Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 復元】

《第4週 火曜日 日中》② (◆)(★)

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浴室の扉を閉めて、振り返るとそこに立ちはだかる影があった。手に黒い塊を持っていて、それをおれの頭目掛けて勢いよく振り落とした。頭にそれが当たる瞬間、おれはきつく目を閉じた。
そして、そこで目が覚めて、おれはうつ伏せに近い状態で寝ていたそのままの体勢で、布団の中で嘔吐した。さっき飲んでいたゼリー飲料の人工的な甘い匂いでいっぱいになった布団を捲って起き上がり、吐瀉物が広がった部分の反対側から降りようとするも、倒れてベッドから落ちた。
サイドテーブルに手をかけて起き上がろうとするが、寝ている間に汗だくになってしまったせいで手が滑る。床の絨毯で手を拭ってから這うようにして起きた。ふらつくものの壁伝いに歩かなければいけないほどではなくなっていた。熱も薬のおかげで今は下がっているのだろう。
クローゼットから着替えを出して、浴室に向かう。洗面台に着替えを置いて、上の棚からタオルを下ろして、浴槽に栓をしてお湯を貯める。浴槽の縁に腰掛けてふと顔を上げると、普段は極力見ないようにしている鏡が目に入った。
おれの顔ってこんなだったっけ?自分で決めて、確認した上で手を加えたのに実感がない。逆に言うと、カスタムする前後に確認するとき以外、パーツ単位でしか鏡を見ていないから当たり前だ。
只、言えるのは、元々は、ほんとはこんなじゃなかった。それだけは確かだ。そして優明の顔は多分、予想したとおり、元のおれの顔に似ている。
それは、おれが写真すら見ないようにしてきた、おれに加害した人間の顔に似ているということでもあり、同時に、イコール、お母さんにも似ているということだ。
だからこそずっと、夢の中に、お母さんの顔は掻き消されてはっきりとは出てこなかった。おそらくおれの脳が心を守るためにそれを拒否していたからだ。
でもさっき、優明の写真や動画を見て、夢を見て、おれは結局あの事件から逃れられないことを改めて思い知らされた。
その存在を失った今となっては、あの人たちが存在していたことや、自分が彼らの子だと証明するものはこの体しかないのに、それに手を加えて、面影をできるだけなくして、できるだけ忘れてしまいたくて、そうしなければいけないと思いつめていた。
でも後ろめたくてたまらなかった。カスタムするとき、いつも罪悪感と悲しさで胸がいっぱいだった。もう何度手を加えたかわからない。それでも、おれの顔立ちから両親の面影は完全には消えなかった。
視界が見ずに沈んだときのように歪み、目から大きな水滴がいくつも溢れた。目を閉じると、それまで夢の中で映らなかった、見れなかったお母さんの顔が見えた。日々の何気ない遣り取りが生々しく蘇ってくる。
そして、あのときのことも脳内に蘇る。
遠足が終わって帰ってきて、チャイムを鳴らしてもお母さんが出てこなくて、玄関に鍵がかかってなくて、変だなと思ったんだ。
浴室で目を剥いて、血に塗れて倒れている姿を見つけたときは、何が起きているのか、わけがわからなかった。
血溜まりの中で、お腹から出ている赤黒い捻れて蜷局を巻いている管の先で、何がか蠢いていて、おれは血溜まりに膝をついて、その蠢いていた塊をそっと掬うように、手で包むようにして持ち上げた。
まだ温かくて、掌にトクトクと拍動を感じた。お母さんのお腹に居た赤ちゃん、おれのきょうだいだった。生きていた。
その子を抱きかかえて、手を伸ばしてお母さんの体を何度か揺すったけど、反応はなくて、お腹や胸も動いていなくて、見開いた目の瞳孔が開いて、その表面はうっすら白く濁りつつあった。
お母さんの体の上には、おれが球根をあげた、プランターで育てていたはずの真っ白い百合の花が何本も散らばっていて、日差しがいっぱいに入った浴室の中は血と百合の匂いに満ちていた。
赤ちゃんをそっとお母さんの胸の上に置いて、おれは廊下に出た。玄関の靴箱の上に電話機がある、救急車を呼ばないと。そう思って玄関に行った。
けど、電話機がなかった。
なんで?そう思って振り返ったとき、その女は居たんだ。
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