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第二章 ウロボリア王立騎士団

14 優しい嘘

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 パチッと両目を開けた時、見知った部屋でないことに気付いた。

 プラムと二人で選んだラベンダー色のカーテンはそこにはなく、代わりに晴れた日の海のような水色の布地が風に揺れている。何処からか聞こえる小鳥の鳴き声が私の頭の中を回って、記憶が蘇った。

 引っ越して来たのだ。
 マルイーズを出て、王都サングリフォンへと。


「………プラム?」

 白いシーツの上には、先ほどまでそこで誰かが眠っていたかのようにクシャッと小さな跡が付いていた。私は慌てて身体を起こしてベッドから降り立つ。

 昨日の記憶がまったく無いのだけれど、フランに運転を全任せにして私は一人惰眠を貪ってしまったのだろうか。あのまま朝を迎えたということは、彼が私とプラムを運んで寝かせたと?

 羞恥と反省、後悔が渦巻く胸中を落ち着かせるように、コーヒーの良い香りが鼻腔を掠めた。


「あ!ママー!おはよう!!」

 小さな木製のスツールの上に立ったプラムがフライ返しを手に振り返る。ぐらりと揺れた身体に悲鳴を上げそうになったが、ひっくり返る前にフランが支えた。

「急に動くと危ない」
「ごめんなさいっ、パパ!」

 呆気に取られてまた言葉が出て来ない。

 呆然とする私の前に、器用にスツールから降りたプラムが駆け寄って来た。白いお皿に乗ったパンケーキをこちらに見せてくれる。

「ママがねぇ、寝てたから、プラムはパパとパンケーキやいたの。ハチミツはなかったけど、後ろの庭にはドラゴンベリーがいっぱいあったんだよ!」
「……まぁ、そうなの?」
「あとでママも行く?ジャムする?」
「うん。あとでママも案内してね」

 プラムは大きな笑顔でこくりと頷いた。

 私が顔を上げた時、ちょうど皿に乗った焼いたソーセージを持ってフランがこちらにやって来たので「おはよう」と挨拶する。

「ああ、おはよう。聖女は朝に弱いんだな」
「………今日はたまたまです。すみませんでした」
「べつに。小さいお手伝いさんが働いてくれたよ」

 それを聞いて、誇らしそうな顔でプラムが顔を向けるので私は丸い頭をわしわしと撫でた。自分と同じ栗色の毛にお月様のような黄色い瞳。顔を擦り寄せると、嬉しそうにキャッキャッと声を上げる。


「今日は仕事?」
「そうだ。討伐遠征を経て、新たに王立騎士団に加入したメンバーも多いからチームの編成があったみたいで、今日ゴアの口から知らされるらしい」
「そうなの。私たち新人は来週からの出勤と聞いたけど?」
「それで合ってるよ。俺とクレアは今日から通常運転」

 そう言いながらパンケーキにフォークを突き刺すフランを前に、私は役所の手続きやプラムの学校の件を今日中に回ろううと考えていた。

 フィリップやダースも越して来たのだろうか?
 それとも、もともと王都に住んでいた?

 遠征で一緒だった第三班のメンバーは、今まで一緒に仕事をした仲間の中でも特に話しやすかったので、また同じ場所で働けるのは素直に嬉しい。

 車に乗らなかった荷物は続々と運ばれて来るはずだから、受け取りのために部屋の中の勝手を知っておく必要もありそうだ。

 口の周りにベリーの赤色を付けたままで話を聞いていたプラムは、いつもより嬉しそうに見える。彼女の信じる嘘を思うと心は痛んだが、今になって本当のことを言い出す勇気も出て来なかった。



「悪い、もう出る時間だ。何かあったら隣の家にフィリップが住んでると思うから」
「えぇっ!?隣に住んでるんですか?」
「言ってなかったか?クレアとダースなんか同じアパートメントに住んでるぞ」
「初耳だわ、そういうの初めに言ってよ!」

 反論する私の前でフランは黙々と食べ終えた皿を下げて、玄関へと向かう。その後ろをトテトテと歩いてプラムが追い掛けて行った。

「パパ、いってらっしゃい!」
「ああ。良い子にしてろよ」
「はぁーい!パパもね!」
「俺はいつもいい子だ」

 一応玄関先まで出て行った私を小さな娘が見上げた。
 その瞳にはなんとも言えない期待を宿している。

「ママ、いってらっしゃいのちゅーは?」
「え?」
「バニラちゃんが言ってた。バニラちゃんのママとパパは朝いっつもちゅーするって。あいさつなんだって」
「あ……そうなんだ」
「ママはしないの?」
「うっ………」

 心の中で友人メリルのおませな娘バニラのことを恨みながら、娘の追求をどう逃れるか考えていた。言い訳ならいくらでも思い付くけれど、どれを選べば違和感はないか。

「ローズ、下を向け」
「はい?」

 言われた通りに目線を下げるとおでこの上を熱が重なった。ぼわっと顔全体が熱くなる。

「プラムもおいで。パパと握手しよう。今日プラムとママが安全に過ごせるように、願いを込めるよ」
「やったぁ…!パパ!」

 大きな手がプラムの柔らかな手を包むのを見て、私は彼が提示したこの選択が間違っていなかったと思う。優しい嘘で守られる笑顔があるのなら、少しの間だけでも、と。

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