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第一章 魔法学校のポンコツ先生
01 生き返ったコレット
青なのか、赤なのか。
水で溶いたように広がっていく色を美しいと思う。中心から遠ざかるにつれて、色は薄まって、やがて何色でもない透明になって空気と溶ける。
本質から離れないと見えない景色がある、と以前誰かが言っていた。その時は何のことか分からずに、ただ曖昧に相槌を打ったけれど、今となっては少しだけ分かる。
誰とこの話をしたんだっけ。
思い出すには、時間が掛かりそうで。
「コレット………!!」
雷のような声が部屋に響いて、コレットは飛び起きた。
部屋の入り口ではアパートメントの管理人のマダム・ミロワがフライ返しを片手に仁王立ちしてこっちを睨んでいる。そのふくよかな身体を支える二本の脚は逞しい。
「……マダム……どうして?」
痛む額に手を当てて尋ねる。
脳内には一瞬にして色々なことが舞い込んだ。
夢のような短い記憶。自分の名前を呼ぶ見知らぬ人たちの声。感覚のない身体に、命の終わりを告げる男の声。ゾッとするような、無の感覚。
(そうだわ………私は、)
死んだのだ。
あの医者のような男は、コレットが死んだと言っていた。呼吸が止まったとか、親族に電話をするとか、そんな話を断片的に思い出す。思えばあれは病院へ搬送される途中だったのかもしれない。
あまりに唐突のことで受け入れられないけれど、誰だって突然の死に際したらこんな気持ちになるはず。問題は、何故か死後の世界にマダム・ミロワが居て、私を睨み付けていること。理由は分からないけれど、マダム・ミロワことミロワ・ポメージュは相当な剣幕で怒っている。
マダムはコレットが部屋を借りているアパートメントの管理人で、気さくな性格が特徴のふっくらとした女だった。親元を離れて王都に出て来たコレットにとっては頼れるお母さん的存在。
「あの……マダム、私って死んだんですよね?」
「はぁっ!?」
唾が飛ぶ勢いでマダムが勢いよく叫ぶ。
コレットは思わずブルッと震えた。
「アンタいったい何を言ってるの!?今日は初めて登校する日だから絶対に起こしてってコレットが昨日アタシに頼んで来たんでしょう……!?」
「え?」
「憧れのプリンシパル王立魔法学校の先生!受かったんだから、気合い入れて行って来なさいよ!ちなみにあと三十分で出ないとバスに乗り遅れるわよ」
「三十分……っ!?」
壁に掛かった時計は七時を示していた。
コレットは慌ててベッドから飛び降りて洗面所へ走り込む。やれやれと呆れた溜め息を吐きながら部屋を出て行くミロワが鏡の隅に映った。
洗面所にある小さな化粧ポーチ。
ピンク色の歯ブラシにクマの絵が入ったカップ。
何もかもが自分の記憶にある通りで、夢にしてはやけにリアルだ。タオルの場所から、引き出しの奥に隠した非常時にやり繰りする用のお金まで、すべて。
(どういうことなの………?)
死んだと思ったら生きていた。それどころか、マダムの話を信じれば、今日はプリンシパル王立魔法学校の初出勤だと言う。
素早く顔を洗ってタオルで拭きながら、記憶を辿る。
プリンシパル王立魔法学校。
それは、ここ王都アグリムにある唯一の魔法学校で、コレットの職場だった。将来有望な魔法使いたちが王国中から集まって技術を競い合う。
コレットはプリンシパル王立魔法学校の教師として採用されて、充実した学校生活を送る手筈だったのだ。忘れるわけがない。この輝かしい日のことを。
「だけど……採用されたのはもう半年も前のことよね……?」
そう。コレットは新人の教師として、魔法学校の一年生を受け持っていた。初めての教員生活はもちろん楽しいことばかりではなく、涙を呑んだ日もあった。だけど、就任から半年が経って、ようやく自分の目指すべき道のようなものが見えて来たところだったのに。
「今日が初日って……?」
鏡の中に映る自分に向かって首を傾げたところで、壁に掛かった時計が目に入る。先ほどより進んだ長針はもうすぐバスが発車することを知らせていた。
コレットは慌てて化粧を仕上げてクローゼットから服を引っ張り出す。幸いなことに必要な書類はカバンの中にまとまっていたので、そのまま引っ掴んで部屋を飛び出した。
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