【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ

文字の大きさ
12 / 18

12 空気の変化

しおりを挟む


 王宮の中に何か甘酸っぱい空気が流れ始めていることに、誰よりも早く気付いたのは執事長のジャイロだった。

 日課である体操を済ませて、さて今から朝食の出来具合を確認しに行こうと窓の外を見たとき、彼の目は信じられないものを目撃した。

 そこにはジョギングなど軽い運動を終えて建物の中に戻って来るセオドアの姿があった。それはいつも通りの光景で、彼の朝は食堂の料理長に次いで早い。

 問題はその表情だった。

 なんと、笑みを浮かべていたのだ。
 それもただの笑みではない。何かを慈しむように穏やかな微笑みを浮かべた様子は、彼を年相応の若者に見せた。というのもセオドアは執務を行う際は鬼のような形相になるため、家臣たちから恐れられている。

(………なんということだ、)

 あわや腰を抜かしそうになりつつ、すぐさま窓際から離れる。そしてジャイロは、自分が見た光景、辿り着いた推測を誰にも話すことなく胸に秘めることを小さく誓った。




 ◇◇◇




「デイジーお嬢様、先ほどから何を作ってらっしゃるのです?」

 ぴょこんと顔を覗かせたペコラが問い掛ける。
 デイジーは手元を広げて中のものが見えるようにした。

「………何かの…呪物ですか?」

「いいえ、セオドア様の人形よ」

「え?どうしてまたそんなものを?」

 デイジーは糸を引っ張って裁縫用のはさみで断ち切ると、小さな人形を摘み上げた。多少出来栄えは良くないかもしれないが、彼女にとっては満足だった。

「何かプレゼントしたくって」

「こ……これをあの殿下に?」

「そうよ。彼の部屋って殺風景だから、飾るものでもあれば賑やかになるかなと思ったの。可愛いでしょう?」

 ペコラの後ろから身を乗り出したエミリーが「んぶっ!」という奇妙な声を上げて口を押さえた。そのまま肩を震わせ始めたのでデイジーは腰に手を当てる。

「もう、笑わないでってば!何事も心を込めれば相手に通じるとお母様が仰っていたわ。少し不恰好だけど、セオドア様は気に入ってくださるはずよ」

「お嬢様………」

「お言葉ですが、あの男に人の心を期待しない方が良いと思うのです。以前お作りになった焼き菓子も断られたではありませんか!」

「あら、あの後作ったマドレーヌは食べていただけたわ」

「えっ!?」

 驚いた顔を見せる侍女たちを見て「これは秘密だった」と口元を覆ってデイジーは笑う。

 その様子にはバーバラすらも面食らっていた。
 いつのまにか、自分たちの知らないうちにシャトワーズ家の令嬢は自分の手で婚約者に近付こうと奮闘していたのかと、感動すら覚えた。


「お嬢様の健闘をお祈り申し上げます」

「どうしたのバーバラ?随分と改まって…」

 ケロリとした顔のデイジーが首を傾げる。
 年長の侍女はテーブルの上に置かれたカレンダーに目を向けた。可愛らしいハートがピンク色のペンで描かれているのは、来たるべき結婚式の日。

 なんとしても最高の一日にしなくては。

しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。 彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。 夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。 一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。 愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。

石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。 ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。 ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。 母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。

愛されない花嫁はいなくなりました。

豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。 侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。 ……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。

お飾り王妃の愛と献身

石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。 けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。 ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。 国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。

処理中です...