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第四章 バルハドル家とルチルの湖
44 フランからの手紙
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───親愛なる同居人、ローズへ
この手紙を読む頃、俺はもうベルトリッケには居ないだろう。こんな形で伝えるのは適切でないと重々承知しているが、どうか無礼を許してほしい。
先ず、謝らなければいけないことがある。
俺たちは四年前に出会っていた。
あの時ローズがいくつだったかは知らないし、どんな生活をしていて、何を考えていたかも分からない。
あの時の俺にとっては、ただ巣穴に入って来た人間の女で、それは攻撃するには十分な理由だった。当時は魔物狩りの全盛期で、懸賞金まで掛けて黒龍を討伐させようとしていた貴族も居たと聞く。
だからと言って、自分の行いを正当化するつもりはない。
人間の世界で言うとあれはお前に対する酷い冒涜だったし、深い傷痕を残すには十分だったはずだ。
本当にすまなかった。
こんな簡単な言葉で済まないと理解している。
自己防衛という勝手な名目で無理矢理に身体を重ねた後、俺は逃げるように巣穴を去った。服装や装備から、相手が人間の聖女であることは分かっていたが、なぜ浄化を受けなかったのか分からなかった。
一週間ほど山の間を駆け巡り、空腹の末に辿り着いたのがルチルの湖だった。
人間たちは大層な期待を持って湖を訪れるらしいが、俺にとってはただの水飲み場だ。しかし、この時の俺は自分の身に付いた汚れを落としたい気分だった。もちろんそう簡単に贖罪など叶わないし、償うべき罪は多い。だけども、表面だけでも清らかになりたかった。
湖面に口を付け、身体を沈めて暫しの間水中を漂った。
俺を浄化しなかった聖女のことを考えていた。
人間は利己的な生き物だ。
他人の命を差し出してでも自分を守ったり平気でする奴らを今まで何人も見て来た。だけど、あの夜、お前は仲間を売らなかった。混濁する意識に問い掛けたが、仲間の場所や人数などは一切俺に伝えなかった。
それどころか、お前は俺に祈った。
願わくば荒れた心が穏やかになるように、と。
或る種の呪いのようなその祈りを反芻していたら、水の中で身体が軽くなるのを感じた。慣れた深さなのに息が苦しくなり、慌てて湖から上がった。
日の当たる水面を覗き込んで驚愕した。
鱗の消えた人間の男がこっちを見ていたんだから。
信じられないだろう?
べつに信じなくなって良い。
もっと信じられないことを伝えると、俺はその後、山間を荒らす魔物たちを倒して、そいつらの首を持って街へ降りた。さすがに無傷というわけにはいかないから、力尽きて気絶したところを、運良く近くの駐屯地を訪れていたゴアに拾われた。
ゴアは俺の話を笑い飛ばしたよ。
そもそも聞いていなかったのかもな。
ローズ、お前に会えると思っていなかった。
会う資格は無いし、探すべきでもないと分かっていた。だけどもしも、いつか出会うことがあれば、謝罪したかった。尊厳を傷付けたこと、力で捩じ伏せたこと。
ここまで読んでいるか分からないが、きっとさぞかし気分を悪くしただろうから、この手紙はすぐにでも破き捨ててくれ。嘘吐きで身勝手な同居人ですまない。
プラムのこと、責任を取れずに申し訳ない。
彼女が傷付かない言い訳を考えてくれると有難い。
ローズ、最後に感謝を伝えたい。
今まで一緒に過ごしてくれて、ありがとう。人間らしい生活が送れたこと、感謝している。言うまでもないが、家に残った俺のものは処分してくれて良い。
永く生きて、幸せになってほしい。
────フラン・バルハドル
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