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第一章 魔法学校のポンコツ先生
16 保健室
誰かの声がする。
落ち着いた声音は子守唄のように頭の中をゆらゆらと泳いで、つい、その心地よさにもう少し眠っていようかと思ってしまう。予定のない日に少しだけ早く目が覚めて「そうだ今日はお休みだったんだ」と再び毛布に顔を埋めたときのような。
なんて言うんだろう、あれ。
絶対的に安心だと思える感じ。
「っくしょい……!」
空気を読まない身体が大きめのくしゃみをした瞬間、骨の軋む痛みで目が覚めた。
「いったぁ………!?」
叫んだ勢いで上半身を起こすと、右腕にはぐるぐると包帯が巻かれている。いつの間に着替えたのかコレットは病院着のような白いパジャマを着ていて、身体の節々が痛んだ。
そうだ、あのバカデカいカラスの化け物に襲われたのだ。結局自分一人で撃退までは出来なかったけれど、意識が途切れる寸前に他の職員が駆け付けたのは覚えている。アストロとノエルは無事に救出されたのだろうか?
「あら、目が覚めたの?」
仕切りのカーテンがスイッと遠慮がちに捲られて、驚いた顔のレイチェルが覗いた。
「随分とよく眠ってたから、今日は泊まり込みかと思って購買で化粧落とし買ってきちゃったわ。もし歩けるなら家まで車で送るけど、どう?」
その言葉を聞きながら窓の外を見ると、もうすっかり暗くなっている。いったいコレットは何時間眠り続けていたのか。異常事態に遭遇したのが、授業後だったから確か夕方のこと。
混乱するコレットの前にレイチェルは以前も使わせてくれたピンク色の花柄のマグカップを置いた。
「ハーブティーよ。知り合いが調合してるやつでね、リラックス出来るの」
「………ありがとう」
顔を近付ければ、ふわっとカモミールの香りがする。薄い琥珀色の液体を口に含んで飲むと、確かに身体の緊張が弱まった気がした。
レイチェルの机の上の置時計は、今が夜の十一時であることを知らせている。なるほど、ざっと計算して五時間程度は眠っていたことになる。ぼーっとする頭で起こった出来事を順番に思い出していたところで、疑問が口を突いて出た。
「あの……生徒たちは!?」
「あぁ、一年一組の子たちね。アストロ・ファッジくんはついさっきまで隣で眠ってたけど、ご両親が迎えに来て帰ったわ」
「もう一人の子、ノエルくんは?」
「あの金髪の子よね?彼は特に怪我もしてなかったから、プッチ副校長たちに状況説明をした後は自分の足で帰ったみたい。あとは、ミナって女の子も使いの人が連れ帰ったわ」
「そう……よかった……」
レイチェルの話では、アストロの片脚は保健医である彼女の素早い処置で軽傷で済んだらしい。一週間ほどは違和感が残るらしいけれど、松葉杖を使うほどではないとのこと。
ノエルが無傷であったことも不幸中の幸いだろう。本当は自分の耳で詳しい説明を聞きたかったけれど、今日は二人とも疲れただろうし、休み明けの月曜日にでも時間が取れればと思う。
ミナの働きにも感謝したい。
彼女がコレットを見つけて、その後職員室に向かってくれていなかったら、自分たちの命は今頃どうなっていたか分からないから。
幾分か落ち着いてきたので、レイチェルが淹れてくれたハーブティーを飲みながら何気なく壁に掛かったパネルを眺めた。
絵画かと思ったそれは、以前プッチ副校長が使っていたものよりも大きな水晶板で、録画なのか口を中途半端に開けた状態で静止した男性が映っている。
白い甲冑に身を包んだ金髪の男は整った顔立ちをしているが、遠くを見据える表情は驚くほど機嫌が悪そうだった。
「あ、ごめんなさい。三ヶ月前に行われた軍隊の冬季交流会の映像を観ていたの。うちの学校からも何人か入隊したでしょう?王族と軍隊、そして私たち国民が交流できる貴重なイベントよ」
「思い出したわ…… そんなのがあった気がする」
「もっと関心を持ちなさいよ、貴方のクラスからも入隊希望の子が出るかもしれないし」
言われてみるとその通りで、魔法学校を卒業した後の就職先として、安定した給与と適切な休暇を約束された軍隊は割と人気の高い仕事だった。再び視線を画面に戻して、変わらず不機嫌な顔を続ける男を一瞥する。
「この人って………?」
「コレットってば、冗談は止して。レオン殿下よ。レオン・カールトン王太子殿下。式典の時と格好が違うから分からないのかしら」
「……レオン…カールトン?」
ああ、そういえば確かに似ている。
報道の際に目にするいつもの彼は、黒か白のスーツを着ていて、いかにも偉い人といった大綬を肩から掛けていたので、甲冑姿を見てもコレットはすぐに気付くことが出来なかった。
「もっと興味を持ちなさいよ。レオン殿下なんて非公式で婦人たちのファンクラブがあるぐらい人気らしいわよ。それでなくとも自国の王子なんだから」
そう言ってレイチェルが指を振ると、止まっていた男は魔法が解けたように動き出す。コレットが眠っていた間に聞こえた、あの滑らかな声が耳に届いた。
「………この声、知ってる気がする」
「そりゃそうよ。何処に行っても何かしらの放送で流れてたりするでしょう」
「いいえ、たぶん似た声の人と話したことがあるの。すぐに思い出せないんだけど……」
記憶を辿ろうとしたところで「とにかく着替えて」とレイチェルから急かされたので、コレットは大人しくシャツのボタンに手を掛けて、白いパジャマから脱皮することにした。
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