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第二章 夏の宴と死者の森
49 赤い森6
レオン・カールトンが魔術で作り出した二体の人形は、本物の兵士のようにリンレイへと向かって行く。一体がその背後に回り込んで羽交締めのモーションに入ると、もう一体は前から剣を振り被った。
しかし次の瞬間、リンレイはパッと姿を消す。
「驚きましたね。レオン……君はこの十年余りの間に魔術の精度を上げたようだ。ミドルセンが見たら涙を流して悲しむことでしょう」
「生憎だが、俺はプリンシパルを出禁になってる」
「そうでしたか。良い腕ですねぇ、ますます極地会に欲しい力です。群れるのは嫌いですか?」
「さぁ、どうだかな」
バリッと大きな音が響いたかと思うと、何処からか立ち込めた雨雲が勢い良く雨を降らす。レオンの土人形はバランスを崩してホロホロと壊れた。
降って来た雨を鬱陶しそうに見上げて、レオンはリンレイを見据える。
「お前を雇っているのは誰だ?悪魔が人間に手を貸すなんて見返りなしには有り得ない」
「鋭いですねぇ。前回お会いした時は貴方はまだ生徒で、私もしがない雇われの悪魔でした。だけど、今は違います。私は極地会のゲストですから」
「ゲスト……?」
コレットは変わらず置いて行かれたままで必死に頭を働かせる。失われつつある新鮮な空気に限界が迫っているため、のんびりと会話する二人には悪いが早く此処から出して欲しい。
と、バタバタ踠いていたところで、腰に付けっぱなしだった銃の存在を思い出した。魔力が実装されているならそれなりの強度はあるはず。
(ヒビでも入ってくれれば……!)
思いっきり振り上げた右手を壁面に叩き付ける。
「………ッ!!」
ピシッと小さな音がして透明な壁に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。踵を落とすとガラスのように破片は地面へと落下する。
「やった……!」
喜ぶコレットの右頬を何かが掠めた。
ギョッとして手で触れると赤い血が付着する。
「クライン先生、残念です。貴女はこのパーティーに参加する資格がない。それなのに黙って見届けることも出来ない。ワコン共和国では反省を示す際に土下座という姿勢を取るのですが、」
「どげざ?」
「はい。一緒にやってみましょう」
何度目かの地鳴りが響いて、リンレイは右手に剣を取った。帯刀していたことにすら気付かなかったコレットは心臓が跳ね上がる。
地面を蹴ったリンレイの斬撃が当たる直前に、固まっていた身体は後ろへと引っ張られた。
「んぎっ!?」
尻餅を着きながら、目前に立つ男の背中を見上げる。見慣れた癖のある金髪は同じだが、随分と身長が伸びたせいでもう可愛い生徒とは呼べない。
「レオン殿下……!」
「コレット先生、あまり言いたくないですが、今の貴女はお荷物です。魔力が無くとも避けるぐらいは自分でしてください」
「………ムカッ!」
丁寧な物言いの中に存在する腹立たしさ。紛れもないノエル・ブライスの喋り方だ。どういうカラクリか分からないけれど、王子はその身分を隠して生徒としてプリンシパルに潜伏していたということ。
(そうは言っても王太子だし……)
無礼を働くわけにはいかない。
場が落ち着いたらすべて洗いざらい説明してほしいところだけど、そもそもそんな時間はいつ訪れるのだろうか。余裕のあるリンレイに目を向ける。
「ここは極地会の別メンバーの管轄でしてね。あまり長居はしたくないのです。黒の魔導書の場所は聞き出せましたから、レオンの魔力も吸って行こうかと思いましたが……」
欲張りすぎましたかね、とリンレイは困ったように眉を下げた。その所作はどう見ても人間。レオンの説明では、彼は悪魔だという。
「殿下、すべて終わったら説明を求めます」
「………君に理解出来るか心配だが」
「それでも貴方にはその責任があります」
「善処する」
言いながらレオンの投げた光の矢が勢い良く飛んで行く。しかし、リンレイの反応は速く、矢先が胸に到達するより前に叩き落とされた。
脚を動かした拍子に、カシッと軽い音が鳴る。
(銃なら……魔力の載った弾なら、)
薄ら笑いを浮かべた悪魔がその右手にカラスの群れを集め始める。ボコボコと嫌な音がして小さな個体はやがて一つの塊になった。それは、コレットが魔法学校で目にした巨大な姿と同じ。
リンレイだったのだ、すべて。
結界を破って侵入したのも彼の仕業。
「………撃ち落とす!」
震える手で拳銃を握り締めて狙いを定める。幸い、的が大きいだけあって狙うのは難しくない。気配に気付いたのか、レオンを見つめていたカラスの赤い双眼がコレットを射抜いた。
「ん? ……あれ??」
引き金を引いても何ら変化がない。
そうしている間に黒い塊は羽を広げる。
「君は馬鹿か!安全装置だ!」
「あー!!」
驚愕するコレットの前でゆっくりと羽が動いて、かつて倉庫の中で受けた熱風が周囲を包むのを感じた。風圧と熱量は下がることなく遅い来る。
こちらに向かおうとするレオンに向かって、リンレイが襲い掛かる様子が見えた。「ポンコツ先生」という汚名が頭の中でくるくる回る。
(あぁ、もう……否定できないじゃない……)
脳まで溶かすような熱に意識が遠退く。
コレットは地面に膝を突いた。
「言わんこっちゃないな。僕の勘は当たるんだ」
「………っ!!」
聞き覚えのある声にゆっくりと顔を上げる。
そこにはマウロ・ソロニカが立っていた。
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