魔法学校のポンコツ先生は死に戻りの人生を謳歌したい

おのまとぺ

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第二章 夏の宴と死者の森

47 赤い森4



「コレット先生、プリンシパル王立魔法学校に入学した生徒が一番初めに教わることは何だと思いますか?」

 驚愕は体に伝わって、言葉は出て来ない。
 見知った少年は今や数年分の成長を遂げていた。


「答えは、己を知ること。魔法というのは実際、強い魔力だけでは発動できない。自分自身の得手不得手を理解した上で、ありのままの姿を受け入れる必要がある」

 彼の言葉を信じるのであれば、目の前に居るこの男はレオン・カールトン、つまりセレスティア王国の王太子ということになる。この世に瓜二つの顔を持った人間が二人居ないのなら、おそらく。

 どう見ても十五歳の子供には見えない長い手脚をぎこちなく動かして、レオンは短く息を吐いた。

「久しぶりに戻ったからか、慣れないな。子供ってのはどうしても視界が狭くなりがちだ。それにしても……こうも暗くて陰気臭いと気が滅入る」

 レオンはスッと右手を上に上げる。
 そのまま何かを呟けば、彼の頭上を中心に半径数十メートル範囲の木々の葉が一斉に消失した。正確に言うと、瞬時に朽ちて土に帰ったのだ。

「この森の中で魔力を乱している原因は乱立する木々の赤い葉だ。取り払ってしまえば問題ない」

 開けた空を見上げて満足そうに頷くと、王子は二本の指で輪を作って息を吹き込む。それは目の前で光の矢となり、猛烈な勢いで森の中を突き進んだ。

 やがて、遥か遠くで何かが折れる音がする。
 続いて一際大きな地響きが鳴った。

 コレットは鼓膜を揺らす大きな音に、両手で耳を塞ぐ。目だけはしっかり見開いていると、遠方からこちらに向かって飛んでくるものが見えた。


「危ないわ……!」

 コレットの声が発せられると共に、レオンの頭目掛けて勢いよく黒い塊が突っ込む。ヒッと息を呑んで顔を覆ったが、気になって薄目を開けた先で、王子の右手に掴まれている丸々と太ったカラスを見た。

「……カラスは人間よりも色彩感覚が優れていて紫外線を認識できると本で読んだが、本当か?」

「どうでしょう。手の中の個体に聞いてみたら良い」

 レオンの質問に答える声を、聞いたことがあった。

 ザッザッと草木を掻き分けてこちらに近付いてくる男の顔を見る。

 黒く長い艶やかな髪を後ろで一つに束ね、セレスティアではあまり見ない着物を着た姿。穏やかに弧を描く口元にスッと線を引いたような細い目。


「リンレイ先生!?」

 思わずコレットは叫ぶ。
 そこに立っていたのはシン・リンレイだった。

「先生、生徒たちは……!?アーベル先生とは会うことが出来ましたか?何かこの森、変なんです。私たちは引き上げた方が…… むぐっ!」

 勢い良く伸ばした手が何かに当たって跳ね返る。まるで見えない壁がそこにあるようで、コレットは驚いて目を見張った。

「外野を隔離するための球体の檻です。私たちは久しぶりの再会なので邪魔されたくない。ちなみにその檻の中の酸素は無限ではありませんから」

「リンレイ、お前は相変わらず悪趣味だな。確信は無かったが……やはりあの時の相手か。サガンのテロもお前の仕業か?」

「あれは私ではありませんよ」

 リンレイは含んだように笑う。

 レオンとリンレイは知り合いなのだろうか?
 見たところ二人は面識があるみたいで、あまり良い関係では無さそうだが互いのことを知っているような話し方をする。

 囚われたコレットの様子など完全に無視で、リンレイはただ目の前の王子だけを見ていた。赤い目が更に細められる。

「そろそろ墓参りの時期ですね」

「…………」

「今年もキュアノスは水不足で国民たちは苦しい生活を強いられているようですよ。極地会のメンバーも現状を憂いていました」

 淡々と交わされる会話の内容はほとんどコレットに理解できない。分かることは、キュアノスというのがセレスティア西部にある地方都市を指すこと。雨が滅多に降らないこの地域は、確かに夏になると旱魃かんばつの被害に見舞われるという。

「貴方の考えは変わっていませんか?私たちは同じ思想を有しているはずです。魔法に固執して国ごと衰退するなんて嘆かわしいこと。魔術こそが、魔力の真の使い道であるべきでしょう」

 ハッとして息を呑む。

 国内に一定数、魔術を支持する者が居ることは知識として知っていた。しかし、マーリンの黒の魔導書グリモワールが禁書とされているように、王国はその使用を全面的に禁じている。

 リンレイは、魔術の復興を望んでいるのだ。
 魔法ではなく、魔術を支持する者として。

「………っん!」

 考え込んでいると俄かに息が苦しくなる。

 球体の中で息を吐き出して身を屈めた。この囲い込まれた空間の中の酸素がどれぐらい持つのかは分からないけれど、あまり悠長に見学は出来なさそうだ。なんとか壊す手筈を考えないと。

 試しに魔力を込めて蹴ってみる。ビリッとした手応えはあったものの、壊れそうな気配はない。コレットの奮闘を見て、リンレイは口元を緩めた。


「貴女程度では傷も付けられません。ただでさえ森の中を歩き続けたことで、相当身体は疲れているはずです。それに、貴女自身の魔力はゼロですよね?」

「………っ、どうしてそれを!?」

「すみませんね。落ちこぼれ教師からレオンの魔力を感じたので少し調べさせてもらいました。コレット・クライン、貴女の魔力は二層式。計測できる内面の魔力は完全に無。正直言ってお気の毒です」

「余計なお世話です!」

「しかしながら…… 外面、つまり外側を流れる魔力はとても強い。気付く者は気付くでしょう。なんせレオン・カールトンの魔力が混じってるんですから」

「………え?」

 驚いて視線を向けた先で、レオンはこちらを見ていない。あまりにも身に覚えのない話だが、事情を知る唯一の人はどうやら説明する気がないようで。

 フゥッと一つ溜め息を吐いて、リンレイはコレットからレオンへと向き直る。その目はもう笑ってはいなかった。


「レオン、時を戻しましたね。十年前には会えなかった女神に赦しを請うたのでしょう?」

 開けた空の上方で鳥が大きく鳴いて飛び立った。


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