこの比じゃなかったですよね」
「ああ、あのときは早く戻りたかったからな」
早く帰りたかった?じゃあなんでおれを招いてくれたんだろう。
「え、何か急ぐ用事とかあったんですか?おれやっぱりお邪魔だったんじゃないですか?」
「いや、いいんだ、あのときはあれでよかった」
こちらに背を向けたまま先生が言う。ジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出して、先生は何かを見ている。
「長谷、先におれは戻るから機材は教務に持ってって。戻ったら今日おれが取り扱った件について南に聞くといいよ。おれはちょっと用事が入ったから定時まで少し休んですぐ上がる。二人とも定時なったら好きなタイミングで帰っていいよ」
戻っていく先生を見送って、おれは教務課に機材を返しに行った。初日お世話になった職員の方が確認して機材を引き取ってくれた。そのあと先生宛の送付物や先生に頼まれていたという印刷物を預かってから、先生の後を追った。先生の部屋に直接届けようとしたが、先生の部屋には鍵がかかっていた。已む無く書庫に向かうと、いつもどおり小曽川さんが黙々とデスクワークしていた。
「小曽川さん、教務から先生宛に届いてたものとか印刷物預かってきたんですが、先生もしかして寝てます?」
「あ~、そう、寝てる~。いいですよ、おれが預かっときますし」
手渡して、自分の荷物を足元に置いてから手塚な席に座った。授業でとっていたノートを取り出して、小曽川さんに今日の午前中やっていた剖検について話が聞きたいと言うと、作業の手を止めて今日作成した書面のコピーと剖検時撮影した資料写真や検査データを添付したプリントがすぐに出てきた。小曽川さんの有能さを感じる。
「今日はちょっと痛ましい案件の連続だったから、疲れてると思うんですよね精神的に。おれからするといつもの業務ですけど」
小学生の女児の虐待の末の低体温症と衰弱による遺体、アルコール依存症の男性の脳出血死後に遺棄されたと見られる遺体。そして室内で孤独死した高齢女性の遺体と、3例分あった。最初2件は先生が、3つ目のものは小曽川さんが対応したものだった。
「小曽川さんは、このお仕事しててメンタル病みそうになることって無いんですか?」
「そんなにないなあ、おれ優しい人間じゃないですもん。仕方なく医学部出て、国試取って、絵だけ描いてぶらぶらさせておけないからってこの仕事与えられて、たまたま先生がああいう人だから続いているだけですし」
優しい人間じゃない、とは?確かに、口調は柔らかいし仕事は行き届いてはいるけど優しいかというと違う気はするけど、完全否定するのもどうなんだろう。
「それじゃあ、小曽川さんが冷たい人で、先生が優しい人みたいじゃないですか」
「や、そのとおりですよ。あの人は臆病だから慎重だし仕事は丁寧です、でもこの仕事をするには優しすぎる。その分他の人にはできない事もできるけど、キツイと思いますね」
1件目の報告の書面に目を通すと、先生が駆け付けた父親のメンタルのケアにあたったこと、剖検後ご遺体のエンバーミングをしたことが記録されている。
「じゃあ、先生なんでこの仕事を続けてるんですかね」
「まあひとつは自身の研究費稼ぐためでしょうね、一体あたり10万は出ますから。あとは勧められて進んでみたら合ってただけとは言ってましたが、どうですかね」
2件目の報告の書面に目を通すと、依存症に陥った経緯や、それによる周囲の対応に着目して捜査を進めてほしいという添え書きがあった。
「あと、先生は、事件のことが心残りなんじゃないですか?」
「え、長谷くん、なんで知ってるんですか?」
おれは、先生のことが知りたくなって検索していたことを話した。但、週末会っていたことや、先生からもらった本のことは言わなかった。先生とプライベートで接触していたことを知ったら、これまでの流れ的に小曽川さんは先生のことを責めるような気がしたので極力知られないようにしないと。
「そっか、知ってるなら、おれも少し話したほうがいいのかなあ」
小曽川さんは少し困った顔で呟いた。
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