魔法学校のポンコツ先生は死に戻りの人生を謳歌したい

おのまとぺ

文字の大きさ
19 / 105
第一章 魔法学校のポンコツ先生

16 保健室



 誰かの声がする。

 落ち着いた声音は子守唄のように頭の中をゆらゆらと泳いで、つい、その心地よさにもう少し眠っていようかと思ってしまう。予定のない日に少しだけ早く目が覚めて「そうだ今日はお休みだったんだ」と再び毛布に顔を埋めたときのような。

 なんて言うんだろう、あれ。
 絶対的に安心だと思える感じ。


「っくしょい……!」

 空気を読まない身体が大きめのくしゃみをした瞬間、骨の軋む痛みで目が覚めた。

「いったぁ………!?」

 叫んだ勢いで上半身を起こすと、右腕にはぐるぐると包帯が巻かれている。いつの間に着替えたのかコレットは病院着のような白いパジャマを着ていて、身体の節々が痛んだ。

 そうだ、あのバカデカいカラスの化け物に襲われたのだ。結局自分一人で撃退までは出来なかったけれど、意識が途切れる寸前に他の職員が駆け付けたのは覚えている。アストロとノエルは無事に救出されたのだろうか?


「あら、目が覚めたの?」

 仕切りのカーテンがスイッと遠慮がちに捲られて、驚いた顔のレイチェルが覗いた。

「随分とよく眠ってたから、今日は泊まり込みかと思って購買で化粧落とし買ってきちゃったわ。もし歩けるなら家まで車で送るけど、どう?」

 その言葉を聞きながら窓の外を見ると、もうすっかり暗くなっている。いったいコレットは何時間眠り続けていたのか。異常事態に遭遇したのが、授業後だったから確か夕方のこと。

 混乱するコレットの前にレイチェルは以前も使わせてくれたピンク色の花柄のマグカップを置いた。

「ハーブティーよ。知り合いが調合してるやつでね、リラックス出来るの」

「………ありがとう」

 顔を近付ければ、ふわっとカモミールの香りがする。薄い琥珀色の液体を口に含んで飲むと、確かに身体の緊張が弱まった気がした。

 レイチェルの机の上の置時計は、今が夜の十一時であることを知らせている。なるほど、ざっと計算して五時間程度は眠っていたことになる。ぼーっとする頭で起こった出来事を順番に思い出していたところで、疑問が口を突いて出た。


「あの……生徒たちは!?」

「あぁ、一年一組の子たちね。アストロ・ファッジくんはついさっきまで隣で眠ってたけど、ご両親が迎えに来て帰ったわ」

「もう一人の子、ノエルくんは?」

「あの金髪の子よね?彼は特に怪我もしてなかったから、プッチ副校長たちに状況説明をした後は自分の足で帰ったみたい。あとは、ミナって女の子も使いの人が連れ帰ったわ」

「そう……よかった……」

 レイチェルの話では、アストロの片脚は保健医である彼女の素早い処置で軽傷で済んだらしい。一週間ほどは違和感が残るらしいけれど、松葉杖を使うほどではないとのこと。

 ノエルが無傷であったことも不幸中の幸いだろう。本当は自分の耳で詳しい説明を聞きたかったけれど、今日は二人とも疲れただろうし、休み明けの月曜日にでも時間が取れればと思う。

 ミナの働きにも感謝したい。
 彼女がコレットを見つけて、その後職員室に向かってくれていなかったら、自分たちの命は今頃どうなっていたか分からないから。

 幾分か落ち着いてきたので、レイチェルが淹れてくれたハーブティーを飲みながら何気なく壁に掛かったパネルを眺めた。

 絵画かと思ったそれは、以前プッチ副校長が使っていたものよりも大きな水晶板で、録画なのか口を中途半端に開けた状態で静止した男性が映っている。

 白い甲冑に身を包んだ金髪の男は整った顔立ちをしているが、遠くを見据える表情は驚くほど機嫌が悪そうだった。


「あ、ごめんなさい。三ヶ月前に行われた軍隊の冬季交流会の映像を観ていたの。うちの学校からも何人か入隊したでしょう?王族と軍隊、そして私たち国民が交流できる貴重なイベントよ」

「思い出したわ…… そんなのがあった気がする」

「もっと関心を持ちなさいよ、貴方のクラスからも入隊希望の子が出るかもしれないし」

 言われてみるとその通りで、魔法学校を卒業した後の就職先として、安定した給与と適切な休暇を約束された軍隊は割と人気の高い仕事だった。再び視線を画面に戻して、変わらず不機嫌な顔を続ける男を一瞥する。

「この人って………?」

「コレットってば、冗談は止して。レオン殿下よ。レオン・カールトン王太子殿下。式典の時と格好が違うから分からないのかしら」

「……レオン…カールトン?」

 ああ、そういえば確かに似ている。

 報道の際に目にするいつもの彼は、黒か白のスーツを着ていて、いかにも偉い人といった大綬を肩から掛けていたので、甲冑姿を見てもコレットはすぐに気付くことが出来なかった。

「もっと興味を持ちなさいよ。レオン殿下なんて非公式で婦人たちのファンクラブがあるぐらい人気らしいわよ。それでなくとも自国の王子なんだから」

 そう言ってレイチェルが指を振ると、止まっていた男は魔法が解けたように動き出す。コレットが眠っていた間に聞こえた、あの滑らかな声が耳に届いた。

「………この声、知ってる気がする」

「そりゃそうよ。何処に行っても何かしらの放送で流れてたりするでしょう」

「いいえ、たぶん似た声の人と話したことがあるの。すぐに思い出せないんだけど……」

 記憶を辿ろうとしたところで「とにかく着替えて」とレイチェルから急かされたので、コレットは大人しくシャツのボタンに手を掛けて、白いパジャマから脱皮することにした。

感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』

まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」 ​五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。 夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。 生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。 ​冷淡な視線、姉と比較される日々。 「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」 その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。 ​しかし、彼女が消えた翌朝。 カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。 そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。 そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。 ​――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」 ​真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。 だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。 ​これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。