【完結】夫は義妹を溺愛しているので、私は義兄とよろしくしても?

おのまとぺ

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48 嵐のあとに



 しばらくの間、どちらも口を開かなかった。
 重苦しい沈黙だけが、白い部屋に満ちていた。

 ルークは何かを考え込むみたいにずっと自分の手元を見つめていて、アリアドネも何から話せば良いのか迷っていた。

(もう、言い訳はしたくない……)

 意を決して前を向く。
 公爵家の長男もまた、こちらを見た。


「勝手な行動を取ってごめんなさい。自分の夫のことなので、私の手で真相を確かめたいと思いました」
「……またそれか」
「え?」

 聞き返すアリアドネの前でルークは俯く。頬に添えた手で隠れて、表情までは分からない。しかし、声音からしてかなり不機嫌そうだ。

「君は俺のことを他人行儀だと言ったが、それはこっちの台詞だ」
「どういう意味ですか……?」
「夫のこと、自分のこと、そう言って線引きをしているのはいつも君の方だと言ってるんだ。現実問題こうして被害が出ている。危険な真似をしないように注意したはずだ」
「分かってます、でも……!」
「分かってない」

 珍しく苛立った様子で首を振り、ルークはアリアドネの方へと目を遣った。

 ポールと同じ青い目には、怒りとも呆れともなんとも取れない感情が浮かんでいる。迷惑を掛けたことは認める。だけど、一人で家に籠ってただ待つだけはできなかった。


「お義兄様を巻き込んでいたから、私なりに解決の糸口を探したかったのです!教会で居合わせた方々の証言でもしかしたら、」
「そんなことはどうでも良い」
「へ……?」

 ルークは今度こそ、明確に不機嫌な顔でアリアドネを見た。ここまでの怒りを向けられると思っていなかったので戸惑ってしまう。

「俺の疑惑なんてどうでも良い。自警団から何時間取り調べを受けようが構わない。強いて言うなら、ベックの仕事量が増えて文句を言われるぐらいだろう」
「サリバン先生……」

 へとへとになって働くベック・サリバンの姿を想像して相槌を打つ。

 なんで僕が、という悲鳴に近い文句が聞こえて来そうだ。不在の間の仕事を肩代わりしてくれるのも、ルークの普段からの信頼ゆえなのかもしれない。


「少しは頼ってほしかった」

 絞り出すような声に思わず耳を疑う。
 ルークの目線はまだ床の上に向いている。

「別に君を助け出すヒーローになりたいわけじゃない。だが、何もかも一人で決めて突っ走るんじゃなくて、相談ぐらいくれても良いだろう」
「……ごめんなさい」

 自然と小さくなる声で謝罪を述べる。

 静かな白い部屋の中で、アリアドネはそれ以上どんな言葉を続ければ良いか分からなかった。

 ルークが怒るのも無理はない。
 自分がこうして一人で行動して心配を掛けるのは二度目なのだ。散々手を借りておいて肝心なときに何も相談しないのは、無礼だと理解できる。


「ポールの件は近々片付く」
「え?」

 聞き返すアリアドネに、ルークはこの数時間の間に起こったことを詳しく教えてくれた。つまり、エリナーデの施設における火災、その犠牲になった人たち、そして出火原因を探る上で施設にも自警団が捜査に入ったことなど。

「施設の薬品庫からいくつかの薬剤が消えていたらしい。火事で使われた延焼作用のあるものもそうだが、それとは別に睡眠薬も」

 アリアドネの頭に、いつの日か一人で教会を訪れた日のことが浮かび上がる。手足の力が抜ける中、必死で施設から逃げ出したあの日。

 後の検査で、睡眠薬の可能性を示唆してくれたのは他でもないルークだ。


「ポールが薬物を使って自死したのは医師の証言からしても正しいが、問題はその薬の出所だった」

 当然立場的に俺が疑われていたわけだが、と前置きをしてルークは言葉を切る。

「今回……同じ製薬会社の薬が大量に教会から見つかったんだ。業界じゃ有名な薬だが、ラベルから製造された年を読み取ることができる」
「それは…………」
「不思議なことに、ポールが手元に残していたのは随分と古い薬だったんだよ。今じゃあ先ず手に入らないぐらい、まるで長年眠っていたものを掘り出してきたような」

 アリアドネはただ黙って、ルークの目を見つめていた。

 青い瞳が静かに揺れている。
 何を言いたいのか分かっている。エリナーデの施設と繋がりを持ち、ポールに簡単に近付くことができる人間は多くはない。


「カミラは亡くなった神父の娘でした」

 ルークはわずかに顔を歪めた。
 驚きなのか軽蔑なのかは分からない。

「火事が起こる前に、二人で偶然会ったんです。カミラは……夫の死にも関わっていることを匂わせていました。あとは、リンゴン・マーレへの憎しみのようなものも……」

 どんな環境で何を思い育ったのか。
 すべてはもう憶測に過ぎない。ルークによるとウォルター公爵家には戻っていない様子だから、きっともう彼女に再び会うことはないのかもしれない。

 施設長である神父を失った孤児院と教会は混乱を極めていて、生き残った関係者たちも気落ちしていると言う。

 この件に関して何かを提案する権利はアリアドネにはないが、個人的にはすべてをまっさらにして新しい体制をつくってほしいと思っていた。エリナーデはきっと健全な場所ではなかったはずだから。


「これからどうするんだ?」

 ルークの静かな問いに、アリアドネは自分がウォルター公爵家に離縁を申し出ることを伝えた。大きな反応はなく、抑揚のない「そうか」という相槌が返ってくる。

「君自身、しばらくは入院生活になるだろうから、安静にするためにも良い選択だと思う。あの家は今居るべき場所じゃない」
「落ち着いたらまたお義兄様にも、」

 改めて礼を伝えに行く、と続けたかったアリアドネの言葉をルークは遮った。

「近々街を出る予定なんだ」
「え……?」
「ロマリオの国境あたりで理想的な土地を見つけてね。何度か掛け合っていたんだが、ようやく仕事ができるようになった」
「そんな、急に……!」

 取り乱すアリアドネを見ながらルークは冷静に「計画的な行動だよ」と否定する。どうやら今までわずかな休暇を使って調べを積んでいたらしく、すべてが初耳のアリアドネはただただ呆然とそれを聞いていた。

 どんな言葉を掛ければ良いのか。
 感謝、謝罪、新しい未来への祝福。言うべきことはたくさんあるはずなのに、どれもが薄っぺらく思える。


「ウォルターでの日々は君にとって良いものではなかったかもしれないが、俺は感謝しているんだ」

 何も返せないアリアドネの前で、ルークは微笑む。皮肉にも、今まで見た中で一番穏やかで満ち足りた顔で。

「出会えて良かった、アリアドネ。短い間でも家族として接してくれてありがとう」

 言葉が出ない代わりに涙が溢れたが、ルークはもうハンカチを差し出さなかった。安静にするように、という医者らしい忠告を残して去って行く背中を、呼び止めるような権利は当然自分にはないように思えた。

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