40 / 105
第二章 夏の宴と死者の森
36 オタビオ・ブライス
プリンシパル王立魔法学校はセレスティア王国最大かつ最難関の魔法学校であり、王国中から高い志を持った生徒たちが集まる。
したがって、遠方から通う生徒のために校舎の裏手には学生寮が設けられていた。存在自体耳にしたことはあったが、ミナやバロンをはじめとするクラスの生徒はみんな自宅から通っている者ばかりだったので、実際に足を踏み入れるのは初めてのこと。
近付いてみると、随分と年季の入った建物はところどころヒビが入っており、外壁には蔦が絡まっている。魔法学校の学生寮としては雰囲気満点。
「あのー………」
入り口を入ってすぐ、管理人室と書かれた看板を見つけてガラス窓を叩いてみると、長い白髪を後ろで一つに束ねた老人が顔を覗かせた。
「はいはい。どうしましたかな?」
「あ、私、プリンシパルの教師をしているコレット・クラインと申します。こちらにノエル・ブライスくんが在籍していると伺ったのですが……」
「ノエル……? あぁ、ノエルくんか!」
パァッと顔を輝かせると男は嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべて「それでノエルくんがどうしましたか?」と聞いた。
アニアの話では、確か今朝はノエルの保護者が体調不良を伝えに来たと聞く。学生寮に入っている彼の保護者がこんな場所まで来れるはずがないので、保護者とは管理人のことだろうか?
「えっと、ノエルくんは今日体調が優れないということでお休みされてますよね?お渡ししたいものがあるので持って来たんですが、どうすれば良いですか?お部屋の前まで伺っても……?」
コレットの言葉に、管理人は慌てたように手を振って管理人室から飛び出して来た。先ほどの笑顔は何処へやら、やけに取り乱した顔をしている。
「それはなりません!ノエルくんは……咳が!咳が酷いのです!先生が部屋に近付くと菌をもらってしまう可能性がある……!」
必死な形相で説得されると、無理矢理に押し切ることでもないので、コレットは大人しく引き下がることにした。
何気なく目を向けた先に掛かっていた男の名札を見て目を見張る。なんとそこには「オタビオ・ブライス」と記されていたのだ。
「あ、え? 管理人さんはノエルくんのご家族でいらっしゃるのですか?」
「ほえ?」
老人もまた目を丸くして名札を見下ろす。
すぐにハッとした顔でブンブンと頷いて見せた。
「いかにも……!私はノエルくんと家族の関係にあると伝えるよう……いえ、家族の関係にあるのです。正真正銘の、家族です!」
ふんっと男の鼻の穴が膨らむ。やや興奮した様子を見てコレットは「変な質問をしてしまったかしら」と内心反省した。だけど、同じ苗字でも他人という可能性もあったので念のための確認だ。
父親にしては年齢がかなり上なので、男はノエルの祖父にあたる人物なのだろうか?
老いていることも原因かもしれないが、目の前に立つ老人とノエルの間に共通点は見つけられない。家族の形は人それぞれなので立ち入らない方が良い、と決断を下してコレットはサマーキャンプのしおりを預けた。
再び笑顔に戻った男は人の良さそうな顔でコレットに向き直る。「それではまた」と頭を下げると、管理人も軽く会釈を返した。
「殿下も明日には登校なさると思いますので!」
「………殿下?」
奇妙な言い間違いにコレットは思わず聞き返す。
男は真っ青な顔で盛大に咽せた。
「ま、間違えました!天気です!天気が良ければと言いたかったのですが、長年王宮で仕えておりましたので身に染み付いた言葉がつい……」
「あぁ、なるほど」
言われてみれば、ピンと伸びた背筋に丁寧な物腰からは上品さが感じられる。王宮で働くような人が第二の仕事として魔法学校の寮の管理人を選ぶのは驚きだったが、きっと何かしらの理由があるのだろう。
何度目かの挨拶を済ませると、赤く染まった空を見上げてコレットは歩き出す。全員揃った生徒たちの姿が早く見られれば、と静かに願った。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』
まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」
五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。
夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。
生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。
冷淡な視線、姉と比較される日々。
「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」
その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。
しかし、彼女が消えた翌朝。
カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。
そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。
そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。
――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」
真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。
だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。
これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
愛を知った私は、もう二度と跪きません
阿里
恋愛
泥だらけのドレス、冷え切った食事、終わりのない書類仕事。
家族のために尽くしてきたエカテリーナに返されたのは、あまりにも残酷な追放宣告だった。
「呪われた男にでも喰われてこい」
そう笑って送り出した彼らは知らなかった。辺境伯ゼノスが、誰よりも強く、美しく、そして執着心が強い男だということを。
彼の手によって「価値ある女」へと生まれ変わったエカテリーナ。
その輝きに目が眩み、後悔して這いつくばる元家族たち。
「エカテリーナ様、どうかお助けを!」
かつて私を虐げた人たちの悲鳴を聞きながら、私は最愛の夫の腕の中で、静かに微笑む。