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第一章 マルイーズの穢れた聖女
07 黒い影
しおりを挟む動きがあったのは二度目の潜水の終わり。
昼休憩が終わって、水に慣れるために少し早めに入水していただけあって、二度目は最初ほどの泳ぎにくさはない。魚のようにスイスイとまではいかないが、皆に遅れを取ることはなくなった。
「ねぇ……この辺だけ珊瑚が枯れてない?」
「あん?言われてみれば確かに…」
クレアとダースの会話を聞き、私も顔を近付ける。
他の場所では鮮やかな赤や緑色だった珊瑚が、私たちが見下ろす場所だけ燃え尽きたように白色化している。指先で触れると炭のようにポロポロと崩れ落ちた。
「……魔物が触れた跡だわ」
「やっぱりそうなの?」
「間違いないと思う。相手が火の属性であれば、熱を発して攻撃するはず」
「水の中だぞ……!?」
「凍てつく雪山にも火の属性を持つ黒龍が居たから」
「ローズ…見たことがあるの?」
クレアの問い掛けに私はただ頷いた。
見たことがある。
触れたこともある。
黒い鱗、鋭く尖った凶器みたいな爪。吐き出される獣の荒い息。私は今だって覚えている。あの焼けるような熱を簡単に忘れることは出来ない。
「とにかく、火の属性なら水の力を借りて浄化すれば良い。幸いにも今回は海中だから簡単に出来ると思う」
「さすが聖女様!さっそく罠を張りましょうか」
「ええ………」
胸の内がザワザワしていた。黒龍のことを考えたからだろうか。自分で勝手に記憶の蓋を開けたくせに、私は落ち込んでるっていうの?
しっかりしなきゃ。
プラムが待ってるんだから。
「私は向こうで罠を隠せそうな海藻を探すわね」
「はーい!おねがい!」
元気よく返事するクレアはダースと一緒にせっせと袋状になった網に魚を追い込んでいる。餌を作って、そこに魔術師のラメールに頼んで魔物が好むエキスでも振り掛ければ、運が良ければ明日には片付くかもしれない。
浄化した魔物は海へ返すのだろうか?
研究所で解剖する可能性だってある。研究者たちは魔物がどういう経緯で発生したのか解明することに尽力しているから、サンプルを集めて共通項を見つけるのに必死だ。
プラムを出産した後、家に訪れて来た専門家たちのことを思い出して胸が詰まった。「本当に人間の子ですか?」という率直な質問に、私はなんと答えたんだっけ。
(…………あれ?)
ぶわっと何かが目の前の水を掻く。
考え込んでいたうちに遠くまで来てしまったようだ。慌てて来た道を戻りながら、後ろに大きな生き物の気配を感じていた。背中をチリチリと焼くような熱気を感じる。先ほどまで冷えていた水がぬるいのは何故か。
後ろに居るのだ。
プリオールの海域を荒らす、大魚が。
「クレア!ダース……!!」
精一杯の声で叫んだ瞬間、ゴボッと大量の空気の泡が口から飛び出した。息を吸うと、酸素ではなく温かくなった水が喉へ勢いよく入って来る。
カプセルの効果が切れたんだ、と思った瞬間、回り込んだ大きな尾ひれが私の方へ飛んで来た。咄嗟に突き出した右腕に凄まじい痛みを感じる。
念じているけれど浄化が効いているのか分からない。
何も見えないし、何も聞こえない。
プラムの元へ、帰らなければいけないのに。
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