Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 凱旋】

《第4週 日曜日 深夜》①

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風呂に浸かったまま冷えたジュレを行儀悪く啜り食いつつ、メールクライアントを開く。緊急性の高いものだったら通話着信かLINEで入ってくるから、基本これの通知は切ってある。新着から遡って順番にメールを確認していくと、今日は休みなのに南からメールが入っていた。
タイトルは「Fw; 小曽川です至急メール確認願います」。こっちの状況をまだ伝えられていないのも相俟って思わず「いや、むりむりむり」と小声で呟く。只でさえ島流し状態になってて、今度こそクビかというところなのに。
そもそも何をそんなに急ぐものがあるんだ、急ぐならなんでLINEで寄越さないんだよ等と思いながら本文を見る。
「…あ…」
アクセプト(accept)、つまり論文掲載決定の通知メールの転送だった。これは昨年度まで行われていた共同研究で、長谷のことを依頼された前後おれはこの件と教務の板挟みになっていたこともあり、かなりナーバスになっていた。
慌てて更にメールを遡ると既に他の著者からの返信も上がってきている。と、いうことは…と思って検索すると金曜夜に通知そのものは来てた、しまった。48時間ないし2営業日として火曜までには一旦ある程度なんとかしないとまずい。
なんでこんな重要なことに限って電話とかLINEで寄越さないんだ。いや、別に南のせいじゃないんだ、ちゃんと見てないおれが悪い。裏でやってきたことで学校に迷惑かけた上に、こんなところで更にトラブル起こしたおれが悪い。
てか、結果が出る前だったならともかく、此処まで来てこの段階で不祥事でクビとかで著者の離脱や変更があったりなんて、絶対に回避しないと迷惑かけるどころじゃない。製薬メーカーや企業の研究者も噛んでる案件だし、それによる利益相反つまり、参加者や賛同企業の経済的利害関係の影響とかなんとか…。
これがおれのせいでパーになったら賠償問題になりかねん。本当に何やってんだおれは。
悠長に風呂に浸かってジュレのパウチ咥えてる場合じゃない。おれは浴槽の中にシャワーヘッドを落として中で勢いよく出しながら、備え付けの使い捨てスポンジとボディソープで急いで体を洗い、ついでに頭も洗って濯いだ。浴槽の栓を抜いて軽くこすり洗いして流して半裸で風呂場を出ると、部屋は暗い。
小林さんはスヤスヤ眠っている。起こしてしまわないよう暗い中で荷物を漁り、中からすっかり充電が切れていた端末やケーブル類を取り出す。備え付けのテレビ台兼冷蔵庫置き場の横がテーブルになっているので、そこを片付けて並べて充電を開始した。
しかし、通ったということは、あの研究内容そのものは認められたということだ。
クビになるくらいだったら早く報告して辞職して親の病院とか社会福祉法人とか記念会の所属の名義に直して、大学に居た故に得ていた助成とか権利関係とかもなんとかしないと。せめて貸し借りは精算して「あんな事こんな事があって職を辞し、研究からは外れますがお許しを」と言い残すくらいの誠意は示してからにしないと。
根拠となる資料写真や表や数値やグラフの誤りや、マイナーミス(綴り、参考文献や引用元のリストと番号等)がないかは、この後編集制作側で校正や書式を整えるなどの作業した上で問題があれば最終段階で修正でもいい。根回し的なもののほうが先だ。それでこないだのあれこれと今回のあれがプラマイゼロになるとは思わないけど。
こんな時間だけど先ずは関係先や緒方先生とか南には連絡取らなくては。
端末の電源を入れて、スマートフォンを充電ケーブルに繋ぎ、着席したところで通話の着信を知らせる音が響いた。
「わ、わわわ…」
慌ててケーブルを外し、背後で眠る小林さんを起こさないようスピーカー部分に手を当てて風呂場に持っていって応答ボタンを押す。
「も、もしもし?」
聞き慣れた間延びした声がおれに呼びかけてくる。
「あ、先生~おれです~やっとメール開けてくれたみたいだったんでかけましたあ」
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