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04 二人の初夜

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「え?寝室は別ですか?」

 デイジーの問い掛けに執事長のジャイロは頷く。

 王太子殿下から伝言があります、と部屋を訪れた彼はデイジーの前で寝室の場所の案内と、若い二人の寝室が別であるということを伝えた。

「そうですか。べつに私は構いませんが…」

「セオドア様は朝が早く、朝食の後は日課の運動を行われます。したがって今後は、朝の食事は食堂かお部屋に運ぶ形を取らせていただきます」

「あ……では、お部屋でいただきます」

 デイジーは後ろを振り返って侍女たちを盗み見る。
 興味津々といった女たちは、早くもデイジーに物申したいことがある様子で、ジャイロとの会話の終わりを今か今かと待っているようだった。

 デイジーは「分かってる」といった意味でこくりと一つ頷いて、ジャイロの方へ向き直った。

「寝室の件は承知いたしました。せめて、就寝前の挨拶はしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんでございます。セオドア様に確認を取りますので、こちらでお待ちください」

「その必要はないと思いますよ」

「はい?」

「短い挨拶を述べるだけですので、時間は掛かりません。どうか彼の寝室までご案内くださいませ」

「………あ…左様で…」

 執事長のジャイロは腑に落ちない顔のままで扉を開けると、デイジーを引き連れて廊下へと出る。

 王宮の主人であるハミルトン家の人間たちがそれぞれの寝室へ撤退したため、廊下はシンと静まり返っていた。デイジーは長い廊下の両サイドに飾られた写真や絵画を眺めながらジャイロの後を続く。

 いつ撮ったものか分からないが、写真の中にはまだ幼いセオドアが満面の笑みで両親の手を取るものもあった。若干二十四歳にしてすでに凄みのある顔を身に付けた現在の彼からは想像もつかない。

(別人みたいだわ………)

 それらの隣を通り抜けながら、デイジーは欠伸を噛み殺した。セオドアは起きているだろうか。



 ジャイロが二度ノックすると、室内から返事があった。
 主人と家臣の間で交わされる会話が終わる前に、デイジーは自分の手で扉を押し開ける。重たい扉の向こうでわずかに驚いたような顔をするセオドアが見えた。

 ジャイロに二人にしてほしいと伝えた上で、デイジーは後ろ手に扉を閉める。セオドアの顔が奇妙に硬直するのが目に入った。

「そんなに警戒なさらないでください」

 クスリとデイジーは笑う。

 その先ではまるで宮廷に忍び込んだ悪党と対峙したようにジリジリと後退するセオドアの姿があった。婚約者による失礼な振る舞いを気にする風でもなく、デイジーは距離を詰める。

 壁際まで寄ってもう後ろに退がることが出来ないセオドアは仕方なくデイジーを見つめた。令嬢たちが“青の宝石”と称賛する双眼が不安そうに揺れる。

 デイジーは半歩ほど距離を取ってセオドアを見上げた。


「執事長から寝室は別だとお聞きしました」

「………ああ、そのように伝えてある」

「朝食もご一緒は難しいようですね」

「そうだな。やるべきことがあるから」

 そうですか、とデイジーは俯く。
 小さな唇から溜め息が漏れた。

「殿下は私がお嫌いなのですか?」

「……いや…そういうわけでは、」

「しかし、婚約者としてこうして王宮を訪れたのに、このような待遇をされては私も傷付きます。何か至らぬ点があればどうぞ教えてくださいませ」

「君の問題ではない。傷付けるつもりではなく…」

 説明するセオドアの顔にはすでに面倒臭さが滲んでいた。「早くこの時間を終わらせたい」「一人になりたい」といった感情が透けて見えるようで。

「それでは、一つお願いしても良いですか?」

「なんだ?」

「殿下のことをお名前でお呼びしたいのです」

「……? そんなことで良ければ…問題ないが」

「やったぁ!ありがとうございます」

 小さな両手を合わせて無邪気に喜ぶデイジーを見て、セオドアは思わず怯む。仔犬のように擦り寄る婚約者を蔑ろにすることで、彼の良心も痛んだのかもしれない。


「セオドア様、おやすみなさい。良い夢を見てくださいね」

「………あ、ああ。君もゆっくり眠ると良い」

 それ以上の会話はなく、デイジーはパッと身を翻すと夫となる男の部屋を去った。過ぎゆくその後ろ姿を呆然と見ていた王子が何を思ったのかなど彼女は知らない。


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