くろぼし少年スポーツ団

紅葉

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おれ、野球やる!

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 九回表。ツーアウト満塁。

 ピッチャーマウンドに立つ選手は、ボールを持つ手をグローブに隠し、投球フォームに入った。

 満塁ならいっそ、盗塁を気にせずに済む。
 ピッチャーとバッターの一騎打ち。
 バッターが打って四点入れば、攻撃側の橘高校のサヨナラ勝ち。
 ストライクを取れば、守備側の瀬戸石実業高校の勝ち逃げ。そんな、ベンチもスタンドも手に汗握る場面。

「なあなあ、長いポテトが食べたい~」

 幸太は隣に座る父親におやつをねだった。長いポテトとはマッシュポテトを細長く絞り出しながら揚げたフライドポテトの上にチーズや明太マヨなどのトッピングができる甲子園名物のスナックだ。

「ちょっと待て。ほら、今いいところやん」

 父親は両手で幸太の側頭部を挟んで、顔をマウンドに向けた。

「なにが面白いの」

 幸太とて小学三年生。
 野球がボールをバットで打つスポーツだということくらいは分かるものの、肝心のルールがさっぱり分からない幸太には、観ていてもちっとも面白くない。甲子園に着いた当初は、その雰囲気に呑まれキョロキョロと興味深そうに眺めていたが、やがて飽き、両腕におやつとジュースを抱えこんでいる。

「ツーアウト満塁、勝つか負けるか、この1球で決まるかもわからん大事な場面や。せっかく甲子園にきてんからしっかり見とけ」

 幸太がピッチャーに目を向けた。まるで幸太が視線を向けるのを待っていたように、ピッチャーは視線を鋭くバッターに向け、片足を上げ、大きく振りかぶって投げた。

 球場にいる全員の視線がバッターに集まる。

 バッターは狙いを定めて思いっきりバットを振った。金属音とともにボールはセンターを越えるように飛ぶ。
 誰もがホームランを予想した。

 橘高校のベンチの腰が浮く。


 瀬戸石実業高校のセンターとライトが後方にすでに走っていた。
 センターはグローブをはめた手を大きく前に突き出し、飛び込んだ。
 ホームランを予想されたボールは、センタースタンドギリギリのところで大きく軌道が曲がり、腹這いに滑り込むセンターのグローブに吸い込まれるようにキャッチされた。

 瀬戸石実業高校の応援席から歓声があがる。

 幸太はいつのまにか息をするのを忘れて、マウンドを見つめていたことに気付いた。
 興奮で頬が熱い。心臓が全力疾走したみたいにどきどきと高鳴った。

「おれ、野球やる。おれも甲子園出る!」

 父親はしたり顔でにやりと笑った。

 男たるものなにかスポーツをやらせたい。そう考えていたにも関わらず、スポーツに全く興味を抱かなかった幸太の関心を引くことに成功した瞬間だった。
 
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