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第五章 祈りと迷い
91 悪夢1
迷宮の終わりは、思わぬ形でやってきた。
コレットたちが幼い少女に遭遇し、彼女を引き連れて歩くこと三十分程度。相変わらず変わらぬ景色に焦りを覚えていたところ、急に開けた場所に出たのだ。
それは中央に噴水のある庭園のような場所で、透明に澄んでいるはずの水は、どういうわけか赤く染まっていた。ドッと心臓が高鳴って足が勝手に駆け出す。嫌な予感が吐き気と共に込み上げる中、コレットは信じられないものを見た。
「…………ッ!!」
噴水の中で横たわっていたのは、小柄な老人だった。そう、コレットたちを出迎えたあの、勝ち気な笑顔の老いた男。両手を胸の前で組み、彼が帯刀していた重厚な剣を抱いて眠っている。
しかし、その見開かれた双眼から、男がもう二度と目覚めないことは明白だった。
「貴女はこっちに来ちゃダメ!」
レオンと共に近付いてくる少女を強めの口調で制してコレットはそちらへ歩み寄る。王子もまた遠目に老人の遺体を確認して驚愕した表情を示した。
「どういうことだ……?」
「わけが分かりません……亡くなっています」
「違う。通常は術者が死んだら魔法や魔術も解除されるのがセオリーだ。だが、コイツが死んでも俺たちはまだこの迷路の中に居る」
レオンの言うことは分かる。
男が行使した魔術は、その死とともに効果を失うのが当たり前。術者が弱ったパターンでも解除に繋がる場合があり、だからこそソロニカの危険を察知してコレットたちはここに来た。
迷路から出られない上に術者が死亡した今、いったいどうすれば良いのか。ソロニカには会えないし、本当に途方に暮れてしまう。
そのとき、コツコツという足音と共に誰かが近付いて来る気配がした。コレットはレオンと顔を合わせて銃を手に取る。植えられた木々の向こうに目を凝らしていたところ、相手は急に姿を現した。
「わぁ、コレット?」
「えっ……!?」
登場した若い男は驚いたように目を丸くする。
黒いシャツに黒いスラックス、旅行者のような鞄を背負った出立ちはまさに、今朝方メゾン・ド・ミロワを出発したハインツ・フリードリヒだった。
思わぬ知り合いの出現にコレットは言葉が出ない。
そういえばヘールに写真を撮りに行くと言っていたけれど、どうしてこんな場所に。というか、何故この幻想空間に彼が迷い込んで居るのか。
「知り合いか?」
レオンの質問にコレットは小さく頷く。
「ハインツは、同じアパートメントの隣の部屋の子で………」
説明するコレットの前でハインツはタタタッと噴水の方へ駆けて行くから、びっくりして言葉を切った。他者の視線を気にする様子もなく、背負った鞄を地面に下ろしてハインツはカメラを取り出す。それはいつも彼が愛用しているものだった。
カシャッと場違いなシャッターの音が響く。
コレットは、自分の指先が震えるのを感じた。
「ハインツ……?何してるの?」
震えているのは声だけではない。
「あのね、作品撮りをしてるんだ。題名は傲慢な剣豪の最期!彼ほど長く生きた人間でも、まだ恐怖するものってあるんだね」
そのまま躊躇なくハインツは噴水に腕を入れて、男の手首を取る。コレットたちが閉口する中、手首に口付けると一瞬にして死体は塵となって朽ちた。
「悪魔だ。殺そう」
「待ってください………!」
右手を上げるレオンの背中に縋り付く。心の中がめちゃくちゃで、感情と思考は違う方向へ散らばっていた。思い出すのはアパートメントでハインツと過ごした日々、一緒に買い物に行ったこと、鍋を囲んだことなど。
「コレット、君のこと大好きだよ」
ハインツは口の端の血を袖で拭って綺麗に笑う。
心臓が騒がしい。倒さなければいけない、分かっているのに気持ちが邪魔をする。見れば分かる。彼は悪魔なのだ。コレットが今まで友人だと思っていた男は、悪魔だった。
「おじいちゃんはちょっと暴走しがちでね。僕らの今日の目的はソロニカだけだったんだけど、どうやら欲張っちゃったみたいだ。彼にレオン・カールトンは倒せないから退場してもらった」
「随分と簡単に切り捨てるんだな」
レオンの冷えた声にハインツは口元を緩める。
「君たち王族だって同じだろう?使えない者は要らない。従者に必要なのは強さより忠誠心だ」
「………違いない」
言いながら剣を抜くレオンを見てコレットはハッとする。彼はハインツを殺す気なのだろうか。心臓がまたバクバクと大きく緊張の音を鳴らし始めた。
「僕は知ってるよ、レオン・カールトン。君は魔術で人を殺すことが出来ない」
「命乞いか?」
「ここで抜刀するのが何よりの証拠だ。そんな諸刃の剣よりも、本気で僕を殺したいなら君は魔術を使うべきだ。だけど、君にはそれが出来ない。何故だか分かる?」
「…………、」
「君は自分の魔術で友人であるイリアス・サンドラを殺している。だからきっと、怖いんだ」
「違う」
短い拒否の後でレオンは剣を握り直す。
ハインツは楽しそうにケラケラ笑い転げた。
「認めたくないよね。誰だって自分の弱さを認めたくはない。何が怖いかなんて、相手に知られたくない。分かるよ、僕は悪魔だけど、それぐらい分かる」
「…………少し黙れよ」
「確かめてみようか、君の恐怖を」
ハインツは両手を合わせて、間に出来たわずかな隙間を覗き込むように顔を寄せた。
「────悪夢創造」
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