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第二章 夏の宴と死者の森
34 視える目
「話ぐらいは聞いたことがあるだろう。応用魔法学の究極は魂の復元。魔力をもってして、死んだ人間を甦らせることだ。もちろん、現時点では法で禁止されている」
コトッと音を立ててガラスの机の上にマグカップが置かれる。琥珀色の液体に満たされたそれはどうやらコレットへのもてなしのようだ。
「心配しなくても毒は入っちゃいないさ。ジルが失礼を働いた件については謝るよ。まだ試作品でね、完全じゃない。まぁ、欠陥がある方がより人間らしくて愛らしいとは思うが」
なんと返したら良いか分からないコレットの前でソロニカは机を挟んで反対側のソファに腰掛けた。その膝元にはジルが眠っている。
一度目の人生でマウロ・ソロニカと会話らしい会話をした記憶はない。三年生の担任である彼はほとんど自分の研究室から出て来なかったし、挨拶をしても無視されるか、無言のお辞儀が返ってくる程度だったはず。
「あの、その人形は……」
眠ったままの白い頬を撫でていた手が止まる。
鋭い視線がコレットの目を射抜いた。
「人形じゃない。娘のジルだ。次に無礼な発言をしたら、君をこの部屋から永久追放する」
「すみません……!配慮が足りませんでした、」
「配慮は無いし魔力が強過ぎる。きっと君の魔力に触れてジルは故障したんだろう。客として訪問するときは少し抑えたらどうだ?」
「………え? 今なんと仰いました?」
「ジルは君のせいで故障したと言った」
「違います、魔力って……」
驚くコレットの前でソロニカは何度目かの長い溜め息を吐く。大きな手が彼専用と思われる白いマグカップを包み込み、中の液体が喉元を通っていくのを呆然と眺めた。
ソロニカは娘が壊れた原因はコレットにあると言う。強過ぎる魔力が原因だと。
「僕には他人の魔力が視えるんだ。君の中身は空っぽだが、外を包んでいるそれは何だ?そんなに強い魔力、いったいどこで実装した?」
「………っ、」
「しかし、おかしいな。採用試験の時に書類審査を担当したのは僕だ。君の計測結果がそこまで大きい数値だったとは記憶していないが……」
口元に手を当てたままで、ソロニカは眉間に皺を寄せてブツブツと呟く。完全に自分の世界に入ってしまった彼にはコレットの存在など見えていないようだった。
魔力は完全にゼロのはず。
それはプッチ副校長からも初日に通達されていたことだし、確認のためにレイチェルに測ってもらったときも同じことを言われた。
ソロニカにはいったい、何が視えているのか。
「魔力の実装ってどういう意味ですか?私の魔力はゼロで、中を流れているのは魔力バンクから供給してもらったものだけです」
「違う、そうじゃない。僕は君の外の話をしてる」
「外……?」
「ミドルセン校長たちはこの件をご存知なんだろうか? あぁ、だが僕は自分を搾取する学校側に親切にしたくなんかない……」
どんよりした顔であっちを向いたりこっちを向いたりキョロキョロと首を振るソロニカを前にコレットは途方に暮れる。気になる話ではあるものの、語り手である彼から情報を抜き出すのは骨が折れそうだ。
どうしたものか、と腕を組みながら、この部屋に来た当初の目的を思い出した。
「そうだ!魔力の実装といえば、先生は道具に魔力を載せる方法をご存知なんですよね?サマーキャンプで万が一のことがあった時のために、魔力の実装された武器を使いたいんですが」
「分かった分かった、良いだろう。校長か副校長に許可証を取ってくれば、調達するよ。しかし仲介料はいただく。君の給料から天引きだ」
「そんなぁっ!」
「こっちだって慈善事業じゃない。そもそも、僕は魔法使いが武器を持つことに反対なんだ。殺戮のための道具を用いた時点でそれは純粋な魔法とは言えない。それに、魔力を実装したブツを一般人に使わせるなんて魔力の価値が下がるだけだと思わないか?」
応用魔法学の教師として信じがたい発言をコレットは半目で聞き流しつつ、許可証の件についてメモをする。ファイルを取り出した際に、アーベルにもらっていたサマーキャンプのしおりがドサッと床に落ちた。
ソロニカの手がそれを拾い上げる。
「北部……? 今年の行き先はマゼンタスか」
「はい。赤い森を目指すそうです」
青い瞳が少しだけ驚きを示す。
コレットはその様子に緊張を感じた。
「なにか……問題でも?」
「あの辺りはあまり良い噂を聞かない。どんな内容を組んでいるのか知らないが、長居しない方が良いだろう」
それはまったくもってコレットも同意。しかし、ソロニカの口から忠告されると尚更不安が高まった。厳しい目で表紙を睨んだまま、唇が開かれる。
「風の噂に過ぎないが、魔術の復興を願っている者たちが集結しようとしていると聞く」
「魔術の復興……?」
「魔法史を担当する君なら知っているはずだ。彼らはマーリンの黒の魔導書を世に放ち、魔術が支配する時代の到来を狙っているんだよ」
「………!」
驚愕して言葉を失うコレットを一瞥して、ソロニカはその双眼を自分の娘へと落とす。「もちろん、そんなことは許さないが」と話す彼の口調には、父としての強い意志が感じられた。
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