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第一章 魔法学校のポンコツ先生
08 レイチェル
リンゴーンと頭上では授業の終わりを告げる鐘が鳴り響く。それを合図に廊下には勢いよく生徒たちが飛び出して来た。遊び時間を楽しむために屋外へ向かう生徒の波に抗うようにして、コレットは保健室へと足を進める。
見慣れた白い扉の上には「保健室」という手書きの丸文字と共に可愛らしいハートマークが描かれていた。この扉を何人の仮病を患った生徒が潜ったことだろう。
「レイチェル!久しぶり……!」
ガラッと勢いよく扉を開けて声を発する。
と、同時にしくじったことを知った。
「………えっと、誰かしら?」
腰まで伸びた赤い髪に上品なパールのピアス、魅惑的なハニーレモンの瞳を丸くしてレイチェルはマジマジとコレットを見つめる。
そりゃあそうだ。
自分が死に戻りしたからといって、相手が同じ記憶を持っているわけではない。彼女からしたらコレットは、いきなり保健室に入って来て無礼にもその名前を呼び捨てにする他人だろう。
アワアワとなりながら、なんとか言い訳を考える。
「ご、ごめんなさい、間違えました!私は今日からこの学校に勤めることになったコレット・クラインです。ウィンスター先生のことは生徒から話を聞いていて、つい親近感が爆発しました………」
苦し紛れの説明を続けつつ反応を盗み見ると、レイチェルは綺麗な唇をわずかに開いてプッと吹き出す。そしてそのまま軽やかな笑い声を漏らした。
「ふっ、ふふふっ……!変な子……!」
「ごめんなさい………」
「謝らなくたって良いのよ。新任の先生が今日から来るって聞いてたから、貴女の名前は知ってるわ。髪の色可愛いわね、地毛?」
視線を辿ってコレットは自分の髪を摘み上げる。ピンク色の髪は幼い頃から「バカっぽい」と揶揄われていたのであまり好きではなかった。お世辞でも可愛いと褒めてくれたことに嬉しくなる。
「地毛です……ありがとう、ございます」
やはり、レイチェルは変わっていない。
いつだってコレットの心を温かく包んでくれる。
先生も生徒も変わり者が多くて大変でしょう、という言葉に食事を奢らされたアーベルのことを思い返しながらコクリと頷く。「そうよねぇ」と同情するように相槌を打つと、レイチェルは着席を勧めた。パイプ椅子に座ってコレットは美しい旧友と向かい合う。
「何か飲む?紅茶ぐらいしか無いけれど」
「あっ、お構いなく!」
「少し待っててね。頼んでたコーヒーの豆が届く予定だったんだけど、先週のサガンでの爆発で配達が遅れてるみたいで……」
「爆発……?」
ケトルからお湯を入れていたレイチェルは、こちらを向かずに「そうそう」と相槌を打った。
サガンという名前には聞き覚えがある。
王都アグリムを囲うようにドーナツ型に広がる都市で、中央にあるアグリムに魔法省や教育省などの中央省庁が集中するのに対し、サガンには経済活動を行う有名企業が集結していた。
サガンで爆発があったなんて、コレットの記憶を辿る限りでは思い出せない。それとも、自分が勝手に忘れているだけだろうか?
「どうやら国外からの攻撃ではなくて、セレスティア国民によるテロらしいわ。まぁ、ビルに突撃した飛行機の操縦者は死んじゃったらしいけど……」
レイチェルの話では、攻撃に気付いた魔法使いが上空で爆薬を凍結したらしく、被害は飛行機が衝突したビルの崩壊に留まったらしい。しかし、それでも数十人の死者が出たそうだ。
「本当なら飛行機ごと何処かへ移動させられれば良かったんだけどね。あの辺りって平地がないでしょう?もしも飛行機が他者から遠隔的に操作されていたらパイロットに攻撃しても無駄だし、判断が難しいところよねぇ」
「その……亡くなった運転手って、」
「焼死体の解剖って難しいのよ。まだ身元が割れてないけれど、あの状態で死亡したってことは魔力のない一般人じゃないかしら?」
「………そうですか」
二度目の人生を歩んでも変わらないことはある。
それは人々の思想、信仰、属性の違いが生み出す争いだ。魔力を持つ者と持たない者。魔法を使う者と使わない者。そして、自分の力を正に使うか悪に使うか、といった違い。
暗い気分に沈むコレットの前に、レイチェルは良い香りのする紅茶に満たされたマグカップを差し出す。ピンク色の花の絵が描かれたそのマグカップは、前世でも彼女がコレットに使わせてくれていたものだった。
「そんな顔しないで。少なくともここは安全よ」
「ありがとうございます……」
「今日は何をしに?挨拶だけって感じでもなさそうだけれど……」
両手でマグカップを包み込んで、レイチェルは首を傾げた。コレットは目的を思い出す。
「あ!魔力の計測をしたくて……!」
「あらあら、それは残念だったわねー」
「へ?」
驚くコレットの前でレイチェルは後ろを振り返る。その背後にはちょうど人が一人入れる程度のロッカーのようなものが置かれていた。その長方形の箱からはカラフルなコードが伸びている。
箱の上に付いたメーターの中で、赤い針が右端に振り切れていた。
「ついさっき、壊れちゃったのよ」
「ええっ!?」
「貴方のクラスって一年一組でしょう?昼前に月に一度の定期測定があったんだけど、最後の生徒を測り終わったタイミングで故障してね。修理に出さなきゃ使い物にならないわ」
「そ……そんなぁ……」
「代わりと言っちゃなんだけど、私が診てあげる。おおよそだけど計測出来るから」
落ち込むコレットの手を取ってレイチェルは微笑む。ひんやりと冷たい手のひらが手首を握った。
「ん……? あ、え……?」
「…………」
「嘘でしょう、信じられないわ……貴女ってもしかして魔力ゼロなの!?」
驚愕するレイチェルを前にしてコレットはもう何も言えなかった。大人しく事情を説明した結果、ミドルセン校長から紹介されたサポート組合への登録を終わらせて保健室を去ることになった。
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